2|編入生は気づかれない④

***


 濡れそぼった髪をふきながら、彼女は私室に足を踏み入れた。

 風呂や食事は、社務所で神主夫婦と共にしているものの、彼女の部屋自体は宿坊の一つを借りている。

 床は一面畳で、純和風の内装。調度品もそれに合わせており、たんすや棚などはそろって木の色をしている。同じく自然色の鏡台の前に座って、彼女は鏡の中の自分を見つめていた。

 ――君は何者なんだい。何か心当たりはない?

 ――人と違う体験をしたとか、そういうイレギュラーな何か。

 そう聞かれたとき、彼女の頭の中には、自分に関するたくさんの「イレギュラー」が渦巻いていた。

 人より色素の薄い髪や目、小さな身長。これらは母親譲りだ。髪をここまで伸ばしているのも、母親の腰まで届くロングヘアに憧れてのことだった。

 小学四年生にして、独りで種子島から上京。子宝に恵まれなかった神主夫婦のもとに、幸運にも身を寄せさせてもらい、巫女として過ごしてきた。これも、イレギュラーといえばイレギュラーだ。

 しかし、それよりも鮮烈に思い出したことがあった。

 容姿のことも、上京のことも、頭に浮かんだのはたったの一瞬。アワに問われて考え込んだあの時間のほとんどを占めた記憶は。

「……」

 ふいに、鏡台の横に置いてあった写真に手を伸ばす。それは、ごく普通の家族写真だった。自分がいて、姉と妹がいて、父と母がいる。写真の中の子供たちは無邪気に笑い、母親は照れたように微笑み、父親はいつも通り仏頂面だ。

 この幸せな家庭がずっと続いていれば、ここに来ることもなかっただろう。

 少女は瞑目して、追憶する。

 すべてが変わったあの夜の記憶。

 鉄のようなにおいと、目に痛い色をしたおびただしい何か。永遠に閉じた瞳と、永遠に変わってしまった瞳。鼓動、息遣い、叫び声――。

 やがて、閉じていた目を開き、写真を置いて、

「……猫とは、関係なかね」

 三日月雷奈は、こともなさげに嘆息した。

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