04-08
ジェリー一行はひたすら獣道を進んでいた。
大人ひとりぶんくらいのスペースはあるが、大柄なキリーランドはすっかり道からはみ出している。
道を広げるように踏み鳴らし、歩いていくと、崖っぷちに出た。
地面は地割れのように深く裂けており、少し先に対岸がある。
しゃがんで地割れの底を覗き込んでいた案内人は、あきらめたように立ち上がった。
「あぁ、この道を真っ直ぐに行ければ良かったんだが……しょうがない、回り道をするしか……」
しかし、キリーランドは手で押しとどめる。
「待て、このまま進むぞ」
「このまま進むって……飛び越えるのはムリですよ?」
「そんなことはせぬ」と一蹴したキリーランドは、担いだ椅子をゆっくりと地面に降ろした。
「ジェリー様、こちらで少しお待ちください」
王子の召使いのようにやさしく言ったあと、崖っぷちにある木に近づいていく。
それは、彼女が手を伸ばしてふたり分くらいある太い木だった。
キリーランドは抱き締めるように木の幹に手を回すと、
「んんぬぅぅぅぅぅーっ!!!」
歯を食いしばり、いきむような声とともに踏ん張った。
何をするつもりかと一同は眺めていたが、やがて、ミリミリと音をたてて木が傾いた。
根っこが地面から引き剥がされつつあり、生え変わる乳歯のようにグラグラと揺れはじめる。
(こ、コイツ……こんなデカい木を引っこ抜こうとしてるぞ!?)
キャンディを咥えたまま、木を見上げるジェリー。
抜こうとしているのは細くも低くもない、天をつくほどにそびえ立つ、大木といっていい木だった。
深く根を張っているように見えたが、今や風前の灯火のように揺らいでいた。
(すんごいバカ力だねぇ!)
(あの木は樹齢300年はありそうです。それをまさか引き抜くだなんて)
「ぬぅぅぅぅ……おおおおおおおーーーーーーーーっ!!!」
雄叫びとともに、土がボコンと隆起する。そしてとうとう、木は地面ごと持ち上がる。
しかしそれと同時に、キリーランドが手を回していたあたりの幹にバキバキとヒビが入る。
ベアハッグをくらって骨を砕かれたように、木は折れてしまった。
抜かれ、へし折られ、さんざんな目に遭わされた木は、地割れのある方に向かって倒れる。
地割れをさらに深くするような振動とともに、木は横倒しになった。
「よし、これでいいだろう。こんなにあっさり折れるほど脆弱な木だとは思わなかったが、渡るには問題ないだろう。ジェリー様、お待たせいたしました」
戻ってきたキリーランドは、言葉を失う仲間には気にもとめず、再び主を担ぎあげる。
近くの岩を踏み台にして倒木に上り、橋がわりにして地割れを渡った。
渡った先には獣道が続いていた。その道に沿って進んでいくと、さらに視界が開けていく。
まわりの木々は、森の奥にいくほど高くなっていき、とうとう樹冠が見えないほどの高さにまでなる。
竹のように枝がなく、太い幹がひたすら空に向かって伸びている空間になった。
木々は柱のようで、遥か上にある緑色の天井は明かりのようにぼんやりと光っている。
森は三度目の変貌を遂げ、まるで室内にいるような不思議な空間になった。
「もう少しで城跡です。ここからはモンスターも強力になりますから、用心してください」
案内人の声も緊張を帯びる。ごくり、と同時に唾を飲み込むバルカン三兄弟。
幽霊のように後に続くアシュラン。ここでは木の幹のほうが目立つと思ったのか、幹と同じ柄のポンチョを羽織っている。
「ユニコーンまであとひと息ですぞ、ジェリー様!」
すでに手に入れたような口調で見上げるキリーランド。
ジェリーは椅子の肘掛けに寄りかかり、頬杖をついたまま虚空を睨んでいる。
(たしかに、奥のほうに人工的な石壁があるな……あれは城壁だろう。跳ね橋があるから、あそこから城に入れるようだな。城自体は……かなりデカいな、まわりの木を突き抜けるほどに高い塔がある)
いままでは枝葉で先の見通しが悪かったが、ここにきて視界が広くなったので、ジェリーはプルと一緒に索敵をしていた。
(ユニコーン、見えないねぇ)
(しかし、本当にいるのか?)
(ユニコーンは聖獣ですからね。そう簡単には姿を現さないと思います)
(そういえば、俺がかつていた世界のユニコーンは……って、実際にいるわけじゃなくて空想の話になるが、処女以外には懐かなくて、男や非処女には襲いかかってくるっていう設定だったんだが……こっちのユニコーンもそうなのか?)
(はい、その通りです。ですがユニコーンだけでなく、聖獣というのは特定の人間にしか心を開かないのが普通です)
(ねぇねぇ、ショジョってなあに? 奇妙な冒険?)
(……清らかな女性のことです)
(じゃあジェリーくん、ユニコーンに乗れないじゃん。あれっ? もしかしてジェリーくんって女の子だったの!?)
(そんなわけあるか! ……でもどうするか、なんとか乗る手を考えなきゃな)
(最初はあまり興味がなさそうでしたけど、気が変わりましたか?)
(せっかくここまで来たんだ、もしいるんだったら会ってはみてえな)
(そうだね! ボクも見てみたい! そして触りたい! 乗りたい! 飼いたい!)
ジェリーの頭の中の雑談は、キリーランドの歩みが止まったことで中断する。
そこには、見上げるほどの城壁があり、丸みを帯びた波状の壁が左右にどこまでも続いていた。手前には深い堀が横たわっている。
見下ろすと、堀の底では剣山のようにヤリが飛び出しており、無数の白骨が絡んでいた。
「ああっ!? 跳ね橋があがってる……」
案内人が悲痛な声で叫ぶ。
たしかに、堀の向こうにある城壁には垂直になった鉄橋があり、固く閉ざされた扉のように来るものを阻んでいた。
「ううむ……何者かが上げたのだな。モンスターかもしれぬな……降ろすための仕掛けはどこにある?」
キリーランドに問われた案内人は、橋のたもとのほうを指さす。
「跳ね橋の左……ほら、あそこです」
示す先の城壁は崩れており、奥にある部屋が剥き出しになっていた。
どうやら衛兵の詰め所のようで、跳ね橋を開閉するための操舵輪のようなものも置かれている。
侵入者を防ぐための仕掛けなので当たり前なのだが、あの装置を動かすためには跳ね橋を渡っていく必要がある。
「他に入口はないのか?」
「この堀は正方形で、東西南北の四ヶ所に跳ね橋があります。でも、かなり遠いうえに……その橋もあがっている可能性があります」
「そうか」と頷いたキリーランドは、後ろを振り向いた。
そこにはソワソワしているバルカン三兄弟と、乾いた表情のアシュランが立っている。
キリーランドは新人兵士に向ける鬼軍曹のような視線をしばらく巡らせたあと、バルカン三兄弟に向かって言った。
「そなたら、名前は?」
「あ……あっしはバルでさぁ……こっちはルカ、で、こっちはカンだ」
額に大きくキズのある男、バルが長男のようで、代表して答えた。
左頬にキズがあるがルカで、右頬にキズがあるのがカンのようだ。
ふむ、と頷いたキリーランドは長男バルを選び、その肩をむんずと掴んだ。
「よし、頼んだぞ、バル!!」
言うなり、キリーランドはバルの襟首を掴み、大きく振りかぶる。
そのまま塀の向こうへと勢いよく放り投げた。
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