04-10

 背後では今まさに、ジェリーの頭を吹き飛ばすべく、アシュランが銃口を向けていた。

 それまではリザードマンを撃っていたのだが、急に矛先を変えたようだ。


 キリーランドたちはまだ追いかけっこの真っ最中、止めるものは誰もいない。


 周囲の音が聞こえなくなるほど、高鳴るジェリーの鼓動。

 このまま何もしなければ、殺される。最後の望みをかけて、ジェリーは口を開いた。


「……また、無駄弾を撃つつもりか」


 少し間を置いて、背後から声がする。


「この距離なら、外さない」


 背中に取り憑いた死神のような、冷たい声だった。


「もはやプライドもないようだな」


「悪いのは、逃げなかったあなた」


「貴様の弾丸は、俺様にとっては泥を這う子亀。逃げる必要などない」


 間を置かず、ジェリーは続ける。


「たとえ泥亀のような弾であっても有効に使え。貴様には、もっと撃つべきものがあるはずだ」


「あの男のことなら……私が援護したところで、もう助からない」


 向こう岸のバルは撃っても撃っても沸いてくるリザードマンに押されつつあり、詰所の壁際まで追い詰められていた。

 バルは死にそうな顔で助けを求める視線を投げかけていたが、ジェリーはショーのリハーサルを見る支配人のように冷酷だった。


(が、がんばれ! もう少しだけ辛抱してくれ……!)


「あれだ」


 ジェリーは背後にいるアシュランにも見えるように大きく手をかざす。

 小さくなったキャンディを指示棒のようにして、件の像を示してみせた。


「あそこにある像の右目を撃て。寸分違わず目玉に当てろ」


 アシュランは用心深く目を細めていたが、突然、像を撃てと言われて目を見開いてしまう。

 あまりにも予想外のことだったからだ。


 ……銃を突きつけられている男が言うことではない。

 恐怖で頭がおかしくなったとしか思えない。

 普通の男であるならばそれで片付けられるのだが、そうではないのは明らかだ。

 この男は、銃弾をかわしたのだから……!


 当のジェリーは銃を全く恐れる様子はなく、むしろ、苛立っているようだった。


「……なにを……している……!」


 神の怒りが下される直前のように、空気がピリッと震える。


「……さっさと……せんかあっ!!!!!」


 こんなに小さな身体のどこからこんな大きな声が出るのかというほどの怒声が、衝撃波のように広がった。


 まるで雷が落ちた直後のような残響音。それ以外の音はこの世から消えてしまったかのような静けさが続く。

 何事かとキリーランドたちが足を止め、リザードマンが振り返る。


 ジェリーに視線が集まるのと、アシュランが発砲したのは同時だった。


 蜂の巣のようなマズルから放たれる、女王蜂のような弾丸。


 風を切る音とともに銅像の眼球を捉え、鋭い金属音とともに跳ね返る。

 堀を渡ったあと一瞬にして戻ってきて、ジェリーの座る椅子の背もたれ、ちょうどジェリーの顔のすぐ横にあった金属のフレームに当たり、反射。

 レバーのある小部屋に向かって再び堀を渡ったあと、部屋の壁に当たり、さらに跳ね、レバーの頭に命中した。


 ガコンッ! とレバーは勢いよく倒れる。


 直後、ガララララ! と鎖が送られるような音とともに、橋が降り、叩きつけられるような勢いで接岸。

 その場にいるジェリー以外の者たちは、何が起こったのか理解が及ぶまで、しばし呆気に取られていた。


 真っ先に我に帰ったのはキリーランドだった。


「と……突撃っ! 突撃いいいーーーーーーーーっ!!」


 先陣を切って橋を渡り、城跡に突入する。後を追うルカとカン、案内人。

 バルにこぞっていたリザードマンたちはぬめのめの身体を翻し、迎え撃つ。


(……お……おいっ!! おいっ!! おいっ!! おいいいいっ!! ルクうっ!! )


(どうしました?)


‘(どうしました、じぇねえよっ!! 跳弾がすぐ側をかすめてったぞっ!!)


 内心、恐々とするジェリー。人知れずキャンディを取り落としていた。

 彼の頭からほんの少ししか離れていない位置にある、背もたれの枠は弾丸を受け大きくへこんでいる。


(はい、レバーに当てるためにはジェリーさんの椅子に跳弾を当てる必要がありましたので)


(だったら先に教えとけよっ! 弾が来た所に、ついさっきまで頬杖ついてたんだぞっ!? 運が悪かったら流れ弾で死んでたわ!!)


(それにしても、ジェリーくんってあんな大きい声出せるんだね! ボク、びくーんってなっちゃったよ!)


(そうですね。わたくしも驚いてしまいました)


 なぜか嬉しそうなプルと、まったく冷静なままのルク。


(ああ、子役の頃は地声の舞台もやってたから、声量には自信があるんだ。だが普段から声がデカいのはダメだ、タダのやかましい奴になっちまうからな。デカい声はここぞというときに使うことにより、人の心を動かすことができるんだ)


 ジェリーは一瞬得意になりかけたが、すぐにまた怒りを思いだす。


(って、ごまかすんじゃねえよ! もし当ってたらどうするつもりだったんだよっ!?)


(それなら心配ご無用です。ジェリーさんに当っても問題なくレバーが倒れるように弾道計算いたしましたので)


(この……!)


(まあまあ、いいじゃん、結果オーライってことで、アシュランちゃんももう銃をおろしてるよ)


 ジェリーの背後に佇むアシュランは、元々あった薄い感情すらも奪われたように、茫然自失となっている。

 その内では、複雑な感情が渦巻いていた。


 ジェリー……この男は……いったい何者……?

 まさか……本当に……あの……極至天導キョクシテンド……!?

 そうとしか、考えられない……!

 度胸試しで銃弾を不発にし、私の狙撃をもかわした。

 つい先ほども、戦闘の真っ最中に不意に銃を向けたにも関わらず、背中に目があるかのように察知した。

 そして……跳弾で、レバーを倒してみせた……!

 それらはただのひとつ取っても、人ならざる所業……!

 でも、ジェリーは……まるで呼吸をするかのような当たり前さで、4つもの奇跡を、私の前で起してみせた……!!


 少女の中にあった「興味を持ってはならない」という頑なに守り続けたものは、会って間もない少年の手によって粉々に砕かれようとしていた。


 ジェリーに対しての懐疑と戦慄、畏怖と憧憬。

 もはや目を離すことなどかなわず、興味を抱かずにはいられない。

 そうなったら最後、強烈な残照のように脳裏に焼き付き、残り続ける。

 それが少女にとっての、ジェリーという男であった。


 顔をあげるアシュラン。振り向きもしないジェリーが「見ろ」と声をかけてきた。

 まるで少女が葛藤を終えるのを待っていたかのように。


「貴様の射撃であの男は救われた」


 向こう岸では、キリーランドの大暴れと、力を合わせたバルカン三兄弟の活躍によってリザードマンの屍の山が築かれていた。

 絶望的だったバルの顔は、精気に満ち溢れている。


「敵を殺すためだけに武器を使うのは三流……味方を生かす事こそに武器の真髄があると知れ」


「み……味方を……生かす……」


 アシュランは、ジェリーの言葉をうわごとのように反芻する。


 それはずっと孤独を貫き通してきた少女にとって、いままで考えもしなかった武器の概念。

 澱のようにどんよりとした、とこしえの暗雲に包まれた心の中に、ほのかな光が差し込んだ瞬間だった。

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