04-02

「アンタ、身体は小せえのに、すげえんだなぁ……。鉱山王で満足してた俺がちっぽけに思えてくるぜぇ……」


 まいったとばかりに頭を振ながら、兜ならぬカウボーイハットを脱ぐマスラン。

 覚悟を決めたように身を乗り出してくる。


「惚れちまった……! 俺は、アンタに忠誠を誓う! 一生、アンタについていくぜぇ!」


 言葉どおり、憧れの人を前にしたかのように頬を上気させはじめた。

 彼は上半身が裸に近いので、なにか妙な空気が漂う。


(なんかマスランくん、ウットリしてるよ?)


(ここは思いに応えるべく、幸せなキスをするべきです)


(しねぇよ!)


 ジェリーはひたすらマスランからの熱視線を黙殺した。他にしようがなかったからだ。


 しばらくして窓の外から、ボスの復帰を祝う祝砲のような銃声が轟く。

 それまで黙々と肉を頬張っていたキリーランドが口を開いた。


「朝からよく銃声がしているようだが……なにかあるのか?」


 マスランは「あっ、ああ」と夢から覚めたような様子で、視線をジェリーからキリーランドに移す。


「……ここ最近、モンスターが活性化しててなぁ。長いこと大人しかったのに、急に街を襲いはじめやがったんだ。今はどこもモンスターよけの外壁を作ってるらしくて、この街も作り始めたところさぁ。この近くに森があるんだが、モンスターどもはそこに巣食ってるらしくて、ゴキブリみたいに沸いてきやがる。何度撃退してもキリがねえんだよなぁ」


「巣ごと叩き潰してしまえばよいではないか」


「アンタも騎士ならわかるだろぉ、モンスターの巣を叩くのがどれだけ大変かってのが。そんな人手はどこにもねぇ、生きていくための仕事だけで手一杯さぁ」


 キリーランドは皿に残った最後のステーキをひと呑みにすると、ジェリーのほうに向き直る。

 その態度は改まっているようだったが、口のまわりはベトベトだった。


「……ジェリー様、我が力を振るうことをお許しいただけませぬか? 一時ほどいとまを頂ければ、モンスターどもを根絶やしにしてごらんにいれましょうぞ」


 ジェリーが思案するより早く、マスランが口を挟む。


「待ってくれ、そいつはありがてぇんだが……森の奥までは誰も近寄れねぇ。城跡があって、そこにユニコーンが住み着いているって専らの噂だからな」


 ユニコーンと聞いた瞬間、キリーランドは轟音をたてる勢いで振り向いた。


「なにいっ!? ユニコーンだと!? それはまことか!?」


 上着がわりの弾帯を胸ぐらのように掴まれて、マスランはたじろぐ。


「あ、ああ、俺は見たことがねぇが、部下の中に見たヤツがいるそうだ」


 「そうか!」と勢いよく立ち上がるキリーランド。掴まれたままのマスランも一緒に立ち上がる形となる。

 マスランはマッチョの部類に入るほど鍛えあげられた身体をしていたが、キリーランドに比べたら小枝のようなもので、完全に吊し上げをくらっているような形になっていた。


 豪腕の女騎士は、大の男を軽々と持ちあげたまま……ジェリーをキッと見下ろす。


「ジェリー様、まいりましょう! いざ、ユニコーン捕獲に!」


 異論を挟む余地も与えず興奮気味にまくしたてる。


「実は、ジェリー様の寝顔を見つめながら、我が頭で密かに考えておったのです! ジェリー様の愛馬に相応しいのはいったい何かと! 第一候補はライオンだったのですが、今、ビビッと来ましたぞ! ユニコーンこそ、ジェリー様が駆るに相応しい神馬しんめ!」


 ユニコーンに跨るジェリーを想像するように、遠い目をするキリーランド。

 ひとり盛り上がる部下を横目に、ジェリーは真っ直ぐ前を見据えたまま、微動だにしていなかった。


(な、なぁ……ユニコーンって、あの、童話とかに出てくる角のある馬のことか?)


 この質問には真っ先にプルが食いついてきた。


(うん、そうだよー! かわいいんだぁー! 一度ホンモノを見てみたぁーい!)


(見れるかどうかは、ジェリーさん次第ですね)


(ええっ!? ジェリーくんまさか行かないなんて言わないよね!? 行こうよぉー! ねーねー! 行こうってばぁー!)


(ああもう、騒ぐんじゃねぇ!)


