6|閃光②

***


「……なるほど、もうクロやダークと接触はされたんですね。それなら説明が早いです。希兵隊とは、クロやダークを討伐したり、火事などの災害時に市民を助けたりする、警察・消防組織のことです。実際に動くのは執行部と呼ばれる部署で、その中で一番隊から十番隊まで分かれています。私はその中の八番隊の隊長、ということです」

 道すがら、蘭華はそう説明した。氷架璃が感心したように声を上げる。

「ほう、ダークたちを退治するプロってことか。そりゃ心強いね」

「執行部、ってことは、さっき執行着って呼んどったその黒い着物は、制服っちゃか?」

「はい。昔から使われている、耐久性に優れた仕事服なんです。でも、これのせいで、犬の飼い主探しがしにくくって。聞き込みができませんから。……まあ、本来の業務ではないので、文句は言えないんですけどね」

 蘭華はきまり悪そうに頭をかいた。つまり、彼女は任務ではなくボランティア精神で飼い主探しをしているのである。

「ばってん、仕事するときはいつも執行着っちゃろ? 人間界ではやりにくくなか?」

「そもそも、人間界にダークたちが現れるようになったのは、この度あなたたちが見つかってからのことなんです。だから、それまでは執行着姿で人間界に行くことなんてなくて、急な話なんですよ。一応制服ですので、執行着はそのまま、取り急ぎ、部下に猫術で人払いをさせて、隊長と副隊長でダークを討伐する、というのがセオリーになっています」

「ふうん……で、あんたの部下ってどこにいんのよ?」

「……それが」

 蘭華の目が泳いだ。髪の毛先をせわしなくいじり、言いにくそうに、

「……は、はぐれてしまって」

「は!?」

「ピッチも電池切れで……」

「……」

 それまで、口には出さずとも、「隊長なのか、すごー」と思っていた雷奈たちは、一気に心もとなくなった。迷子の犬を助けようとしていた隊長自身が迷子だ。己の頭のハエはほったらかしらしい。

「またルシル先輩に叱られちゃうなあ……。一応、発令されていた任務としてのダーク討伐は完了してるけど、迷子の犬を見かけて追いかけたって言ったら……はぁ」

 ため息をつく蘭華の腰で、刀がギシッと音を立てる。芽華実はおっかなびっくり、それを指さした。

「あの、その刀って……」

「え、ああ、これですか。本物ですよ。人間界で猫術を使ったら、ものによっては周りに影響が出てしまうので、物理攻撃のために帯刀が許されているんです。希兵隊の特権の一つですよ」

 芽華実が「本物なんだ……」と顔を引きつらせる横で、雷奈が蘭華の言葉の端をとらえた。

「特権の、一つ。ほかにも特権があるってこと?」

「ああ、はい。執行着なんかもそうですし……」

「もしかして、名前に漢字を当てはめとるのも関係あると?」

 雷奈の言葉に、蘭華は目を丸くした。

「鋭いですね、雷奈さん」

「リーフやファイは漢字が難しいとして、当てはめられそうなアワやフー、ユウやアイもカタカナやったけん」

「なるほど。半分正解です。フィライン・エデンでは、漢字名は希兵隊の、というより、公務員の特権なんですよ。希兵隊も公務員だから、私たちにも漢字名が許されている。そういうことです」

「またよく分からんこだわりだな……」

「それより、早く犬のおうちを探してあげましょう。きっと飼い主も心配しているわ」

 芽華実が落ち着かない様子で言った。

「ばってん、どうやって探すと? 張り紙でもすると?」

「ポスターを作っている間に日が暮れちゃうでしょ。そうじゃなくて、例えば、家の庭をちょっと覗いてみて、犬小屋のある家を探すとか。あとは、犬を連れて散歩している人に聞き込みしてみるとか」

「なるほど。ん? でも、犬連れてる人に聞いてどうすんの? その人が愛犬家なのはわかるけど、二匹飼ってるとは限らないんじゃ?」

「犬を散歩させている人同士って、よく挨拶するみたいなのよ。だから、この子を覚えている人が、なんていう人の犬か教えてくれないかなーって……」

「そういうことかー!」

「詳しいんですね、芽華実さん」

「じ、実は私も飼いたくて調べてた時期があったの。お世話が大変だし、うちはお父さんが単身赴任の上、お母さんが夜勤だから、断念したんだけどね」

 芽華実の作戦は、すぐに功を奏した。十分ほど歩いて出会った、ミニチュアダックスフントを連れた婦人に聞いたところ、二辻先に住んでいる佐藤という老女が散歩させていたと教えてくれたのだ。聞き込みの間隠れていた蘭華と合流すると、一同は件の家へと向かった。

「本当に知ってるもんなんだね」

「家まで知ってるとは思わんかったばい」

「よかったです、これで心置きなく隊舎に帰れ……」

 蘭華が胸をなでおろした、直後だった。

「ヤヤヤ」

 声がした。甲高い、変声機を通したような不自然な声が。

 雷奈が慌てて振り返った時には、黒い影が雷奈の胸元めがけて水の球を飛ばしていた。ちょうど雷奈の胸に抱かれていた犬に直撃し、キャンッと悲鳴が上がる。怯え切った犬は、衝撃に負けて尻もちをついた雷奈の腕から、勢いよく飛び出した。

「あ、ちょっ……!」

「こんなときまでクロかよ!」

 氷架璃が舌打ちした。その間にも、犬は来た道を戻るように逃げていく。アワが扱うような水の球を発したクロは、その姿をじっと見て――。

「あっ、追いかけだしたぞ!」

「まさか、あの子に何かするつもりなんじゃ!」

 犬に負けず劣らずの速度で猛追を始めたクロ。氷架璃と芽華実が慌てて追跡する。

「報告通りだわ……人間界に現れたクロは、選ばれし人間以外も襲う! 早急な討伐が必要だわ! 行きましょう、雷奈さん!」

 蘭華も悔しげに言って、雷奈とともに後を追った。

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