2|編入生は気づかれない②

***


 氷架璃と芽華実にとっては、ワープフープをくぐるのは初めてだ。

 閃光に包まれ、次に目を開いたとき、視界に広がっていたのは、日本らしくも現代感のない景色だった。

 まず、ビルのような高層の建物がない。せいぜい、遠目に一つ、二つほど大きめの建築物が見えるほどで、それも学校の校舎ほどの低階層のようだ。

 ビルがないのは三人の住む住宅街もしかりだが、彼女らの近所と決定的に違うのは、建物が密集していない点だ。三人の住む町、光丘ひかりきゅうは家が多く立ち並ぶベッドタウン。対して、こちらはぽつぽつと平屋が見える程度だった。

 道も舗装されておらず、電線もない。車の通りも皆無。それでも異国情緒があるようには見えないところ、ひと昔、ふた昔前の日本の風景といったところか。

「ここが……」

 呟いたきり、口元に手を当てて考え込む氷架璃。

「……無理にボケなくていいよ」

「あ、バレた?」

「ったく……。さて、フーが先に帰って待っているはずだけど……。あ、来た来た」

 アワが手を振る方から、一人の少女が駆けてきた。

 セミロングのさらさらした髪は明るいブラウン。身長は芽華実と同じくらいだ。皇学園の制服に身を包んだ彼女が、人間姿の風中フーらしい。

「ごめんね、アワ。リーフと立ち話をしていたの」

「それはまた、どうして?」

「昨日、私たちが人間と接触したことは、もうフィライン・エデン中に発信されたでしょう? もちろんリーフもそのことを知っていてね。さっき、ばったり会った時に、今から人間のみんなが来るんだって言ったら、ぜひうちにいらっしゃいって」

「リーフらしい積極性だね」

 話を進めていく二人に、雷奈が手を挙げた。

「質問。リーフって誰ね?」

「ああ、この辺で花屋をやっている、ボクたちの友人だよ。当初はボクの家へ来てもらおうと思っていたけど、変更だね」

「お花屋さん! どんなところかしら、楽しみだわ!」

 花が好きな芽華実は、さっそく目を輝かせた。

「ここからどれくらい歩くと?」

「二十分くらいかな。お察しの通り、この世界には乗り物というものがなくてね。資源の問題で。テレビとかパソコンとかはあるんだけど」

「それを作る資源や施設はあるのか?」

「資源はほとんど、再利用なんだけどね。大元は、正直な話、昔人間界から持って帰ってきたとか。工場じゃなくて、職人が作ってるのをイメージしてもらったらいいかな」

「人間界から持って帰ったって……それは大丈夫なのか……?」

「少なくとも、もう時効になっているような大昔のことだよ」

 地面がむき出しになっている道を、アワとフーについて歩いていく。

「静かね。鳥の鳴き声とかもしない」

「もちろんよ、芽華実。だってここには鳥はいないもの。魚とかもね」

「猫は魚食ってそうなイメージだけどな」

「イメージにとどめておいておくれよ、氷架璃。ここの猫はみんなベジタリアンさ。肉を食べるということは、すなわち共食いになってしまう」

「ベジタリアン……、植物はあるとね」

「鋭いね、雷奈。植物は動物ではないからね、普通に存在しているよ。といっても、人間界にはないような植物もあるんだけど。それは、リーフの家に行ったらよくわかるんじゃないかな」

 それからも、雷奈たちは見慣れない、しかしどこか懐かしい雰囲気の風景を眺めながら、歩き続けた。

 普通の家とは違う、華やかな外見の建物が見え始めたのは、ちょうど二十分してからだった。

「もしかして、あれ?」

「そうだよ」

 家は家だが、その周りにはあふれんばかりの花々が咲き誇っていた。これまでも、玄関に植物を飾っている家はあったが、これは一線を画している。一瞥して、花屋とわかる風体だ。表ののぼりには、鮮やかな文字で「樹香の花処」と書かれている。

「リーフの名字は樹香じゅこうといってね。ここの花屋さんの跡継ぎ兼、看板娘なんだ」

 アワがそう言ったちょうどその時、建物の中から少女が出てきた。シナモン色の長い髪の両脇に花飾りをつけ、清楚なワンピースにエプロンをかけている。植木鉢を持っていた彼女はアワたちに気づき、ついで人間の三人を認めると、鉢を取り落としそうになった。

 慌てて鉢を置き、アワたちのもとへ駆け寄ってくる。

「アワ、フー、いらっしゃい! ……そちらが、人間の?」

「うん。右から、水晶氷架璃、美楓芽華実、……えーっと……」

「三日月。三日月雷奈ったい」

「へえ……三人?」

「うん。……三人なんだ」

 どこか意味深な音を含んだやりとりの後、リーフはにっこり笑って雷奈たちを家に招き入れた。

 二階建ての一階がリビング、二階が私室らしい。部屋の中にも観葉植物が飾られていて、家主の植物愛がうかがえる。

 ハーブティーをふるまわれた雷奈たちの前に、猫の三名が向かい合うように座った。

「改めて、私は樹香リーフ。名前の通り、草猫よ。なんだか緊張しちゃうわね」

「いや、緊張するのはこっちもなんだけどさ。フィライン・エデンに来るの、初めてだし」

「フーから聞いているわ。でも、何度も来たらきっと慣れるわよ」

 そう言われ、氷架璃はきまり悪そうに頭をかいた。

「その……もう来る気はないんだけど」

「え? どうして? アワのパートナーでしょう?」

「実は断ったんだよね」

 目に見えて、アワが沈んだ。

「あらら、アワ、フラれちゃったの?」

「うん……そうなんだ……」

「って言っても、なんか得体のしれないものに目をつけられてるって言われるし、鞄を取り返してもらった恩もあるしで、とりあえず説明だけ聞きに来たってわけ」

 そこで、アワはリーフに、鞄奪取の事の顛末を聞かせた。リーフが不思議そうな顔をするのを見ながら、氷架璃はとりあえず疑問をぶつける。

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