04-04

 ジェリーはユニコーン狩りの準備ができるまで街でもぶらついてみようかと思い、宿屋を出た。

 石造りの建物が居並ぶマスランシティのメインストリートに降り立った直後、命を狙われた。


 死神の嬌声のような、耳にこびりつくような不吉な擦過音。

 髪の毛先を焦がすほどの至近距離を銃弾が掠めていったというのに、少年は少しも取り乱さない。


 片目を覆いながら見上げ、超人的な視力で岩山にいるスナイパーを睨みつけた。


(おっ……おい! おい! おい! おいっ! 撃たれた……撃たれちまったぞ!?!?)


(おおっ、心臓がドコドコいってる、なんだか踊りだしたくなっちゃうリズムだね!)


(おっ……踊ってる場合かよっ!?)


(でも、転がってきた石が靴に当たってよかったですね。ぐうぜん足元を見てなかったら、今ごろジェリーさんの頭が無くなっていたところです)


(撃ったアシュランちゃんはボクが見つけたんだから、感謝してよ!)


(それよりも、逃げなくてよいのですか? あの狙撃銃はボルトアクション式のはずですから、次弾発射まではまだ間がありますよ)


(ぶっちゃけ、逃げ出したい気分でいっぱいだよっ!! だ……だけど……だけどダメだっ!! ハズれた弾は宿屋を貫通してる……!! おそらく建物に隠れたところで無駄だっ!!)


 内に封じ込めた恐怖を退治するように、心の叫びをあげるジェリー。


 普通の人間であれば一も二もなく逃げ出すような状況であったが、彼はそうせず、思考を優先するようになっていた。

 ただでさえ取り乱しやすい自分が感情のまま行動すれば、たちまちメッキが剥がれて薄っぺらさが露出すると危惧しているのだ。


 かつての世界でも命の危機に晒されることは幾度となくあった。ヤバさの度合いが高すぎると、どうしても堪えきれずにあたふたしてしまうこともあった。

 しかし、それはいつも良い結果を生まなかった。積み上げてきたハッタリはその時点で全て崩れ去り、狼の皮をかぶったドブネズミだとバレてしまう。

 そうなるといくら取り繕っても後の祭り、あとはひたすら逃げるのみで、残るのは屈辱的なアダ名だけとなるのだ。


(じゃあ、どうするの?)(どうなさるおつもりですか?)


 脳内で頭をかきむしるジェリーに、天使と悪魔は容赦なく質問を浴びせかける。


(だからこうやって、睨みをきかせてるんだよ! アイツの驚きようからすると、俺が弾丸を避けたように見えたんだろう。だからさもそうしたように振る舞って、次の弾を撃つのを躊躇させてるんだ! 撃ってもムダだと誤解してくれるのを、祈るしかねぇっ! でも少しでも次弾を撃つ素振りを見せたら……すぐ逃げる!!)


(ジェリーさんって、逃げるにもしっかり考えるんですね)


(当たり前だ! 虎の威を借りてるうちは、天井張り付き……限界ギリギリまで借りるもんだ!!)


 祈るような気持ちで岩の上のスナイパーを凝視するジェリー。

 ルクは見えないので、かわりにジェリーの顔を凝視している。プルはスナイパーの様子を実況のようにつぶやいている。


(……あ、アシュランちゃん、立った。銃を肩に担いで、馬に乗って……あぁ、どこかへ行っちゃった)


(ああっ、よ……よかった……!! はぁぁ~っ……た、助かったぁ……)


(これ以上ないくらい安堵してますね)


 表情は不敵な薄ら笑いのままだったが、まだ耳鳴りするほどの風切音と、熱を感じるほどの距離で頭部をかすめていった狙撃には、内心さすがに応えていた。

 ジェリーはひと休みしようと、宿屋の前にあったベンチに歩み寄り、どっしりと腰をおろす。


 すかさず目の前に、妖精のようなルクとプルが飛んでくる。


(だいぶお疲れのようですね)


(当たり前だ、ちょっとでもズレてたら死んでたんたぞ)


(でも、こんなとこでノンビリしててもいいの?)


(オタオタしてたら化けの皮が剥がれちまう。ここはどっしり構えて、なんとか狙撃をやめさせる手を考えるんだ)


 目の前をプカプカ浮いている天使と悪魔は、揃って顎に手を当てて、思案をはじめる。


(うーん、でもなぜ、アシュランさんはジェリーさんを狙ってるんでしょうね?)


(ジェリーくんのことがキライなんじゃない? あ、そうだ、アシュランちゃんのお父さん……マスランくんにお願いして、やめるよう言ってもらうってのは?)


(マスランは、娘を救ってくれって俺に頼んできたんだぞ……たぶんアイツじゃ止められれねぇだろ)


(早くしないと、アシュランさんは狙撃ポイントを変えて撃ってくる可能性がありますよ)


(そうだな……おい、プル! お前の力を貸してくれ! 自慢の視力で遠くを見張って、アシュランがいたら教えてくれよ!)


(えー、めんどくさーい!)


(た……頼むよぉ! キャンディ食ってやるからさぁ!)


 ジェリーは心の中で懇願しながら、プルの頭を撫でる。


 傍から見ると不気味な光景だった。怖い笑いを浮かべたジェリーが、何もない空間を撫でさすっているのだ。

 道行く人たちは必要以上に宿屋の前を避けて通る。


(もぉぉ~しょうがないにゃあ~)


 撫でられて、猫のように目を細めるプル。なぜかルクは、急にそっぽを向いた。


(おい、ルクも協力してくれ! お前は近い範囲を見張るんだ、主に背後を頼むぞ!)


