3|綺麗な花には但し書き②

「キスリップ……? あ、チューとキスをかけとると? 口づけ的な意味で」

「半分正解ね。この花はね、単性花なのよ。単性花ってわかる?」

「えっと……雄花と雌花が分かれとる花? あれ、ばってん、チューリップはおしべとめしべが一つの花にあるって、理科で習ったような……」

「そこが、人間界のチューリップとの大きな違いね。この赤いのは雌花。そしてこっちが……雄花よ」

「わあ……っ!」

 雷奈は驚きを隠せなかった。リーフが追加で持ってきた一輪は、同じ種類ながら、鮮やかな青色をしていた。

「すごか! 青いチューリップ……いや、キスリップ? ばってん、見た目はチューリップやけん、青色のなんか、見たことなかよ……!」

「わかりやすいでしょう? 色が雄花と雌花の見分け方よ。そして、キスリップと呼ばれる所以は……」

 リーフは両手に持った雄花と雌花を、少しずつ近づけていった。すると、ゆっくりと、しかし確実に、二つの花が互いのほうへと首をかしげていった。

「え、どうなっとーと!?」

「キスリップは、異性の花を近くに認めると、こうやって頭を持って行って、くっついて、直接受粉するの。まるでキスするみたいだから、キスリップというのよ」

 出会った二輪は徐々にその距離を縮め、恥じらいながらも口づけを――。

「あれ、なして引き離すと?」

「いや、ここで受粉すると、店の前がキスリップだらけになっちゃうから。まあ、それはそれで、仕入れの手間が省けていいんだけど」

「ふうん……? ばってん、青いチューリップなら珍しか。これ、買ってよか?」

「待って、雷奈。リーフ、『店の前がキスリップだらけ』について、もう少し詳しく説明したほうがいいんじゃないかしら」

 ユウが制止した。不思議そうに瞬きをする雷奈を見て、リーフは「ああ、そっか」と笑うと、

「とてもロマンチックで可愛い花なんだけど、但し書きがあってね。ものっすごく繁殖力が強いのよ」

「……というと?」

「一回キスしたら、一晩で種を十も飛ばして、周りにまき散らされる。その一粒一粒が発芽して花を咲かせるまでに五日とかからないわ。その新たな十輪がまたキスをして……。最高記録は、一週間で五輪から四五〇輪超えの繁殖って聞いたことがあるわね」

「つがいのネズミか!?」

「まあ、その分なのかどうなのか分からないけれど、寿命も短いの。フィライン・エデンがキスリップだらけにならないのはそのおかげね」

 ユウがそうフォローするが、雷奈はまだ呆然としている。

「ぶっちゃけ、雄花と雌花を届かない位置に飾っておけば何の問題もないのよ。どうする? お買い上げ?」

「いや……やめとくばい。寿命が短いってのは欠点だし」

「それはそうね。長く愛でられる花がいいし。じゃあ、こっちはどうかな? けっこうもつわよ」

 次にリーフが持って行ったのは、幾重にも花弁が重なった一輪。八重桜のつぼみのようだが、配色は非常に鮮やかで、赤、黄色、黄緑と、一回りごとに異なっている。

「これは?」

「カワベジュウニヒトエよ。人間界のジュウニヒトエよりも、十二単らしいでしょ?」

「うん、本当に十二単ば着てるみたい」

「花びらが五重にもなっているのよ。花占いの定番で、色ごとに占いの目的が違ったりするの。赤は恋愛、黄色は友情、っていう風にね。一度やってみる?」

「え、よかと? これ、売り物なのに……」

「商品アピールのためなら、一輪くらい、いいわよ。どうぞ」

「ありがとう! 一番外側の赤色は恋愛運だったね。じゃあ、運命の出会いが、ある、ない、ある、ない……」

 一片ずつ花弁をちぎっていき、

「ある、ない……ある!」

 最後の赤い花弁をとった瞬間。

 キャーッ!

 声は、花から聞こえた。

「……」

「……」

「……なんね、今の」

「花の音っていうか、声っていうか。マンドラゴラ的な? あ、聞いても大丈夫なやつよ」

「なんか……悲鳴に聞こえたんやけど……」

「そりゃ、十二単の衣一枚、無理にはがしたんだものね」

「……」

「ちなみに、全部剥がすとすぐに枯れちゃうのよ」

「ものすごい背徳感のある花占いっちゃね!?」

 花とはいえ、身ぐるみ剥ぐ趣味はない雷奈は、げんなりしながらも別の花を所望した。

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