04-14
地上では、ウシトリグサとの戦いが続いていた。
「ふ……不覚っ……!!」
剣を杖がわりにしてすがりつき、息も絶え絶えに叫ぶ雌オーク……ではなくキリーランド。
「姐さん! なんてことしたんだっ! せっかくいい調子だったのに!」
キリーランドからだいぶ離れた位置で倒れ伏していたバルが叫ぶ。
「なんで、なんで戦いの最中にキノコなんて食ったりしたんだよっ!?」
背後からルカの声が続く。
「いや、空腹に見舞われて……うまそうであったから、つい……」
気まずそうに頭をかくキリーランド。
「だからって、敵の身体に生えてるやつなんて食うことないだろっ!」
キリーランドのすぐ横で倒れていたカンが、起き上がりながら責める。
戦いの最初は、キリーランドが反撃の間を与えぬ滅多斬りでウシトリグサの袋叩きにし、側面に回り込んだアシュランとバルカン三兄弟がどてっ腹に鉛玉を撃ち込みまくるという連携で優位に立っていた。
この戦いも楽勝かと思われたが……途中で空腹に勝てなくなったキリーランドが、ウシトリグサの身体に生えていたキノコを取って食べてしまったのだ。
キノコには普通の人間ならば即死に至る猛毒が含まれていたのだが、キリーランドは身体が動かなくなるくらいの症状ですんでいた。
しかし、前衛である彼女が役立たずになったことで、戦況が一気にひっくり返ってしまった。
抑える者がいなくなったウシトリグサは好き放題に暴れまわる。
キリーランドたちは暴風のような触手振り回し攻撃を受け、紙くずのようにさんざん吹き飛ばされた。
子供に八つ当たりされる人形のように何度も床に叩きつけられ、全滅の危機に瀕していた。
最後の頼みの綱はアシュランの火力であったが、彼女はひたすら仔ウシトリグサにマークされ続け、逃げ回るだけで精一杯、弾丸の再装填もままならない状態だった。
アシュランはひたすら庭を走り回り、敵の魔の手から逃れていたが、疲労からくる足のもつれにより転んでしまった。
ウシトリグサはチャンスとばかりに、倒れた少女に迫る。
「おい! お前の相手はこっちだ! それとも、弱い者しか相手にできぬのか! この腰抜け草め!」
注意をそらすべくキリーランドが挑発するが、ウシトリグサは聞く耳を持たない。
キリーランドが役立たずな今、あとはアシュランさえ倒してしまえば脅威となる者はいなくなるとわかっているのだ。
地に伏してぜいぜいと息をするアシュランに、小山のような巨体がずり、ずりと迫る。
丸呑みしようと大口をあけるウシトリグサ。口の上下には槍のような棘が生えており、挟まれたら一巻の終わりだ。
逃げなくてはいけないのに、もう足が動かず立ち上がれない。それでもアシュランは手で地面を掴み、這いつくばって逃げようとする。
しかし、速度の差は歴然。
走ることでなんとか一定距離を保てていた相手に対し、匍匐前進で振り切れるわけもなかった。
あんぐりと開けた口が、すぐ側まで来ていた。甘い臭いを吐きかけられると、目の前が霞んだ。
軍隊を相手にしても何も感じなかった少女が、生まれて初めて死を意識した。
そして、奇跡にすがった。
ジェリーがいるはずの方角を見る。が、階段のふもとにあった椅子は倒れており、誰もいなかった。
バルカン三兄弟が、声をかぎりに絶叫する。
「こうなったら、ジェリー様にお願いするしかねえっ! ジェリー様っ! アシュランを助けてやってくれぇ! アイツは俺を、俺を助けてくれたんだ!」
「い……いねえ! ジェリー様はどこにもいねえぞ!?」
「まさか、俺たちを置いて逃げちまったのか!?」
「
痺れる身体をおして叫ぶキリーランド。
しかし……何も起きない。
アシュランの身体は、ついに化け物の口の中へと呑み込まれた。奇跡は起きなかった。
閉じた口内の、生ぬるい暗闇のなかで、少女は諦観していた。
少し、生きる希望を持ってしまった。
死を降らせることしかできなかった自分に、仲間を生かすという新たな道を教えられ、それにすがってみようと思った。
その矢先に、これだ。
思えば、私には奇跡は起こらなかった。
跳弾の奇跡は私が起こしたものでもないし、恩恵を受けたのはバルだ。
当たり前だ。今まで私は多くの希望を奪ってきた。
私に殺された者は、きっと今の私のように奇跡を望んでいたはず。
多くの奇跡を否定してきた私が、いまさら奇跡にすがろうなど、おかしな話だ。
そう、奇跡は起きない。それが当たり前なんだ。
しかし……その思いを否定するかのように、奇跡は、少女の全く思いもよらぬ方向から降ってきた。
……ドォォォォオオオオオンッ!!
まるで神の拳が叩き込まれたかのように、ウシトリグサの身体がグシャリと潰れる。
地面に埋まるようにめりこみ、地雷が炸裂したように土煙が高くあがった。
「うわあっ!?」
爆風さながらの突風を受け、吹き飛ぶバルカン三兄弟。
キリーランドは咄嗟に腕で顔を覆って衝撃に備えたが、毒の影響でよろめいてしまい、力なく尻もちをついてしまう。
もうもうとあがる砂埃の中では……馬に乗る人影が見下ろしていた。何者かが空から降ってきたのだ。
いや、それは人ではなかった。人がこんなに神々しいわけがない、とその場にいる誰もが思った。
神だ……神が降り立った……!
モヤのような中でもハッキリとわかる後光……!
この存在感こそ、人ならざる者の証……!
やがてその全貌が明らかとなる。
空気のぬけた気球のようにペチャンコになったウシトリグサの上には、ユニコーンに跨る神がいた。
まさしく降臨と呼ぶに相応しい、堂々とした姿。
すべての者が見とれていたが、しばらくして気付く。
あまりの神々しさに、見紛ってしまったことを。
「じぇ……ジェリー様っ!?」
最初に気付いたのは、キリーランドだった。
ジェリーだ。そこにいたのはジェリーだった。
ユニコーンに乗った少年が、空から助けに来てくれたのだ。
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