2覚醒編

6|閃光

6|閃光①

 ゴールデンウィークが明け、五月も半ば。雷奈たちは久しぶりに三人で下校していた。

 変わらず皇学園に通っているアワとフーは、今日はそれぞれ、同性のクラスメイトに誘われて学校に残っている。

「あいつらにもちゃーんと友達ができるなんてね。また何か記憶をいじったのかな」

「そういえば、アワの腕の件、結局あの後、誰も何も言わなかったもんね。本当に記憶を操作できるんだと思うけど……そこまではしないんじゃない?」

「いやー、どうかな」

 氷架璃と芽華実が正式にパートナー契約をしてから一か月。とはいえ、特に変わったことはしていない。正式な契約といっても、大仰な式を行うわけでもなく、一枚物の書類にサインをするだけ。活動も、これまでどおりアワたちと接して、時々フィライン・エデンに行く程度だ。この程度なら、さっさとパートナーになってもよかった、と氷架璃はたびたびこぼしていた。

 そんなひと月を追憶するたび、雷奈は首をひねる。

(なして……私だけ、パートナーがおらんと? 私、選ばれてないのに、なしてワープフープが見えたと……?)

 この謎は、未だにアワにもフーにも分からないままだ。わからないが、だからといって特に不利益が生じないため、真相究明を急がないでいる。

 前を歩く氷架璃と芽華実の背中を見ながら、雷奈が考え込んでいると、すねに一瞬の違和感を覚えた。ふわ、と何かがかすめる感触。その正体は、すぐに分かった。

「ありゃ?」

「犬……?」

 雷奈の足元をかすめた物の正体は、小さな犬だった。白いふわふわしたそれは、氷架璃と芽華実を追い抜かして前方へ走っていき、二人の注意をも引いた。

「飼い主が見当たらないけど……」

「え、それってヤバいんじゃ?」

「私、追いかけてみるばい」

 すでに数メートルの差をつけられているが、雷奈のダッシュも並大抵ではない。たっと地を蹴り、犬を追いかけようとした雷奈は、ふと、右後方から聞こえた足音に振り返った。そして、思わず足を止める。

「な……」

 雷奈の右手には、ブロック塀があった。つまり、足音はブロック塀の上から聞こえたのだ。間隔の短い、タタタッという足音は、ブロック塀を強く蹴るとともに止む。直後、雷奈たちの頭上、空中を黒い影が舞った。放物線を描いて地へと舞い戻った黒い影の着地点は、走っていった犬の目前。犬は、方向転換しようとするも、あっという間に捕まえられた。

 あっけにとられる雷奈たちの前で、その人物は犬を抱いて立ち上がる。

「やっと捕まえた! 怖がるのはわかるけど、ちょっとおとなしく……痛い痛い!」

 手を噛まれて悶絶する彼女は、そこでようやく、雷奈たちに気づいた。

 雷奈たちと同年代の少女だった。漆黒の着物と袴を身にまとう彼女は、まるで時代劇の役者がロケ地を抜け出してきたかのよう。腰には刀まで差している。茶色い髪にはつやつやとした葉の髪飾り。それと同じ、鮮やかな緑色の瞳が、驚いたように雷奈たちを凝視する。

「あ……」

「……えっと」

「しまった、人間! き、記憶消さないと……」

「え、ちょっと待って! 私たちは……」

「待ちません! 執行着姿の上、帯刀している私の姿を見たからには、どちら様にも忘却を伴う眠りを……!」

「フィ、フィライン・エデン!」

 雷奈が叫んだ単語に、少女の動きが止まる。常盤色の目を瞬かせ、「まさか」とこぼす。

「あなたたちは、選ばれし人間、ですか?」

「そう! 私は三日月雷奈、こっちは水晶氷架璃と美楓芽華実! やけん、記憶は消さんで!」

「す、すみません、早とちりで……」

 黒衣の少女は、以前フーがやったように指を鳴らそうとしていた手を、そろそろと下ろした。

「えっと、あなたはフィライン・エデンの猫……で合っとる?」

「はい。崎村蘭華と申します。花の名前の蘭に、中華の華。草猫で、希兵隊八番隊隊長を務めております」

「希兵隊……?」

「はい……あっ!」

 油断した蘭華の腕から、犬がすりぬけて飛び出した。また逃走を再開するかと思いきや、犬は雷奈の胸に飛び込む。

「わっ」

「す、すごい……私がどれだけ捕まえても、噛むか逃げるかしていたのに、雷奈さんの腕の中でこんなにおとなしく……!」

 目を輝かせる蘭華に、犬は牙をむいてうなった。見たところチワワのようだが、その愛らしさも、ここまで眉間にしわを寄せて犬歯を見せると台無しである。

「もしかして、怖がっとる?」

「そういえば、前にフーが言ってたわね。人間界の動物からしたら、フィライン・エデンの猫は強者だって。だからじゃない?」

「ああ……なるほど、そうですね」

 蘭華はすっと納得した。

「すみませんが、雷奈さん。しばらくこの子を抱いていてくれませんか? 迷子みたいで」

「野犬じゃないとは思ったばい。首輪あるし……あ、名前も書いてある」

 チワワの白い毛の合間、赤い首輪には「ミルク」と彫られていた。白いからミルクと名付けたのだろう、と想像に難くない。

「勤務中に見つけて、飼い主探しをしていたんです。歩きながらいろいろ説明しますので、よかったら手伝ってもらえませんか?」

 パートナー契約も済み、本格的にフィライン・エデンに関わることになった三人には、断る理由もない。特に帰りを急ぐこともなかったので、蘭華と行動を共にすることにした。

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