 ジェリーは、目の前で鼻息を荒くするキリーランドと、頭の中で大騒ぎするルク、ふたりに答えるようにつぶやく。


「……好きにしろ」


 さしたる興味もなさそうに言ってのけたが、キリーランドは我が意を得たりとばかりに胸を張った。


「日暈の賜り! よぉし、マスラン、さっそくユニコーンを見た部下をここに呼んでくるのだ!」


 ようやくマスランは解放されたが、部屋を出て行く様子はない。それどころか、再び椅子に腰かけた。

 そしてしばらく逡巡したのち、すがるような瞳をジェリーに向ける。


「……ジェリー様……アンタを男と見込んで頼みがあるんだ……なぁ……アシュランを救ってやってはくれねぇか……?」


 予想だにしなかった言葉が飛び出す。


「おい、何を申しておる!? それよりもユニコーンを……!」


 キリーランドはマスランをつまみ出そうとしたが、ジェリーに鋭い視線を向けられ手を引っ込める。

 それを「わけを話してみろ」という意向と受け取ったマスランは、懺悔をするかのように、ボソボソと話しはじめた。


「……アシュランは本当は、俺の娘じゃねぇ。アイツは、捨て子だったんだ。

 初めて会ったのは、まだ俺が駆けだしだった頃……アイツは荒野で倒れてた。

 今よりもずっと小せぇ身体で、ボロ布みてぇなのを纏って……銃を握りしめてたんだ。

 最初は死体かと思ってたんだが、生きてやがった。アイツはまるで魂が抜かれちまったみてえな目をしてた」


 黙って耳を傾けていたジェリーの頭の中で(今もそうだよね)とプルの声が響く。


「俺のガキの頃の暮らしもひどいもんだったが、どんな目にあっても、瞳の輝きだけは手放さなかった。

 コイツはこんなに小せぇのに、いったいどんな生き方をしてきたらこんな石っころみてぇな瞳になるんだ……って思ったら、ほっとけなくなっちまって……俺としたことが、拾っちまった。アシュランって名前は、俺が付けてやったんだ」


 マスランはフッ、と自虐気味に口を歪める。


「しかし、どんだけ俺がしてやっても、アシュランは笑わなかったし、泣くこともなかった。まるで感情を母親の腹ん中に置き忘れたみてぇだった。

 子供が喜ぶはずの玩具や菓子なんぞには目もくれず、ただただ銃で人やモンスターを撃ち殺しまくってた。

 でも……その時だけが、アイツに精気が感じられたんだ」


「あの面妖な銃のせいではないのか?」


 ジェリーがちょうど思っていたことを、キリーランドが代弁してくれた。


「ああ、俺も銃のせいじゃないかと思って、何度か手放させようとしたさ。狂ったように暴れて、俺に対してでも銃を向けてきやがったんだ。

 それでも一度だけ銃を奪うことに成功したんだが、アイツはもがき苦しんで、泡を吹いてブッ倒れやがった。あの銃を手放すと……どうやらアイツは死んじまうらしい。

 俺ぁもう、どうしていいかわからなかった。

 銃は奪えねぇ、でもほっとけば、アイツは無差別に人を殺しかねねぇ。

 そして、悩んだ挙句……俺の用心棒にしたんだ。

 俺がひたすら敵を作って、アイツに殺させりゃ……アイツは俺の命令に従って殺しをしてるってことになるからな」


 (死神に、エサを与えてたんですね)とルク。


「それから俺はイキがってるガキみてぇに誰彼かまわずケンカを売りまくって、アシュランに殺させた。

 そうしてるうちに成り上がっちまって、自然と敵の数も増えた。軍隊を相手にしたこともあったさ。

 さすがにその時は、ふたりで死ぬのも覚悟したが……アイツはほとんどひとりで全滅させちまった」


 マスランはそこで言葉を切って、頭を抱えるように、両手で髪をかきむしった。


「だが……それだけやっても……アシュランの心は、変わらなかった。

 初めて会ったときの目のまんまだった。

 親がわりである俺でも、これから撃ち殺す敵でも、一緒……何の興味もない、まるで空っぽの酒瓶でも見るみてぇな、虚しい目のままなんだ……!」」


 顔をあげたマスランの瞳は虚ろであったが、辛うじて残った微かな希望の光で、ジェリーを見つめていた。


「なぁ、アンタ……極至天導キョクシテンドなんだろ? 神をも道を譲ると言われたアンタなら、アシュランを救えるんじゃねぇか?」


 マスランの告白、そして懇願。

 しかしジェリーは何の感情も抱かなかったように、鼻を鳴らした。


「フン……くだらん。貴様ら親子のことなど、知ったことではない」


 話しは終わりとばかりに立ち上がると、遥か上方にある女騎士の顔を目線だけで睨みあげた。


「キリーランド、ユニコーンまでの道案内できる者と、腕の立つ者を集めろ。数と人選は貴様に任せる。午後には出発できるように準備を整えておけ」


「ハッ! 日暈の賜り!」


 キリーランドは胸をドンドンと鳴らしたあと、部屋を飛び出していく。

 開きっぱなしの扉に向かって、ジェリーはゆっくりと歩を進める。うなだれるマスランを、もう見ることもしなかった。


(えーっ、ジェリーくん、つめたーい! 困ってるんだから、助けてあげなよ~!)


(助けろったって、無茶言うなよ! 俺にナニができるってんだ!?)


(アシュランさんはあの魔銃に取り憑かれているようですね、手放したら死んでしまうなんて……相当強力な呪いのようです)


(ほら、相当ヤバいやつなんだろ!? それにユニコーンだけで手一杯なんだ、わけのわからん呪いの相手までしてられるか!)


(ぶーぶー!)


 部屋を出た少年は冷淡な表情のままだったが、頭の中は喧々囂々けんけんごうごうとしていた。

 だが、それに気づく者は誰もいない。廊下をすれ違う者たちはライオンを前にした草食動物のように、縮み上がりながら道を開けていた。

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