04-15

(び……びっくりした! びっくりしたあああああああっ!?)


(ジェリーさんが乗っているというのに、まさかいきなりユニコーンが飛び降りるだなんて……)


(でも、楽しかったねー!)


 空中庭園でユニコーンの懐柔に成功したジェリーは、さっそく跨ってみた。

 慣れるために庭園内をユニコーンで散歩していると、遥か下方にある中庭での戦いが目に入った。

 アシュランが呑み込まれるのを目撃したユニコーンは「小さき者が危ない!」と叫びつつ飛び降りだのだ。


 空中庭園からのダイビングプレスは疾風のごとく速く、そして神の一手のごとく正確な狙いで中庭に降り注いだ。

 ビルの屋上ほどもある高さから放たれた、体重の乗った蹄の一撃はかなり強烈で、それをまともに食らったウシトリグサは雑魚スライムのようにあっさりと沈んでしまった。


(死ぬかと思ったわ! この野郎、飛び降りるなら降りるって言えよ! 必死になって止めるけど! おい、なんとか言え、こら!)


 思わず声に出しそうになったが、ぐっとこらえるジェリー。

 かわりにカカトでユニコーンの胴体を蹴る。


(他の人がいる前ではしゃべらないようにとジェリーさんがおっしゃったではないですか、だから黙ってるんだと思いますよ)


(なんでしゃべっちゃダメなの?)


(しゃべったらコイツがロリコンだってすぐバレちまうからな。そんな馬に乗ってるなんてのがわかったら格好悪すぎるだろ)


(ろりこんってなに?)


(幼い女性を好む方のことです)


(ふーん……じゃあ、アシュランちゃんも幼い子ってこと?)


(散歩中に伺ったのですが、ユニコーンの定義では女性は14歳以下、男性は9歳以下が「小さき者」らしいです。アシュランさんの実年齢はわかりませんが、見た目は中学生くらいですから、その可能性はあります)


(おい、そんなことよりも、アシュランを助けよう!)


 と、ジェリーが思った途端、ウシトリグサの上の口、ガマグチのような口吻がゲフッ、ゲフッ、と臭い息を吐き出しはじめた。

 猫が毛玉を戻す前兆のような咳き込みを繰り返したあと、


 ブフォアッ!?


 クジラの潮吹きのように、上の口からアシュランの身体が噴出した。

 飛び出した少女の身体は放物線を描き、馬上にいるジェリーの腕の中にすっぽりと収まる。


 それはただの偶然であったが、ジェリーがあまりにも堂々としていたので、傍目からは着地点がわかって待ち構えていたように映った。


(シリアルキラーみたいな冷たい瞳してるクセに、身体はずいぶん細いな……いつもポンチョを着てるからわからなかったぜ)


(そうだねぇ……って、それをジェリーくんが言う?)


(瞳の印象については形而上的な要素なのでわかりませんが……身長はジェリーさんよりも高いですが、体重はジェリーさんよりも軽いですね)


(俺よりも軽いって、相当だな……でも骨ばってなくて、触り心地がいい……)


 少女は緑色の粘液にまみれ、意識を失っていた。ジェリーの腕に身を任せるようにぐったりとしていて、薄い呼吸を繰り返している。

 それは、生贄にされかけた寸前で救出されたかよわいお姫様のようで、二つ名で恐れられているようにはとても見えなかった。


 顔は出口のない迷宮をさまよっているように苦痛に歪んでいたが、やがて……あたたかい光に導かれるように、ゆっくりと瞼を開ける。


「うっ……か……神……さ……ま……?」


 しばらく焦点の定まらない瞳でジェリーを見ていたが、すぐに目を丸く見開く。


 少女はくっ、と呻いたかと思うと、もがきながら銃を構えた。

 そのままでは長すぎたのか銃身を傾け、ジェリーのこめかみを斜めから抉るようにして銃口を押し当てる。


 長い銃身を小脇で抱き込むような、かなり強引な射撃体制。

 狙撃銃なのにストライクガンのような扱い。狙いをつけるどころではなかったが、この至近距離ならその必要もなさそうだった。


 ジェリーは銃を跳ねのけようとする。が、小学生の女の子に負けるほど低い腕力では、びくともさせられなかった。


 トリガーガードの中に突っ込まれたアシュランの細い指が、ブルブルと震えている。

 最後の一線である「引き金を引く」かどうかを激しく葛藤しているようだった。


「こ……殺……す……!」


 と怒りの形相で八重歯を剥いたかと思うと、


「う……撃つの……だめっ!」


 押しとどめるように歯をギュッと食いしばる。


 ジェリーは迎え撃つような挑戦的な睨みをきかせていたが、


(な、なんだコイツ、様子がおかしいぞ!?)


