04-11
リザードマンを撃退したキリーランドたちは、揃ってジェリーの元へと駆け戻ってきた。
皆、窮地からの逆転に興奮さめやらぬ様子で、勝利の立役者であるアシュランを担ぎ上げ、胴上げまで始めてしまった。
「いやはや、跳弾まで操るとは……たいしたものだ! 我が兜を脱ぐ思いだ!」
「いやあ、長いこと森を案内していろんな戦いを見てきたが、たった1発の銃弾でピンチをひっくり返す奴なんて、初めてだよ!」
「もうダメかと思ったが、アンタのおかげで助かった! ありがとう! ありがとう! 感謝してもしきれねぇよ!」
「アシュラン! 俺ぁアンタのことを不気味で冷たい奴だなんて思ってたが、ずっと誤解してたぜ! 兄貴を助けてくれるなんて、やる時はやるんだな!」
「そうだ、アンタは死を運ぶ鳥なんかじゃねぇ! 希望を運ぶ鳥……俺たち三兄弟の幸せの鳥だ!」
困惑を隠せない様子で、宙を舞うアシュラン。
少女にとって射撃というのは悲しみを生むもので、ずっとそれが当たり前だと思っていた。
疎まれ、怖がられ、避けられ……孤独をいっそう深くするもので、自分は生きていくためにその宿命を背負わされているのだと思い込んでいた。
こんな風に、誰かに感謝されたことは今までになかった。
それは新鮮な感覚で、少女は初めての告白を受けたように、ただただ戸惑うばかりであった。
ひとしきり盛り上がったあと、一行は橋を渡って城跡に足を踏み入れた。
高い城壁に囲まれたそこは中庭らしく、花壇や噴水、そしてたくさんの石像が並んでいる。
勇猛な国王や美しき女王を模した彫像は人の手かモンスターの手によってボロボロになっており、色とりどりの花で来賓を楽しませていたであろう花壇は雑草であふれていた。
キリーランドの肩の上にいるジェリーは荒れ果てたそれらを、道端に野垂れ死にしている貧乏人を眺める富豪のような、何の価値もないもののように見下ろしていた。
(うう……こういう廃墟ってニガテなんだよなぁ……)
内心ぞっとしないジェリー。宿主の変化に天使と悪魔はすかさず反応する。
(なんで?)(どうしてですか?)
(なんか寂しいし、怖ぇじゃねぇか)
(なんで寂しいの?)(なにを恐れているのですか?)
(だって、ここには昔、人がいっぱいいた所だろ? ソイツらはどこに行ったかって考えるとなんか寂しいし、怖くなるだろ)
(みんなでもっと楽しい所に引っ越しちゃったんだよ)(みなさん亡くなられたんでしょう)
(う、うぅん……多分合ってるのはルクのほうなんだろうが、ここはプルの考えを信じたいところだな……)
ジェリーの気持ちがわからないのか、天使と悪魔は揃って不思議そうに首をかしげていた。
同じくキリーランドも無神経なようで、ジェリーの気持ちをよそにズカズカと中庭を踏み荒らしていく。
その後に続くバルカン三兄弟と案内人。モンスターがどこかに隠れているのではないかと背中あわせになり、張りつめた様子であたりを探っている。
アシュランは城壁の柄と同じようなポンチョに着替えていた。
「よし、巣を探すぞ。リザードマンがいたということは、巣がどこかにあるはずだ」
キリーランドの号令のもと、ジェリー以外のメンバーは巣を探しはじめたが、いくら探しても付近では発見できなかった。
「もっと奥にあるのかもしれんな……しかたない、先へ進むとするか」
中庭の奥には階段があったのでそれをあがると、中庭よりさらに広大な庭に出た。
ドッグランのように広々とした庭には花壇だけでなく樹木まで植えられており、中央には丘があった。
奥には高くそびえる塔があり、月と太陽を模したデザインの大きなアーチが庭を横断する形でかかっていた。
「なんと、また庭か」
呆れた様子のキリーランドに、すかさず案内人のフォローが入る。
「かつての国王が植物がお好きな方で、この城には10箇所も庭園があります。ここが一番大きい9番目の中央庭園ですね。ちなみに10番目は幻とされていて、王族以外は立ち入ることを許されていなかったらしいですよ」
「フン、庭などひとつあればじゅうぶんであろう……それにここには緑の丘まであるぞ……もはや森と変わらんな。こんなモノにうつつを抜かす国王には仕える気にならんな」
城には軍備のみあればよいと思っているキリーランド。
歯に衣着せぬ感想を吐き捨てたあと、その点ジェリー様は……と惚れ惚れした様子で見上げる。
当のジェリーは怖い顔でキャンディを舐めていた。
キリーランドは小高い丘のほうに向かい、避けることもせずわざと上を踏み歩いた。
