2|編入生は気づかれない③

「あの黒猫もどきは、いったい何なの?」

「あれはね、クロというんだ」

「クロ……普通に黒猫につけられる名前みたいったいね」

「でも、固有名詞じゃなくて、あの存在全部を指す名前なんだ。クロはたくさんいるよ」

 アワの言葉を引き継いで、フーが真剣な表情で説明した。

「クロはね、私たちの負の感情の化身のようなもの。私たちの憎しみや怒りの感情は、神なる存在、君臨者によって吸い取られ、怪物のような存在として再構成される」

「なんでそんな回りくどいことに……?」

「憎しみや怒りがあったら、平和な世界にならないでしょ。君臨者はこの世界を平和に保ってくれているの。おかげで、人間界で起こるような犯罪はまずないわ。まあ、悪いことをしたら、その本人がクロになるとも言われているしね。それに、クロという共通の敵がいることで、みんなの団結力も生まれる。これがフィライン・エデンの治安維持システムよ」

 リーフもうなずいた。

「クロはまだ小さくて、やることも可愛げがあるほうだけど、これが進化するとダークという、もっと質の悪いヤツになるわ。図体は大きいし、猫を襲ったり、物を破壊したりするようになるの」

「それ、倒せるのか?」

「ダークレベルになると、私には無理ね。でも、それ専門の組織もあるから、基本的にそっちに任せているわ。……それにしても、人間界にクロが現れるなんて、今まで聞いたこともないんだけど。確かに、選ばれし人間はフィライン・エデンに来ると、ほかの猫ばりに狙われるって聞くけど、それが人間界でもなんて」

 先ほどの思案顔は、この点が引っ掛かっていたことによるらしい。

「時間の停止といい、人間界に現れるクロといい……」

 そこで言葉を止めたリーフは、おもむろに雷奈たち三人を眺めた。

「アワ、フー。あなたたちは、をどう考えているの?」

「いや、さっぱりだね」

「お母さんに相談してみたけれど、わからないみたい」

「情報管理局は何か言ってないの?」

「いくら情報管理局でも、人間に手出しはできないからね。人間と接するのは、基本ボクたち。その方針もボクたちに一任されている。何も言われてないんだ」

「でも、アワとフーの神託は……」

「ボクのパートナーになる人は氷架璃だ。間違いない」

「ちょっと待てっ」

 三人で話し込んでいるところに、氷架璃が身を乗り出して口をはさんだ。

「私、言ったよね。パートナーにはならないって。ここにくるのも、これが最初で最後!」

「そこをなんとか、だよ。お願い、ボクのパートナーになって! ボクたちが悪いヤツじゃないのはわかったでしょ?」

「鞄のことといい、それは何となく伝わってる。でも、それとこれとは話が別! 芽華実は乗り気だから、フーとくっつけばいいかもだけど、私は遠慮したいって言ってるの。どうしてもパートナーが欲しいなら、雷奈をパートナーにすれば? せっかく三人目がいるんだからさ!」

「それが問題なんじゃないか!」

 その言葉に、三人は目をしばたたかせた。

「……問題? 三人目って、私の事っちゃか? 私、問題?」

「ごめん、なんだか、君の存在を否定するような言い方だったね。でも、さっきリーフが言っていたのも、このことなんだ。選ばれし人間が三人いるという。まったくもって、イレギュラーなんだよ」

 アワはそう言って嘆息した。

「ボクに神託があったのは、氷架璃。フーに神託があったのは、芽華実。……君のことは、預言にないんだよ、雷奈」

「私たちは、神託があった人間とパートナー関係を結んで、人間界とかかわる。神託もなしに現れて、ワープフープが見える人間の扱いは、一切わからないのよ」

「だから、氷架璃の代わりといって雷奈とパートナーになるわけにはいかないんだ」

 アワはまっすぐに雷奈を見つめて、ゆっくりと問うた。

「雷奈。君は何者なんだい。何か心当たりはない?」

「心当たり……?」

「そう。人と違う体験をしたとか、そういうイレギュラーな何か」

 雷奈は口に手を当てて考え込んだ。その姿を、氷架璃と芽華実が見守る。

「……わからなか」

「そっか。……じゃあ、保留かな」

 アワが口を閉ざすと、沈黙が訪れた。しばらく視線をさまよわせていた氷架璃は、静寂に耐えきれなくなって、腰を浮かした。

「えっと、話は終わり? そろそろ帰っていいかな?」

「あ、ちょ、氷架璃……!」

「やだ」

「ぐぅ」

「アワ、闇雲に食い下がったって納得してくれないわ。今日のところは私が送っていくから、アワはもう少し説得材料を考えてなさい」

 そう言ったリーフは立ち上がると、一つ呼吸をした。直後、リーフの体が溶けるように形を変え、縮んでいき、やがて猫の姿に変化した。若草色の体、耳元には花飾り。背中からは葉のような三枚羽が両脇にかけて生えている。

「これが私の本来の姿よ。……さあ、ワープフープまで送っていくわ」

「おおう……もはや猫なのか何なのか分からんな」

「人間の姿になったり術を使えたりする時点で、あなたたちの知る猫とは違うわ。……じゃあ、あとでね。アワ、フー」

 樹香の花処を出た三人は、リーフに見送られ、ワープフープで無事人間界へと帰還した。いきなり大量の情報を詰め込まれた氷架璃は、げんなりしている。

「あー疲れた……明日から学校だし、もう家でゆっくりしよ……」

「氷架璃、本当にいいの? アワからの誘い、断っちゃって」

「いいの。ただでさえ授業やら宿題やらで忙しいのに、別世界とこっちを行き来するなんて、身がもたないよ」

「楽しそうなんだけどなー……」

「芽華実はフーに協力するんでしょ? また進捗聞かせてよ」

「うん……」

 芽華実はあいまいにうなずいて、ちらと雷奈を見やった。どこかぼんやりとしていて、何かを考えているようだ。

「雷奈、大丈夫?」

「うん? 何がね?」

「びっくりしちゃうわよね、いきなり自分がイレギュラーだって言われたら……」

「ほんと、失礼だよね」

「ばってん、二匹の言うことが本当なら、私、なして選ばれし人間なんだろ……?」

 自分へと意識を向けながら、雷奈は言葉をこぼしていく。

「確かに、普通の中学生とは違う道たどっとるかもしれんよ? 種子島から一人で上京したり、神社で居候していたり……。ばってん、上京くらい、する人はするし、下宿先が神社だって理由で、選ばれし人間になるとも思えなか」

「その通りだね、まったく」

 腕組みしてうなずいた氷架璃は、雷奈に歩み寄ると、その頭をぽんぽんとたたいた。

「あんま気にすんなよ、雷奈。案外、その君臨者とやらが、神託し忘れていただけかもしれないぞ? ……今日はもう帰って休もう?」

「……そうっちゃね」

 明日からは本格的に学校が始まる。気力体力の温存が満場一致で可決され、三人は解散した。

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