03-06

 …………ガキィンッ!!


 静まりかえったカジノに、ガベルのように重々しい金属音が響きわたる。


 間違いなく、撃鉄が雷管を打つ音だった。

 しかし……拳銃は火を噴くことはなかった。


 あまりの出来事に……その場にいる全員が、神の奇跡を目撃したかのように言葉を失っていた。

 その沈黙を打ち破ったのは、椅子を蹴るようにして立ち上がる音だった。


「ふ、不発……だとおっ!?!? そ……そんな……バカなっ!?!?」


 雷管のかわりに爆発するように、真っ赤な顔で叫ぶマスラン。


 この度胸だめしで2発以上弾を入れた者は初めてだった。

 少年は、その記録を軽く塗り替えた。

 

 それだけではない。前人未到の全弾装填という、もはや度胸だめしの域をこえた、自殺行為で挑んだのだ……!!


 度胸だめしの弾丸は最高級のものを用意してある。運悪く死にゆく者のための、マスランからのせめてもの餞別だった。

 粗悪な弾丸であるならば不発もありえるが、この弾丸においては、発射されないなどありえないことだった……!!


 いや、ありえなくはない。不発の可能性はある。

 ただ、確率としては天文学的……!!


 絶対という言葉はこの世には存在しない。しかし、少年の表情は、絶対的なものだった。

 いや、むしろ、こうなるのがわかりきっていたかのように、超然としている……!!


「お、オメェ……な、何者だ!? ま、まさか、本当に……あの……!?」


 あれほど赤かったマスランの顔は、すっかり血の気を失っていた。

 あきらかに人でない者を見るように青ざめ、震えている。


 ジェリーの頭の中で(あ)と何かに気付いたような声がする。


(こんなカンジこんなカンジ。ボクたちに初めて会った人って、だいたいこんな反応するのが普通なんだよ)


(では今のマスランさんは、ジェリーさんのことが天使か悪魔のように見えているわけですね)


(そうか……かなり効いてるってことだな!? じゃあ、もうひと押しだ……!)


 少年は、何の事はない、普段のことをやってのけたように、フンと鼻を鳴らした。


「さて、貴様の命をもらおうか」


 メイドから朝食のメニューを尋ねられたかのようにあっさりと言いながら、自分のこめかみから銃口をはずす。

 銃を横に倒しながら前方に構え、寝かせた照星ごしにマスランを捉える。


「……それとも、レイズといくか?」


「ううっ……ま……待て!!」


 逆転有罪で死刑を言い渡されたかのように、うろたえるマスラン。

 後ずさりして躓き、どすんと尻もちをついて椅子に沈む。


 いままで呆然としていた部下たちは、その音で我に返った。


「ま、マスラン様……!?」


「そ、そうだ……マスラン様! マスラン様があぶない!」


「てめぇ……その銃をおろせ!」


「銃を捨てろ! 捨てねぇと撃つぞ!」


 次々と腰のホルスターから銃が抜かれ、ジェリーに向けられる。


(ああっ、みんな怒っちゃったよ!?)


(全方位、銃でいっぱいですね)


(上半身だけクイックイッて動かして、うまいことやれば避けられるんじゃない?)


(マトリックスかよ!? 無茶言うな!)


(皆さんが撃った瞬間にしゃがみこめば、同士討ちさせられるかもしれませんね)


(そ、それは……! まだ、いいかもしれねぇな……最後の最後の手段として、採用させてもらう)


(最後の最後? ってことは、他になにか手があるの?)


(ああ……! まぁ、見てろ……!)