丘はコケのようなもので覆いつくされており、中の土も柔らかいのかブーツが深くはまりこむ。
女騎士は重鈍な足どりで、モンスターさながらの大きな足跡を残しつつ、城の天守閣ともいえる塔に向かった。
塔はところどころ崩れており、正門は瓦礫によって完全に塞がっていた。
どこか中に入れる場所がないか探していると、塔の横に外階段を見つけた。
階段は塔の外周に添って螺旋状に伸びており、上へ上へと続いているようだった。
石段は大柄なキリーランドでは崩してしまいそうなほどに風化していたが、彼女は気にする様子もなく足をかける。
乗っても大丈夫そうだったので本格的に登ろうとした途端、背後から助けを求めるような悲鳴が響いた。
振り返ると、丘がもこもこと動いていた。
毛についた水を払う犬のようにぶるぶると身体を震わせ、まとっていた土を振り払っている。
そして全容を現したのは、巨大植物のモンスターだった。
マリモのような体表に、キノコを大量に生やした身体。ところどころにゴブリンの集落で見たような巣が貼りついている。
食虫植物のような大きな口が脳天と胴体にあり、鉄格子のような歯が並んだ隙間からは紫色の煙のようなものが漏れている。それが胸の悪くなるような甘い臭いで吐き気を誘う。
ひっくり返ったイソギンチャクのような、無数の触手のような蔦で身体を引きずるようにしてズルズルと動き、腰を抜かした案内人に迫ろうとしていた。
(な……なんだありゃあ!?)
(ウシトリグサという植物のモンスターです。普段は擬態しているのですが、獲物が近づくとああって動きだします。ふたつある口から独特な香りを放ち、動物……主に好物である牛を呼び寄せ、捕食します)
(うえっ、気持ち悪ぃ……!)
(ジェリーくん、背中に冷や汗いっぱいかいてる!)
(冷や汗のひとつもかきたくなるだろ……プル、まさかあんなのまでカワイイとか言い出すんじゃないだろうな)
(うーん、ニオイは好きなんだけど……見た目はあんまりかわいくないかなぁ)
(あんまり、か……)
見るからにおぞましい存在にジェリーは悪寒を覚えたが、ルクとプルは平気なようだった。
そして、キリーランドにいたっては目を輝かせていた。
「む……! ウシトリグサか、しかもかなりデカいうえに、巣食われておる! これは、斬り甲斐がありそうだ! まさに、メインデッシュ……!!」
さっそく参戦するべく階段を飛び降りたが、ふとジェリーに気づき、椅子を肩から降ろす。
「ジェリー様、あのクラスのウシトリグサともなりますと、片手というわけにはまいりません。我が活躍をいちばん良い席で
階段の登り口に置かれたジェリーは、ウンともスンともいわない表情のまま、無言で頷いた。
「……あなた様の正義を守り、それを打ち砕こうとする者に剣を振るうのを、我にお許しを!」
キリーランドはサッとしゃがみこみ、勇ましく誓いの言葉を述べたあと、地を蹴り飛ばす勢いで駆け出した。
「さあっ、ウシトリグサよ! 我が太刀の前に、震えよ!!」
走り込みながらの強烈な斬り降ろしが、ウシトリグサの鼻先にヒットする。檻のようなギザギザの口吻が、ベコンとへこむ。
グルシャアーッ!!
痰が絡んだような声で唸ったウシトリグサは、身体をグルンと回転させる。
遠心力で広がったイソギンチャクの触手で薙ぎ払い、キリーランドを、そして他のメンバーをも巻き込んで弾き飛ばす。
身体をくの字に曲げて吹っ飛んだあと、花壇や木に叩きつけられるバルカン三兄弟、案内人、アシュラン。
キリーランドは乗用車が吹き飛ばされたような重量感で、地面に叩きつけられた。
(お、おい、ヤバいぞ!? まさか一撃でやられちまったんじゃ……!?)
「おおっ、丸太でブン殴られたような一撃、ピリっと辛いぞ……! このくらいの刺激がなくては、面白くない……!!」
ジェリーの心配をよそに、キリーランドはケロリとした顔で起き上がる。
案内人はすでに気絶していた。バルカン三兄弟は意識はあるものの、全身を強く打ったせいでまだ動けずにいる。
アシュランは銃を支えにして、よろめきながらも立ち上がっていた。
(……大丈夫か!? かなり強いモンスターなんじゃ……!?)
ハラハラが止まらないジェリー。
しかし見た目は真逆。闘技場で奴隷どうしの戦いを観戦する王様のように傲岸不遜だった。
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