04-01 少年は、伝説の聖獣と邂逅する
この世界に来て、2日目の朝。ジェリー少年の目覚めは爽快だった。
窓の方に寝返りをうって、うっすらと目を開ける。
窓から差し込む光の向こうは、石造りの屋根の煙突からたちのぼる煙。
昨日の原始時代さながらの風景よりはだいぶ文明的だ。時折、銃声のようなものが轟いているのが気になるが。
ここは、鉱山王マスランの街「マスランシティ」。
ジェリーと仲間たちは昨日の昼頃「ゴロの集落」で襲撃を受け、このマスランシティのカジノに連行された。
そして「度胸だめし」と称したロシアンルーレット勝負を経て、ジェリーはこの街の主となった。
部下のゴロは自らが管理する集落へと戻っていったが、ジェリーとキリーランドはこの街に残った。
集落と違い宿屋があったので、ジェリーはそこの一番高い部屋に泊まった。
ファミリータイプの大きな部屋で、広々としたリビングダイニングの他に、寝室がふたつある。壁ひとつ挟んだ隣の寝室にはキリーランドが寝ているはずだ。
ふと、昨朝の女騎士の奇行を思い出すジェリー。
(……もしかして、また入口から覗いてるんじゃねぇだろうな……)
ジェリーはまた寝返りをうって、反対側にある部屋の扉を見た。
誰の顔も狭まっておらず、ぴったりと閉じたままだ。
(扉なら、昨晩ジェリーさんが鍵を掛けたではないですか)
頭の中で、折り目正しい少女の囁きがあり、白いドレスの可憐な姿が浮かびあがってくる。
(ああ、ルク……。そういえば、そうだったか……)
思い出して安堵する。
キリーランドの性格からして鍵を破壊するくらいはしそうであったが、さすがに自重したようだ。
(やっほー! ジェリーくん! よく寝てたねー!)
続けざまに、すこしうるさいくらいの声が響きわたり、黒いドレスの元気な姿が浮かび上がってくる。
(今日も元気いっぱいだな、プル)
日曜日の朝に起しに来た娘に接するように、ジェリーは頭の中で笑む。もちろん表情には出ない。
(この天使と悪魔に取り憑かれた時はどうなるかと思ったが……もう慣れちまった。それどころか、コイツらはかなり役に立つな。かわいいし……やかましいのがタマにキズだけどな……)
(やかましいって、ジェリーくんのことを思ってのことなのに、ひどーい!)
(でも、お役に立てているようでしたら、何よりです)
ぷぅーっと頬を膨らませるプルと、気にする様子もないルク。
(いまのは独り言だ。俺のモノローグにまで入ってくるなよ……)
ジェリーはやれやれと三度寝返りをうつ。
なんとなくまだ起き上がる気にはなれず、仰向けになった。
(……!!)
天井にあった、ありえない光景に、絶叫しそうなほど内心でビックリしてしまった。
「出ずる日と共に! ジェリー様っ!」
天井の一部に穴が空いており、天井裏にうつ伏せになったキリーランドが覗き込んでいたのだ。
「ジェリー様を夜通しの番でお守りしようとしたのですが、鍵がかかっておりましたゆえ、こうして天井裏から失礼させていただいた次第であります!」
例によって悪びれた様子はない。窓から差し込む朝日に負けないくらいの満面の笑顔を浮かべている。
(いっ……いったい何なんだよっ!? 怖ええよ!! ふつう鍵がかかってたらあきらめるだろっ!!)
(騎士という任務に忠実な方なんでしょう)
(うわぁ、ジェリーくんの心臓、めちゃくちゃドクドクしてるー!)
(当たり前だ! あんなのを見て平然としてられるか!)
(でも、お顔は相変わらず変わりませんね……さすがです)
(くそ、いったいいつ寝てるんだ、アイツは……?)
ジェリーはいろんな意味で戦慄を覚えていたが、表には出さない。
お前の行動などお見通しだとばかりに落ち着きはらっていた。
「……朝食だ。それと、マスランを連れてこい」
寝たまま命じると、キリーランドは伏したまま胸をドンドンと叩いた。
「はっ! 日暈の賜りであります!」
スッと穴から顔が消える。どうやら匍匐前進で天井裏を移動しはじめたようだ。
静かだった寝室は、天井からのガサゴソ、ミシミシという音で急に賑やかになる。
(でっかいネズミがいるみたいだね~)
(大丈夫でしょうか? キリーランドさんって、相当体重がありそうですが……)
天使と悪魔がそれぞれの感想を漏らした途端、バキバキバキッ! と木がへし折れるような音がして、
「あっ……!? おわああああああああっ!?」
悲鳴とともに天井からキリーランドが降ってきた。
ジェリーのベッドの前にある床に叩きつけられたが、姿が確認できたのは一瞬だけだった。
すぐにさらなる悲鳴と、床に人型の跡を残して消えていった。
「…………」
ジェリーは何事もなかったようにベッドから起き上がり、寝室を出る。
革張りの高級そうなソファーに囲まれたリビングを経て、ダイニングにある食卓に移動する。
上座の椅子に腰かけ、ふてぶてしく足を組んで待っていると、キリーランドは朝食の載った連結ワゴンを引き連れて部屋に戻ってきた。
いったいどこまで落ちていったのか、煤と蜘蛛の巣まみれになっている。
小脇には、この宿屋の従業員であろう蝶ネクタイ姿のボーイが抱えられている。まるで山賊にさらわれた村人のように縮こまり、怯えていた。
「さあさあ、準備を頼むぞ、我が主に失礼のないようにな!」
キリーランドから解放されたボーイは、緊張でカチコチになりながら朝食の準備をはじめる。
気の毒なほどに萎縮しており、料理を運ぶ手がブルブル震えている。
しかも皿をカチャリと鳴らしただけで、飛び退いて土下座をした。
「も、申し訳ありませんっ! た、大変な失礼をいたしました! ど、どうかお許しを、お許しをっ! ジェリー様っ!」
まるで命乞いをするように手を組んで、涙をボロボロ流して号泣するボーイ。
見た感じチーフとかマネージャーなどの地位ある立場の人物のようだが、今は見る影もない。
(あーあ、泣いちゃったよ、この子)
(俺は何にもしてねぇよ! 別に皿の音をたてたくらいで泣かなくても……!)
