03-05
ひとりの少年の一挙手一投足を、固唾を飲んで見守る大の男たち。
しかし当人は意に介さない様子で、エアガンに接するかのように拳銃を取った。
生贄の命を奪う儀式用の短剣のような、複雑な紋様が彫り込まれたそれは、命の重さのようにずっしりとしており、かすかに焦げたような匂いがした。おそらく火グスリの臭いだろう。
血がこびりついた刃物のように、すでに何人かの命を奪ったオーラを放つ、まさに凶器と呼ぶに相応しい風体だった。
ジェリーはそんな忌々しいモノを手にしても、全く臆す様子がない。
水鉄砲のように手で弄んだあと、慣れた手つきでシリンダーを開く。
そして側にあるケースから、プラスチックの弾を扱うかのような気軽さで実弾を取り出し……弾倉に押し込む。
命を掛けたゲームに臨んでいるというのに、ジェリーが何の衒いも感じさせないので、仕掛け人であるマスランは面白くなかった。
場をさらに盛り上げようと、人質のほうを煽りはじめる。
「あらららら……おい美人さん、ゴロ、アンタらのボスがついにおっぱじめちまったぜぇ……!? 何発入れるのか、見ものだよなぁ……このお坊っちゃんは、オメーらのために命賭けてくれるのか、楽しみでちゅねぇ~?」
キリーランドとゴロに命乞いさせて、ジェリーを揺さぶるつもりのようだ。
「ジェリー様……千載一遇の好機! 今すぐその銃で彼奴を撃つのです! 大将を失えば、あとは烏合の衆……一気に蹴散らしてやりましょうぞ!!」
鎖を引きちぎらんばかりに身体を膨らませ、愚直に奮起をけしかけるキリーランド。
「やめろバカっ! マスラン様のあの椅子の背もたれは防弾だぞ! しかも後ろには仕込み銃があるんだ! ……ううっ、こうなったら……お願いだ! ジェリー様っ! どうか、どうか、2発込めてくれぇ! 俺ぁ奴隷なんかにゃなりたくねぇ、お願いだジェリー様っ!! お願いだよぉぉぉ……!!」
情けなく身体をよじらせながら、恥も外聞もなく泣き叫ぶゴロ。
しかし、いくら泣きついてみたところでジェリーが込めるのは1発だけだろう……とこの場にいる者すべてが思っていた。
が、大の男が鼻水まで垂らしてした懇願を聞き入れたのか、それとも最初から決めていたのか、ジェリーはさらにもう1発込める。
「あ……ああっ! じぇ、ジェリーさまあああぁ!! 俺ぁ、俺ぁ……アンタに一生ついていくぜぇぇぇ!!!」
ゴロは滝のように涙を流して喜んだ。
まさか、2発も込めるとは……!
これには誰もが瞠目したが、その見開いた目玉を飛び出させてしまうほど……たて続けに驚くことになる。
ジェリーは手を休めることなく、もう1発、さらに1発と込める。
まさにオモチャの銃と勘違いしているかのようなためらいのなさで、次々と装填していたのだ。
「お、おい、アイツ、本気かよ……!?」
「2発、いや、3発……!?」
「ええっ!? 4発入れたぞ……!?」
「アイツ……死ぬ気か!?」
(ええっ!? ジェリーくん、本気!? そんなに入れたら死んじゃうよ!?)
(生存確率のほうが、20パーセントになってしまいました……)
しかも、まだ終わりではなかった。
ジェリーはさらにもう1発、ケースから摘み出すと……中指と人差し指で挟み、弾頭をマスランのほうに向けた。
「これは……5発目。貴様の命だ」
かざした手の奥で、不敵な笑みを浮かべる。
「な……なにぃ?」
マスランは銃口を向けられているような恐怖感を覚え、跳ね除けるように怒りをむき出しにする。
取り戻したはずのニヤケ顔は、少年の一言であっさり吹き飛ばされてしまった。
パチン、と小気味よい音をたてて、シリンダーの中は全て埋め尽くされた。
(……あっ、わかった! やっぱりドンパチすることにしたんだね! やったー!!)
(ケースのなかの弾も含めて、1発あたり23人のペースで射殺できれば、この場にいる敵は全滅させられますよ)
「や、やっぱりコイツ、ヤケになったのか……!?」
「そうだ、怖くなって、わけがわからなくなっちまったんだ!!」
「や……やっちまおう! もう殺すしかねぇ!!」
しかしジェリーは、天使と悪魔、そしてガンマンたちの思惑を一蹴するように、ゆっくりと持ち上げた銃を、自らのこめかみに当てた。
そして神託を
「……この世界の低次元な遊び、このくらいせんとつまらんからな。さぁ、よく見ておけ……! これは貴様らへの……啓示だ……!!」
両の翼が、飛び立つようにはためく。
まるでこの場の笑みをすべて奪い取ったような、嘲笑の悪魔がそこにいた。
「……くっ……狂ってやがる……っ!!」
心臓をわしづかみにされたように、青ざめるマスラン。
そして指は、引き絞られる。
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