 数百の相手に囲まれているジェリーにとって、いま彼が構えている銃は命綱といってよかった。

 彼の銃口がマスランを狙っている以上、不用意に撃たれてしまうことはない。


 ボスを人質に取られてしまった……! と部下たちの間に緊張が走る。


 しかし、ここでもまたジェリーは予想外の行動に出る。

 彼の命を繋いでいるはずの銃を、あっさりとワゴンの上に放り捨てたのだ。


「これで俺は丸腰だ。……さぁ、撃ってみろ」


 銃を持っていたほうの手の親指で、胸のあたりをトントンと突く。


「そのかわり……次は不発では終わらんぞ」


 意味ありげにニヤリと口を歪めるジェリーに、キリーランドは何かに気付いたように大きく息を呑んだ。


「はあっ!? わ、わかったぞ! ぼ……暴発させるつもりだ! ジェリー様は不発だけじゃなく、銃を自由に暴発させられるんだ……!!」


 「まさか……!?」と波打つようなざわめきが広がる。ジェリーは否定も肯定もしない。

 ただただ、蟻地獄でもがく蟻を見下ろす子供のような、サディスティックな笑みを浮かべるのみ。


「……どうした、撃たないのか? やるなら一度にやれ! そうすれば、打ち上げ花火のように一斉に指がふっ飛ぶ……愉快な見世物になるぞ……!!」


 悪夢を再来させるように、再び翼を大きく広げる。

 歩み出ると、その方角にいた男たちが、反発する磁石のように後ずさった。


「ううっ……!!」


 相手は少女のように華奢な少年。その身を守るものは何もなく、完全なる丸腰。

 対する大男たちは、体格でいえば倍、数でいえば200倍、武力も加えれば計り知れない……赤子と軍隊が戦うような、明確な戦力差が存在していた。


 にもかかわらず……この場を制圧していたのは、少年のほうだった。


(そうだ……このまま誰か降伏しろ……! ひとり降伏すれば、あとは芋づる式……! そうなったらしめたもの、俺は一気に鉱山王だ……!!)


 しかし……傾きかけた流れに待ったをかけるように、男たちをかき分け、小さな人影が前に出る。


 それは、スコープのついたライフルを構える、小柄な少女だった。


 とはいえ身長はジェリーよりも少し高い。周囲の男たちと同じガンマンスタイルに、カジノの壁紙と同じ模様のポンチョを羽織っている。


 薄水色のおかっぱ頭に、あどけないながらも美しい顔立ち。かつての世界で例えるなら、北欧系の美少女だった。

 年の頃は中学生くらいだが、相応の感情はなく、機械のように冷徹なアイスブルーの瞳でジェリーを捉えている。


(なんか、面倒くさそうなのが出てきたな……)


(この方が『死を運ぶ鳥ヴォルデドート』ですよ)


(えっ、こんなガキが!?)


(ガキって、ジェリーくんのほうが背低いじゃん!)


(うるせえよ! せっかくうまくいきそうだったのに……なんかコイツ、空気読めなさそうだぞ!? さっさと銃を降ろしてくれよ……絶対に撃つんじゃねぇぞ!!)


(あれ? ジェリーくん、不発にできるんじゃないの?)


(できるかよ! 度胸だめしのやつは、いつも持ち歩いてるダミーカートにこっそり差し替えただけだ!)


(ああ、だから不発だったんですね……)


(えぇーっ! あれもすり替えだったんだ!?)


(偽物の弾丸なんて、よくお持ちでしたね)


(こちとら前の世界じゃロシアンルーレットなんざ月イチでやってたんだ、まともにやってたら生命がいくつあっても足りねぇからな、俺にとっちゃ頭痛薬みたいなもんだ)


(月に一度って……いったいどんな人生だったの……)


(くそ、せっかくうまくダマせたってのに、こんなガキに頭を撃ち抜かれちゃ意味がねぇ……! 撃つなよ、撃つなよ、撃つなよぉ……!!)