 しかしルクは、背を向けたままキッパリと拒絶する。


(お断りします)


(お……おいルク、どうしたんだよ急に? なんか嫌なことでもあったのか?)


(プルがいればじゅうぶんなのではないですか。わたくしはどうせ、ついでなんでしょう)


 口調はいつものように淡々としていたが、言葉は指にささった小さな棘のようにチクリとしたものを感じさせた。


(そんなことは断じてねぇよ! ルク、お前も頼りにしてるんだ! お前は頭がいい、お前のアドバイスで、俺は何度も助けられてきた!)


(でしたら、それ相応のお願いのしかたというものが、あるのではないですか)


(え……?)


 ジェリーは最初は意味がわからず戸惑っていたが、途中でもしやと思い、ルクの背後から、そっと頭を撫でてみた。

 ルクは嫌がる様子もなく、されるがままになっている。


 むしろジェリーの手のひらにこすりつけるように頭をゆるゆると振っていて、もっと撫でろと無言の催促をしているようだった。

 その仕草に、撫でてほしかったんだと確信する。


 ジェリーは右手でルクの頭を、左手でプルの頭を撫でつけながら、思いを託す。


(よし、ふたりとも、頼んだぞ! どうか俺を守ってくれ!)


(おっけー!)(……わかりました)


「ジェリー様―っ!! お待たせいたしましたーっ!!」


 メインストリートの右手のほうから、駆け寄ってくるような大声が届く。

 顔を向けると、道の真ん中を占領するようにして進軍する者たちがいた。


 象のような大牛に乗ったキリーランドと、馬に乗った4人の男たちがぞろぞろとやって来る。

 大柄な女騎士と、賊のような男たちの一団は見るからに威圧的で、道ゆく人々は大名行列を前にしたかのように道をあけていた。


 宿屋の前で止まったキリーランドは牛から飛び降り、


「マスランシティよりバルカン三兄弟、ゴロの集落より案内人1名、野営用の装備一式を徴用いたしました!」


 自らの胸をドンドンと叩いてみせる騎士の敬礼で報告を締めた。


 ベンチを王座のようにしてふんぞり返っていたジェリーはうむ、と黙って頷く。


(バルカン三兄弟って何者だ?)


(あのガトリング砲を背負っている三人の方だと思いますよ、お顔がソックリです。バルカン三兄弟というのは二つ名でしょうが、わたくしは聞いたことはありませんので、それほど有名な方ではないと思います)


(あ、ホントだ! にてる~!)


(……こんなヤバそうな奴ら、どっから見つけてきたんだ?)


 筋肉ダルマのような三人組の男たちは、身体じゅうに火筒と呼ばれるダイナマイトのようなものをびっしりと巻きつけており、ドラム缶のような弾倉と手回し式のガトリング砲を背負っていた。

 イカれた格好に加えて、三人ともクローンのようにソックリなのが不気味だ。


 判別が困難なほど似てはいるが、それぞれの顔には大きな傷痕があり、裂けている場所が違うのでそれを頼りに見分けはできそうだった。


 もうひとりの案内役らしき男は、この一行ではいちばん特徴のない普通の若者。武器がわりのツルハシを背負っている。


 ジェリーが品定めをするように男たちを眺めていると……キリーランドたちがいる道の反対方向から、ふらりと人影が現れた。

 誰しもよけて通るキリーランド軍団の前に、立ちふさがるように止まる。


死を運ぶ鳥ヴォルデドート……!」


 その名を叫ぶキリーランド。

 馬に乗って姿を消したはずのアシュランが、ジェリーの前に再び姿を現したのだ。


 ポニーのような小さな馬に跨っているアシュランは、馬上からジェリーを見下ろしていた。


 冷たい視線が、雹のようにジェリーに降り注ぐ。

 ジェリーは上目遣いに、吹き上げる炎のような睨みを返した。


「逃げて」


 ふと、吐息のような言葉が吐かれる。


「でないと、私はあなたを殺してしまう」


(こ……こいつ……!)


 休憩ですっかりおさまっていていたジェリーの鼓動が、また激しく動きはじめた。


(逃げないと、ジェリーくんを殺すって……どういうこと?)


(いまはまだ正気なのでしょう。魔銃に操られて自我を失う前に逃げるよう、教えてくれているのだと思います)


(じゃあ逃げないと、ジェリーくん!)


(そうですね。二度も偶然で避けられるとは思えませんから……ユニコーン狩りは中止にして、今すぐにでもこの街から出て、遠くにでも……)


(ううっ……そ、そうするべきなのか……? アシュランの気が変わる前に、逃げるべき……なのかっ?)


「おいっ!!」


 少年と少女の間に、女の声が割り込んできた。


「ヴォルデドート! 貴様、ジェリー様に何を申した!?」


 アシュランの声が聴こえなかったキリーランドは、怒気をはらんだ声とともに詰め寄る。

 背中の大剣の柄に手をかけているのは、返答次第では斬るという意思の現れだ。


 しかしアシュランは答えず、無言のまま馬を反転させる。

 伝えるべきことは伝えた、とアシュランは走り出そうとしたが、


「待て」


 後ろから肩をぐっと掴むような、力強い声が追いかけてくる。

 アシュランが首だけ捻って振り向くと……そこには、腕を組んだまま立つジェリーがいた。


「……これからユニコーン狩りに向かう。アシュラン、貴様も同行しろ」


 予想だにしなかった一言に、アシュランは眉をひそめた。

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