4|くすぶるものは炎か、あるいは
4|くすぶるものは炎か、あるいは①
なぜ私が、という苛立ちとともに、彼女は息を大きく吐いた。
歩くたび、ビニール袋がわしゃわしゃと音を立てる。
「晴れてたから行ってやったけどな、雨だったら絶対に行くかっ! まあ、私も肉まん買ったし、この分も出してもらうとして、なんとか留飲下げるか……」
氷架璃は祖父母と暮らしている。祖母は上品で、優しくて、尊敬できる人なのだが、問題は祖父だ。金を持て余していらないものを買うわ、ノックもなしに氷架璃の部屋に入ってくるわ、平日に来てくれる通いの家政婦にセクハラ発言をするわ、一ミリも尊敬に値しないのだ。
そんな祖父は大のコンビニスイーツ好き。それも、団子やまんじゅうだけでなく、プリンやミニパフェなど現代的なものも守備範囲。平日ならば家政婦が買いに出るところ、日曜日の今日は氷架璃が駆り出されたというわけである。
そんな氷架璃がT字路に差し掛かった時、よからぬものを発見した。
「おーい、お嬢ちゃん、なんとか言えって」
「やめろよ、やっぱ日本語通じねえんだよ」
「じゃあこのまま連れて行っちまうか!」
下卑た声で笑う、大学生くらいの男三人。その中心にいるのは、まだ年端もいかない少女だ。
髪は淡い金髪、瞳はアメジストをはめ込んだような色で、身長は雷奈と同じくらい――つまり、一三八センチ程度だ。まだ幼さが濃いその顔は、恐怖と困惑で染まりきっている。外国人にしては顔立ちが東洋系なので、ハーフかもしれない。
(おいおい、ナンパかよ……!?)
大学生の男が相手だからといって、おびえる氷架璃ではない。義憤を覚え、一喝してやろうと大股で踏み出した、その時。
「おい、何やってんだよ!」
氷架璃とは反対側の道から、少年が現れた。その髪の色を見て、
(こっちも不良かよ……)
氷架璃がそう思うのも無理からぬ話、なぜなら一つにまとめられた彼の髪は、燃えるような赤だったからだ。一瞬、少女と同じく外国人だから赤毛なのかとも思ったが、それにしては不自然に真っ赤すぎる。すなわち、染めているのだろう、と氷架璃は判断した。
水を差された男三人衆は、当然色めき立つ。
「ああん? なんだ、てめえ」
「その子はオレの彼女だ。手ぇ出すんじゃねえ」
「彼女ぉ!? ガキがませてんじゃねえよ、おい」
「笑っちまうな!」
「お前みたいなガキに金髪美少女なんて似合わねえよ!」
口々に侮辱して、野卑な笑い声をあげた。見ていた氷架璃の義憤にさらに火が付き、それは少年も同様で怒りに火が付き、
「お前ら……可燃ゴミになりてえのかあぁッ!」
――少年の手のひらの上にも、火が付いた。
「うぎゃああああ!?」
男たちが叫ぶ。
(はああああああ!?)
氷架璃も心の中で叫ぶ。
見間違いではない。本当に、少年の手から火が出ていた。手品にしては、予備動作がなさすぎる。
突然燃え盛った炎と、少年の気迫に押されて、男三人衆は脇目も振らず逃げて行った。
なおも少年は炎を手に雄たけびを上げる。
「今度リンに近づいたら、分かってんだろうなぁ!? 真っ黒な炭にしてやんぞ!?」
「その場合は君が真っ黒なクロになるんじゃないかな」
氷架璃の横を、水がほとばしっていった。水流は少年の手のひらの上を通過し、メラメラと燃えていた炎を見事に消火してしまう。
氷架璃の後ろからやってきたのは、シャツにセーターの黒髪の少年。呆れ顔の彼は嘆息した。
「アワ……」
「やあ、氷架璃。奇遇だね」
「おい、何しやがんだ、アワ。オレの炎を消すとは、宣戦布告か!?」
「頭も冷やすかい?」
少年の頭の高さに掲げられたアワの手の中で、水の球が躍る。少年が黙り込んだのを見て、アワは手を引いた。
「人間の見ている前で、やすやすと猫術を使わないでよ。面倒なことになるよ?」
「そういうお前はどうなんだ。お前だって今、水術を使ったじゃねーか。そこに一人、人間が残ってるのによ」
氷架璃を指して顎をしゃくった少年に、アワは「ああ」と笑って、
「彼女は大丈夫だよ。彼女は水晶氷架璃、選ばれし人間だ」
「水晶、氷架璃……ああ、お前のパートナーか」
「いや、それが……フラれたんだけどね」
「なんだよ、ざまあねえな」
鼻で笑われたアワは、怒り出すでもなく、きまり悪そうに頭をかいた。
「えっと……アワ、この二人は、もしかして……」
「お察しの通り。フィライン・エデンの住人だよ」
「やっぱりか」
猫術だの選ばれし人間だのと言っている時点で……いや、手から発火する時点で、人間ではない。
着実に日常が浸食されているのを感じてため息をつく氷架璃。そんな彼女の心中もいざ知らず、アワは二人を紹介した。
「赤い髪の彼は
「どうも、氷架璃です……っていうか、星属性とかあるの?」
「珍しいけどね。……ところで、二人とも、なんたってこんなところに?」
「何って、決まってんだろ。今日は初の、人間界デートなんだ!」
「……決まってるんだ?」
したり顔のファイに、アワが疑問形をはらんだツッコミを入れる。ふと気になって、氷架璃も口をはさんだ。
「そういえば、さっきも彼女って言ってたし、付き合ってんの? あんたら」
「おう」
「ええ、そうなの」
見たところ、ファイは氷架璃やアワと同じ年のころのようだが、リンはまだ小学校の高学年くらいに見える。年の差五歳ほどといったところか。兄妹のようなカップルである。
「そうだ、アワ。お前、暇ならこの辺の案内してくれよ。お前はこっちに何度も来てるんだろ?」
ファイがアワに目を向けると、アワは「おあいにくさま」と首を振った。
「僕はこの通り、たい焼きを買いに来たんだ。家族もこれを楽しみにしていてね。だから寄り道できないんだよ」
奇遇は重なり、アワも買い出しに行っていたらしい。彼は左手に下げたビニール袋を掲げて見せた。
「なんだよ、タイミング悪いな。あ、じゃあ、そっちの、水晶氷架璃って言ったか。お前、もし時間があったら、案内してくれねーか?」
「ええ!?」
なんで私が、という本日二回目の不服が首を出しそうになったが、ふと思案。
ファイたちに付き合えば、帰りは遅くなる。今か今かとコンビニスイーツを待ち望んでいる祖父をじらして困らせるのも一興ではないだろうか。
小さな腹いせへと天秤は傾き、氷架璃はうなずいた。
「ああ、うん、いいよ。私でよかったら」
「ありがとう、氷架璃! とっても親切なのね!」
きらきらしたリンの視線が純粋すぎて、氷架璃の中の良心が痛む。
「氷架璃、ついにフィライン・エデンに自分からかかわるように……! これはボクのパートナーになってくれる日も近……」
「よっし、行こうか、ファイ、リン」
「シカトー!?」
ショックで立ちすくむアワを放って、氷架璃は先頭を切って歩き出した。
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