3|綺麗な花には但し書き④

 沈黙が、重い余韻を響かせた。リーフはかすれた声で、

「こ、殺された……!?」

「うん。家に帰ったら、母さんが血だらけで倒れとって、そばに親父がいた。親父の目……私が『父さん』って慕ってた時の目と違った。一緒にいた姉貴と妹もそれば感じたらしくて、すぐに私と一緒に逃げた。助けを呼んで、家に帰った時には、母さんはもう死んでて、親父はいなくなっとった。身の危険を恐れた私たちは、親戚のとこば転がり込んだんやけど、姉貴と妹は九州、私だけ東京の親戚の家ば行って……。その親戚も外国に行くっていうんで、今住んどる神社に居候しとると」

 ユウも息をのんだ。

「なんだか……とても大変だったのね」

「まあね。そういう意味では、私はイレギュラーやけど、フィライン・エデンに来る資格を得るには不自然やけん、この前は言わんかったと」

「そうだったのね」

 リーフとユウの吐息が、静寂に溶けた。

 さっきまでのにぎやかさが消えてしまっていることに気づき、雷奈は無理に声を張り上げる。

「ば、ばってん、今こうして元気でやっとるけん、大丈夫! それより、花選び、再開しよう!」

「そうね。ごめんなさい、変なことを聞いてしまったわ」

「気にせんで、ユウ。そうだ、ユウはどの花がいいと思う?」

「そうね……」

 唇に指をあててじっくりと店頭を眺めると、

「この花はどうかしら」

「青くてきれいやね。ワスレナグサかな?」

「ううん、それはワスレログサ」

「ワスレ……え、忘れちゃうと?」

「ええ。ワスレナグサによく似ているけど、子葉の形が違うのよ」

「それだけ?」

「ええ」

「但し書きとか、ない?」

「ないわ」

「つがいのネズミみたいに増えたりしない?」

「しないわ」

「悲鳴あげない?」

「あげないわ」

「時間たってもサムライの顔にならない?」

「ならないわ」

「血吸わない?」

「吸わないわ」

「気胸に至らしめない?」

「至らしめないわ」

 念には念を押し、おまけの念を押してとどめの念を押す。そうして初めて、雷奈は肩の力を抜いた。

「わかった。これ、ちょうだい」

「まいどありー。あ、お金は人間界の円で大丈夫よ」

「共通と?」

「そうよ」

 ようやく売買が成立し、雷奈もリーフも笑顔だ。

「ありがとう、リーフ。……ちなみに、この花、なしてワスレログサっていうと?」

 ワスレナグサには逸話がある。

 ある男性が、女性のために川辺の青い花を取ろうとした。ところが、男性は川の流れに飲まれてしまう。彼は、「僕を忘れないで!」と叫んで女性に花を投げてよこした。男性はそのまま水に流されて消えてしまったが、女性は男性のことを忘れず、花を大切にしたという。

 同様の逸話があるのか、と雷奈は問うたのだ。

「あるわよ。昔、あるところにカップルがいてね。仲良く過ごしていたんだけど、ある日、女性のほうが男性のへそくりを盗んだの」

「は!?」

「男性は当然怒ったわ。でも、次の瞬間、女性は青い花を投げて叫んだの。『私を忘れて!』」

「なんて非道な!?」

「そして男性は、女性のことを忘れて、最初から独り身だったかのように、静かに暮らしましたとさ」

「金返せよ、女性! っていうか、その話、本当にあったと!? この世界は犯罪はなかったんやなかと!?」

「さあ? ただの物語なんじゃないかしら」

 開いた口が塞がらない雷奈だが、逸話は逸話、花の美しさを傷つけるには値しないと割り切って、改めてリーフに礼を言った。

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