04-09
「ふぎゃあああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
突然のことにバルは、尻尾を踏んづけられた猫のような悲鳴をあげて宙を舞う。
彼は決して軽いほうではない。百キロを越えるずんぐりむっくりした大男であったが、まるでゴム鞠のように軽々と投げ飛ばされてしまった。
「「ああっ、バルっ!?」」
残された兄弟は追いすがるように手を伸ばす。しかしまるで届かない。
詰所のある岸の角に、ぐしゃっ! としたたかに腹を打ちつけたバルは、そのまま堀にずり落ちそうになったが、寸前で縁を掴んだ。
「落ちるでないぞ! 落ちたら銃殺にするぞ!!」
容赦ない指示を飛ばすキリーランド。
「ひいっ!?」と情けない声をあげ、バルは死にもの狂いで這い上がる。
そのまま操舵輪にしがみつき、まるで奴隷のように懸命に回しはじめた。
ガコン、ガコン……と引っかかるような動きで、橋がゆっくりと前に傾きはじめる。
音を聞きつけたのか、城壁の上にある狭間から、人ならざる者がひょっこりと顔を出した。
巨大なトカゲのようなそのモンスターは、蛇のように長い舌をチョロチョロと出しながら、壁を伝ってバルのいる部屋に迫る。
(あっ、アレは何だ!?)
(リザードマンですね)
(ダルシロワと同じモンスターってことか)
(なんか、テカテカしてるね)
(そうだ、ダルシロワはもっとカラカラに乾いてたぞ?)
(ダルシロワさんはお年を召しておりましたから……若いリザードマンは油を塗ったように皮膚にツヤがあります)
「おい、何をしている! リザードマンだ! 撃て、撃たぬか!!」
キリーランドに一喝されて、銃を構えるルカとカン、そしてアシュラン。
一斉射撃を開始し、リザードマンを蜂の巣にした。
ホッとしたのも束の間、城壁の向こうから巨大トカゲが次々と現れる。
「撃て! 撃てーっ!!」
休む間もなく火を吹くガトリング砲。
ブモオオオオ! と猛牛の鳴き声のような発射音と共に放たれる、銃弾の嵐。
ガッ、キィーン!! と甲高い音と共に撃ち出されるアシュランの魔銃。
1発ごとに、窓に貼りついたヤモリのようなリザードマンが剥がれ落ちる。
突如始まった乱射にバルは何事かと外を覗き込もうとするが、
「気にしている暇があったら、そなたは回すのだ! 銃殺にするぞ!!」
すぐさま叱られてしまう。
和尚にサボっているところを見つかった小坊主のように作業に戻るバル。
しかし、橋が半分くらいまで下がったところで操舵輪が空転しはじめる。
全身汗びっしょりになったバルはそれでも回し続けているが、それっきり橋は動かなくなってしまった。
「おい、橋が動かなくなったぞ!? どういうことだっ!?」
キリーランドに問い詰められた案内人は、思い出したように叫んだ。
「ああーっ! そうだった! あの跳ね橋は防衛のため、見張り台の仕掛けも動かさないと橋が降ろせないんだった!」
泣きそうな顔で、跳ね橋の右にある、高い門塔を指さしている。
バル以外のメンバーは揃って塔のほうを向き、中腹にある狭間窓で目を止めた。
崩れて欄干のなくなった窓には、線路の分岐レバーのようなものが見えた。
「なんだとぉ!? くっ……! こうなったら、もうひとり投げ飛ばして……!!」
と、キリーランドはあたりを見回すが、案内人とルカとカンの姿は消えていた。
遠く離れた木の陰で、怯えたように様子を伺っている。
「こら! 逃げるな! 大人しく協力せんかっ!!」
ドスドスと追いかけていくキリーランド。
ジェリーと、ジェリーの背後にいるアシュランを置き去りにして追いかけっこをはじめる。
「た、助けて! 助けてくれええっ!!」
男たちは巨人のような女騎士に追い回され、いじめられっ子のように逃げ回っていた。
「お、おい! なにやってるんだっ! こっちをほったらかしにしないでくれよぉっ!!」
対岸からはバルの悲鳴。
仲間の援護がアシュランの狙撃のみとなり、迫りくるリザードマンを捌ききれなくなった。
バルはとうとう操舵輪を回すのをやめ、自らのガトリング砲でリザードマンを追い払っている。
指揮系統が乱れ、それぞれが勝手に行動している。
ユニコーン捕獲隊は、すっかり空中分解してしまった。
この状況が続けば、仲間を失うのは時間の問題かと思われた。
そんな中でもジェリーはどこ吹く風で、椅子の上で寛いでいる。
しかし、その脳内はフル回転していた。
少しでも脳に糖分を送ろうと舌を激しく動かしてキャンディを舐めまくる。
その姿は一見優雅ではあるが、水面下では激しくもがく白鳥のようであった。
(おい! お前らもバルを助ける手を考えろ!)
(ジェリーくんって、意外と仲間想いだよねー。いいよいいよー)
(あとふたりもいるのですから、ひとりくらい無くなってもよいのではないですか?)
(モノみたいに言うんじゃねぇっ! アイツは俺のために一緒に来てくれたんだ、死なせてたまるかよ!)
(レバーを倒せば、橋がおりて助けにいけるんでしょ? 簡単じゃん)
(ですが、あの場所まで行くのは大変そうです)
(……そうだ、レバーならわざわざ行かなくても、こっから撃てば動かせるんじゃねぇか?)
(あっ、それってなんだかゲームみたい! 楽しそう!)
(あのレバーを、奥に倒すのでよければ撃って動かせたのですが……すでに奥にありますので、手前に倒す方法を考える必要がありますね)
(くそ、それじゃあ跳弾でも使わねぇとダメじゃねぇか……)
(ルクならわかるんじゃない? どこに撃てば、跳ね返った弾でレバーを倒せるか)
(はい、計算できなくはないですが)
(なに? コンピューターじゃあるまいし、そんなことできんのかよ!?)
(へへーっ、ルクってコンピューターみたいに頭がいいんだよ! えーっと、なんだっけ、ナントカ率ってのも、すごい桁数まで計算したんだよね?)
(円周率ですね。といってもグラハム数で表せるくらいまでですが)
(マジかよっ!? ……おい、いますぐ計算してくれ! 銃弾であのレバーを倒すのはどこを撃てばいいんだ!?)
しかし、ルクは答えない。
最初は計算しているのかと思ったが、違った。だんだん不満そうな薄目をしだしたので、ジェリーはもしやと思い、ルクの頭を撫でた。
(あちらにある像、あの右目、目玉のところをアシュランさんの銃で撃ってください。バルカン三兄弟さんの銃では届くまでに勢いが無くなって、レバーが倒れません)
即答だった。
ルクが示した像は、堀の間から突き出た台座の上に立っていた。
馬に乗った騎士の銅像で、緑青と風雨の汚れにまみれている。
(アレか……! よし、さっそくアシュランに……!)
(あ、そういえばアシュランちゃん、ジェリーくんのほうに銃を向けてるよ)
(ちょ!? それを早く言えよっ!!)
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