 内心は激しく動揺していた。


 ジェリーに頬を寄せるようにして、銃をしげしげと眺めていた手のひらサイズのルクが、「はい」と手を肩の高さくらいまで挙げた。


(近くで観察して、わかりました。この狙撃銃には憑死霊つくしりょうがいますね。それがアシュランさんを操って、ジェリーさんを撃つよう仕向けているようです)


(つくしりょう?)


 ジェリーがオウム返しすると、反対側の頬にくっついていたプルが「はーい!」と手をめいっぱい挙げた。


(知ってる! 知ってるー! つくしのオバケだよね? 会ったことある!)


(そういう霊もいるかもしれませんが、憑死霊というのは道具に憑依し、それを手にした者を操る悪霊のことです。おそらく今のアシュランさんの頭の中は、ジェリーさんを撃てという死霊の声でいっぱいだと思います)


(頭の中で声? ボクらとおんなじだねー!)


 言い終えたあと、プルは肩をすくめる。

 ルクからの(余計な事を言うな)という思いの込められたジト目に気づいたからだ。


(アシュランが悪霊の声に抵抗してくれてるなら、それに期待するしかないのか……?)


(無理ですね、アシュランさんの瞳の光が弱くなってきています。憑死霊は言うことをきかないアシュランさんの心を殺そうとしているのでしょう)


(心を殺す……だと?)


(憑死霊というのは操る人間の罪悪感も嗜好品のように楽しみますので、本来は心を殺そうとはしないのですが……抵抗するアシュランさんにしびれを切らしたようです。この調子ですと、もうじき心は殺され、アシュランさんの身体は完全に憑死霊のものになってしまうでしょう)


(そうなると、どうなるんだ?)


(アシュランさんの意思は完全に消失し、ひたすら誰かの生命を奪うだけの機械となります。いまも似たようなものですが、ためらいが一切なくなります)


 わずかな毒を含ませながら、ルクは続ける。


(ジェリーさんの命を奪ったあと、キリーランドさんやバルカン三兄弟にも銃を向けるでしょう)


(そ……そんなこと、させてたまるかよ! アシュランを助ける方法はないのか!?)


 ジェリーはルクに向かって尋ねたが、答えたのはプルだった。


(ボクが話してこようか?)


(なんだと?)


(つくしのオバケなら知ってるから、話せばやめてくれるかも)


(そ、そうか……? でも、間接的とはいえ人を殺そうとしてるようなヤツが、ハイそうですかとやめてくれるものなのか……?)


 ジェリーは一瞬だけ考えたが、悩んでいてもしょうがないと覚悟を決める。


(よし、できることなら何でもやってみよう! おい、説得たのむぜ!)


(えーっと、ルク、どうすればいいんだっけ?)


(ジェリーさんがアシュランさんと唇を重ねてください)


(ん? あんだって?)


 言われたことの意味がわからず、耳の遠い年寄りみたいにジェリーは聞き返す。

 今まさに丁々発止のやりとりを繰り広げている厳しい表情からは想像もつかない間抜っぽさだった。


(唇を重ねると、わたくしたちはアシュランさんの頭の中に入ることができます。それで憑死霊に会うことができます)


(なっ……なんだとぉ!?)


(早くしないと、アシュランちゃんの目が、どんどん暗くなってるよ! ほら、早く早く!)


 アシュランは額に玉の汗を浮かべ、茫洋とした視線をさまよわせていた。

 それでもトリガーを引くまいと、残った意識を振り絞って最後の抵抗を見せている。


(の……ノーチョイスか!? ノーチョイスなのかっ……!?)


 ジェリーの顔つきはかつてないほどに険しいものとなる。

 善も悪も、等しく屠る鬼神のような、恐ろしい顔だった。


 その輝くメスのような瞳がアシュランに刺さる。

 麻酔なしで手術を受けているかのように、顔が歪む。


 まるで身体の奥底にある病巣までもを死滅させるような、凄まじい睨みつけ。

 アシュランが正気であったなら、卒倒していたであろう眼光であった。


「悪霊よ……貴様には一本の髪の毛すら、くれてやるつもりはない……!」


 少年は宣戦布告のように言い放つと、奪い返すように少女を抱き寄せる。


「コイツは、俺様のモノだ……!」


 そして、一方的に唇を重ねた。

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