 必死になって祈りを捧げるジェリー。

 しかし視線は真逆で、射撃を促すような挑発的なものだった。


「ほう、貴様は、暴発が怖くないようだな」


「……この銃は、暴発しない」


 抑揚なく、囁くような声だった。発声しても、銃口はピクリともぶれない。

 瞳に光はなく、ジェリーの脅しは全く心に響いてないようだった。


 本人の冷静さもさることながら、得物にも絶対の信頼を置いているようだ。

 他の男たちのライフルよりも全長が長く、ごつい銃身と大径のスコープと相まって対戦車ライフルのようなスタイル。


 しかしそれは弾を撃ち出す装置というよりも、禍々しい杖のような見目だった。


 蜂の巣のような独特なマズルは、おぞましいものが群れとなって飛び出してくる穴のような、生理的嫌悪を感じさせる。

 木のストックは樹皮そのままで、さながら少女が生まれる何千年も前から存在していた老婆の肌のような不気味さを醸し出していた。


 女の死神がいるとしたら、こんな武器を持っていただろう。

 ひとりの少女を死を司る者に変えるだけの異貌と鬼気が、その銃にはあった。


(わあーっ!? おっきい銃ー! へんな形ー! でも~かっこいいー!)


(大口径の狙撃銃ですね。この距離で撃たれたら、ジェリーさんは肩から上が無くなります)


 興奮のあまり節をつけて唄うプルと、読み上げるように冷静な口調のルク。


(そ……そんなこと言うんじゃねぇよ、余計怖くなっちまったじゃねーか! ……くそっ、嫌なチキンレースだぜ……だけどここで降りるわけにはいかねぇ……! ここで降りたら、全部水の泡になっちまう……! こうなったら……限界まで張るしかねぇ!!)


「暴発を恐れぬか、ならばやってみろ……その顔が潰れるのが、惜しくなければな……!」


 誘うようにジェリーは両手を広げ、挑みかかるような上目遣いを向ける。

 周囲にいた男たちは直視されていないにもかかわらず、メデューサと目が合ったように身体を石のように硬直させた。


 ヴォルデドートの表情は変わらなかったが、挑発に怒りを感じたのか、それとも眼光に怯んだのか、引き金にかけた指がわずかに動いた。


(おい、やめろよ……やめろって! そんなマジになってんじゃねぇっ! 撃つな、撃つな、撃つなぁっ!! 撃たないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!)


 噴き出すマグマのようなジェリーの睨みと、地の果ての極寒のようなヴォルデドートの瞳がぶつかりあう。


 舞い降りるのは死か、それとも奇跡か……!?


 沈黙が横たわりつつあった。それを叩き起こしたのは、銃声でも、暴発でもない。


「……や、やめろ! やめるんだ! 銃を降ろせ、アシュラン!!」


 マスランの、絞り出すような声だった。


「お……オーク共が噂しているのを聞いたヤツがいるんだ。ジェリー……いや、ジェリー様……アンタは本当に、極至天導キョクシテンドだったんだな……!」


 キョクシテンドと聞いて「ええっ!?」となる部下たち。

 マスランは椅子から立ち上がろうとしたが、焦るあまり足がもつれて倒れる。


「……ど、どうせただのデマだろと思って、試すような真似をしちまった……。でも、勝てるわけがねぇ……勝てるわけがなかったんだ……アンタに楯突いたこと、許してくれ……! せ、せめて、アシュランだけは許してやってくれ……!!」


 立ち上がる間も惜しむように這ってきて、ジェリーの足下にすがりつく。


「そいつは俺の娘なんだ……。負けだ……俺の負けだ……アンタの軍門に下る。だから頼む、許してくれえぇ……」


 全てをかなぐり捨てるようなその姿には、鉱山王としての面影はもはや無かった。

 娘を案じる、ひとりの父親の姿だった。



 その夜、マスランから配下の鉱山に向けて、すべての隷奴札を供出するよう、緊急発令が出された。

 ベルトロワ地方の鉱山に関わる者すべての隷奴札が集められ、火がつけられた。


 炎は、自由と解放を祝うように高く燃え上がり、最高のパフォーマンスとして鉱夫たちの心をガッチリと掴んだ。

 それは……鉱山王マスラン失脚の瞬間であり、新たなる鉱山王の誕生を意味していた。

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