(きっと、ジェリーさんの噂を聞いて、とても怖いという印象を持たれてるんでしょう)
(まぁジェリーくん、いつもムスッとしてるもんねー)
ジェリーはボーイを一瞥もせず、あっちへ行け、とばかりにシッシッと手で払った。
「あ……ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございますっ!!」
ボーイは床に頭をこすりつけ、土下座したまま器用に移動して部屋から出ていった。
マスランがいつの間にか部屋にいたので、朝食の準備はマスランとキリーランドが引き継ぐ。
朝だというのに、メニューはステーキだった。それもハムみたいな薄いものではなく、厚切りトーストみたいに分厚い。
ベーコンと違い、匂いからしてずっしりしている肉は食べる前から胃にのしかかってきて、(朝からこれか……)とジェリーはげんなりする。
「朝食用のステーキですので薄っぺらいですな! はっはっはっはっはっ!」
キリーランドは何が面白いのか大笑いしていた。
ジェリーとキリーランド、そしてマスランを加えた奇妙な三人組での朝食。
キリーランドはミルフィーユのように積み上げたステーキを、ひと口サイズのように次々と頬張っていく。
マスランは結婚の挨拶に来たチャラ男のように大人しく、食事もあまり喉を通らないようだった。申し訳程度に肉をつついている。
対照的なふたりを前にしながら、ジェリーは無言で切り分けた肉を口に運んでいた。
一枚の肉をゆっくりと、半分ほど食べたあと、ナイフとフォークを置く。
ナプキンで口を拭おうとしたが、すかさず反応したキリーランドが手を伸ばしてきて、手にしていた白い布でジェリーの口を拭った。
ジェリーはナプキンを手にしてたところだったが、降ろしてされるがままとなる。
(び、びっくりした。急に顔に向かって手を出してくるなよ!)
(嫌なら嫌ってキリーランドちゃんに言えばいいのに)
(それはそうなんだが……大きなことじゃなけりゃ、部下の自主性は重んじてやりたいんだよ……)
(たまにジェリーさんは借りてきた猫みたいにされるがままの時があると感じていたのですが、そういった理由からなんですね)
すっかり口のまわりが綺麗になったジェリーは、気を取り直すように咳払いをひとつすると、厳格な花嫁の父のような視線をマスランに向けた。
かつて鉱山王と呼ばれ、誰からも恐れられていた男は、裁きの瞬間が来た、と身体を強張らせる。
昨日までの人を食ったような態度は完全になりをひそめていた。
「……貴様の処遇についてだが、これまでと同様、支配下にある鉱山の管理をやれ。この街の名前もそのままでいい」
「えっ……それで、いいのか……?」
マスランは拍子抜けしたような声をあげる。
(ゴロくんのときもそうだったけど、ジェリーくんって前のボスを追い出したりしないんだね。猿だって負けたボスは山を降りるっていうのに)
(ああ、下手な内紛を起こさないためには、元々いるボスを据えるのが楽だからな)
(ないふん?)
小首をかしげるプル。かわりに答えたのはルクだった。
(新しくトップに就いた人間は、その組織の慣習を替えたがるものですが、それにより民衆から不満が出て、内紛……組織内の争いに繋がることがあります。よほどの圧政だというならば話は別ですが、そのままの慣習にならうのが不満を起こさない策とされています。しかしそれでも元トップは追放するものですが、そのまま残留させるのはかなりの奇策ですね……)
驚きを含んだ説明をするルク。
しかしプルはまったく理解できなかったようで、フクロウのように首を大きくかしげた。
ジェリーは、目の前で唖然とするマスランと、頭の中で唖然とするルク、ふたりに答えるように言い放つ。
「……鉱山王などというチンケな立場には興味がない、貴様にくれてやる」
ジェリーは飽きた玩具を投げ捨てるように素っ気なかったが、少なくともマスランは心を動かされたようだった。
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