04-07

「我が太刀の前に、震えよ!!」


 キリーランドは身の丈ほどもある大剣を片手で振り上げたあと、先頭集団めがけて振り下ろす。

 轟音とともに、森が揺れた。あまりの衝撃に鳥たちが一斉に飛びだつ。


 まるで隕石が落ちたように地面が陥没し、下敷きになったゴブリンたちは潰された水風船のように緑色の体液をぶちまけていた。


 キリーランドは前に踏み出す。

 後続のゴブリンたちの群れを蹴り上げるように足を高く振り上げたあと、ズズンと震脚を踏んだ。

 真下にいたゴブリンは踏み潰され、地面に埋没する。


 背後に残した剣を、肩に担ぐようにして振る。剣は半円状の軌跡を描き、周囲を映し出す巨大な鏡の扇となった。

 ふたたび轟音とともに地面がへこむ。蟻のように潰されるゴブリンたち。


 キリーランドは我が物顔で、剣を振るい続けた。

 ミサイルを持って振り回しているような太刀筋を止められる者はどこにもいない。

 たとえ盾を構えていても、岩の後ろに隠れていても、まるごと叩き潰す。


 一挙手一投足に、激しい振動が起こる。

 その姿は、腰の高さくらいしかない家たちと相まって、怪獣が暴れまわっているようだった。


 大剣は全身の骨を砕く衝撃を与え、さらに両断する。血煙とともに霧のように消えていくゴブリン。

 四股のように振り上げた足に、蟻のようにプチプチと潰され、ただの血だまりと化すゴブリン。

 土煙が舞い上がり、爆風のように吹き飛ばされるゴブリン。


 一方的な虐殺。ゴブリンたちも反撃をしているのだが、城壁のような鎧の前には歯が立たない。

 ただのじゃれつく子供同然であった。


「ギャーッ!」


 屋根にあがった一匹のゴブリンが、ジャンプ一番、ジェリーに向かって飛びかかってきた。

 空中を泳ぐように手足をばたつかせ、茶色いナイフを振り回している。


 血走った目で迫り来るゴブリン。命の危機であるというのに、ジェリーは子供のお遊戯を前にしたかのように全く動じていない。

 その顔に凶刃が突き立てられようとしたが、寸前で横からの狙撃を受け、ゴブリンは吹っ飛んでいった。


(あっ、あっ、あっ……あぶねえええええええええええええっ! し、死ぬかと思った……!!)


(ヒヤッとしたねぇ! なんだか遊園地の乗り物みたいで楽しい~!)


(ちなみにいまのはアシュランさんです。空中のゴブリンをアシュランさんが撃って、助けてくださいました)


(アイツは俺の命を狙ってるんじゃないのか? なんで助けたんだ?)


(これはわたくしの想像ですが、きっとあの銃で命を奪うことにこだわっているんだと思います。他の者の手にかかって標的が死ぬのは、本懐ではないのでしょう)


 ジェリーの背後にいるアシュランは、何事もなかったようにボルトを引き、次弾を装填、スコープの上についているオープンサイトで再び狙いを定める。

 今はまだ、ジェリーを撃つ気はないようだった。


 引っこ抜いた電柱のような大剣で破壊の限りを尽くす、烈震のキリーランド。

 キリーランドの死角にいる敵を撃ち、援護する死を運ぶ鳥ヴォルデドート

 集団からはぐれた敵に銃弾を浴びせるバルカン三兄弟。


 そして、まさしくボスのように高みの見物を決め込むジェリー。

 案内人はツルハシを手にしているものの戦いには参加せず、一番後ろで震え上がっていた。


 小一時間もかからず、ゴブリンたちの集落は壊滅した。

 まるでメテオレインが降った後のように地面はボコボコになっており、かつてそこにあった家たちはひとつも残っておらず、残骸のみになっていた。


(キリーランドちゃん、すごかったねぇ、強かったねぇ)


(なんかずっと地震を起しながら戦ってたな……)


(烈震の二つ名がつくのも納得のいく戦いぶりでしたね)


 熊に続いての連戦。いずれも初見だったが、ジェリーはすっかり圧倒されていた。

 もちろん内心のみで、表情はつまらない余興を見たようにむっつりしている。


 当のキリーランドは消沈し、深い溜息を漏らしていた。


「ああ……終わってしまった。興が乗ってきたばかりだというのに……」


 一番暴れていたにもかかわらず、息はひとつ切らしていない。

 まだ隠れている敵がいるのではないかと、食べ終えた皿を舐めるような意地汚さで、あたりを見回している。


 対照的にバルカン三兄弟や案内人は、もう出てこないでくれよ……とばかりに冷や汗を拭っていた。

 アシュランは何の感想もない様子で、銃を背負いなおしている。


 敵のかわりに何かを見つけたキリーランドは、集落の隅にある大木に近づいていった。


「お、やはりだ。これが巣のようだな」


 その木の樹皮は、昆虫の卵のようなものでびっしりと覆われ、ひとつひとつが目玉のようにギョロギョロ見回している。

 密集した卵は中央にいくほど腐って爛れたようになっており、ど真ん中は裂けた口のようになっていた。

 口のまわりにはまるで毛のようにミミズのような生き物が生えており、うねうねと蠢いている。


(なんだコレ、気持ち悪っ!?)


(これがモンスターの巣だよ)


(瘴気が木や岩に取り憑き、それが成長しきるとモンスターを生み出す源になるんです)


(これでモンスターが増えていくのか?)


(はい。ですがこの方法だけではなく、繁殖して増える場合もあります)


 ふと穴から、ぬめった緑色の頭が覗く。今まさにゴブリンが生み出される瞬間のようだった。


「おおっと、出てもらっては困る」


 キリーランドは言いながら、剣を真横に薙いだ。

 巣が緑の頭ごと、そして大木ごと上下ふたつに両断される。


 斜めになった切り口から、ずずっ、上側の木がずれ、そのまま真横に倒れる。

 まわりの木々を押しのけながらズズンと地を揺らした。


 つぶされたイクラのように体液を撒き散らした巣は、そのまま地面に染み込んでいく。


 刀身についた汁を、剣を振り回して落とすキリーランド。


「よしっ、では、先へ進もう」


 まだ剣は濡れていたが、かまわず背中に戻していた。

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