03-04

「普通の度胸だめしで込める弾は1発だが、そんなのは俺ぁもう飽きてんだ。だから、もっと面白くしてぇんだよなぁ」


 マスランの口が、三日月のような形に歪む。


「拳銃に込める弾の数を、オメーに選ばせてやる。その弾の数に応じて、誰が助かるかが決まるんだ。1発だけならジェリー、お前だけ自由だ。2発でやったらゴロも自由にしてやる。3発なら、鉱山のヤツらも全員くれてやるよ。そして4発なら……そこの女もオマケだ、全員助けてやってもいいぜぇ」


 人命をチップにした、恐るべきゲームの提案。

 1発でも嫌なものだが、仲間を助けようとすればするほど自分が死ぬ確率があがるというのが狂気じみている。


 常人であれば、想像するだけで身体中の毛がよだつような悪魔的ルールであったが、ジェリーは毛先ひとつ揺らさなかった。


(1発でも20パーセントで即死じゃねぇか……ふざけんな!)


(降水確率で考えると、傘を持って出かけるか悩むところですね。それ以上となると40パーセントになりますので、考慮に値しません)


(えー? みんな見捨てちゃうのー?)


 自分だけが助かるのが当然といったルクと、全員助けないのは不満そうなプル。


(例え99パーセントの成功率であっても、バカ正直に運に身を委ねるのは三流以下のすることだ。運任せに見えて、確率100パーセントのギャンブルをやる……それがプロだ……!)


 ジェリーは頭をフル回転させながら、敵の次の言葉を待つ。


「そうさなぁ、もし命が惜しいってんなら……ああ、あそこのステージで、命乞いの裸踊りでもしてもらおうか。それが度胸だめしより面白かったら、考えてやらんこともないなぁ」


 マスランは親指で、背後にあるステージを示す。そこでは相変わらず扇情的なダンスが繰り広げられている。

 店じゅうの注目がジェリーに集まっているのを嫉妬してか、より過激なポーズで衆人の興味を惹こうとしていた。


 大股開きになっているダンサーを、檻の中にいる珍しい動物のように見ていた天使と悪魔が興奮気味に騒ぎたてる。


(命乞いしましょう。わたくし、ジェリーさんの裸踊りが見たいです)


(えー? ジェリーくんの裸踊り? それはキモいよー! それよりもボク、拳銃を奪ってドンパチしたい! ドンドン、パチパチ!)


 外野は外野で、キリーランドとゴロが喚き散らしていた。


「ジェリー様! マスランの言うことに惑わされてはなりません! 不服従、大暴力こそ我らのあるべき姿! なぁに、共に戦えばこんな者どもなど、一捻りです!」


「お、おい! キリーランド! あ、あまり刺激するんじゃねぇ! それよりも、ジェリー様、みんなで裸踊りしやしょう! 助かるにはそれしかねぇ!」


(まったく……どいつもこいつも好き勝手言いやがって……どれもやらねーよ!)


(では、度胸だめしをなさるんですか?)


(えー? やめときなよー、脳みそ吹っ飛んじゃうよ?)


(無邪気な顔して怖ぇこと言うんじゃねぇよ! 想像しちまったじゃねぇーか、くそっ! ……ああもう、どうすりゃいいんだ? どうすればこのピンチを脱出できる!? まわりがうるさくて、考えがまとまらねぇ……! )


 ジェリーの脳内はオーバーヒートしそうなほどに混迷を極めていた。

 しかし表情は凍りつくほどに冷徹、怜悧であったため、その事に気づくものはいない。


 いくら脅しても表情が変わらないので、マスランはさりげない苦笑いと共に舌打ちする。


 どんな豪胆な男であれ、この勝負を提示すると一変した。

 いくら修羅場をくぐり抜けてきた男でも、泣きすがり、命乞いをしてきた。

 そして喜んでステージ上にあがり、恥知らずなダンスを踊って道化となり、嘲笑を浴びていた。


 情けない姿を見たかつての部下たちは愛想を尽かし、マスランを新たなるボスとして仰ぐ。

 そうやってマスランは、鉱山王と呼ばれるまでに勢力を拡大してきたのだ。


 だが……この少年だけは違っていた。

 完全に手中に落ちているはずなのに、弱っている様子は微塵もない。

 瞳を見ればわかる。苦悩し、焦る者の瞳は揺らぐ。屈服し、媚びた者の瞳は陰りがさす。

 しかし少年の瞳は、触れることも許さないような、ギラつく刃色をしていた。


 まるで罠にかかっているというのに、媚びることをしない一匹狼のような孤高さ……!

 今までの脅しにも「だからどうした、さっさとしろ」といわんばかりの態度……!!


 この鉱山王とまで呼ばれた俺を、ナメるなよ……!! とマスランの内なる闘志に火がつく。


 もう、命乞いをしても許さねぇ、意地でも度胸だめしをさせてやる……!!

 土壇場で嫌がっても、俺の手で銃を口に突っ込んで、引き金を引いてやる……!!


「おい、ゲームの時間だ! ガキの縄をほどいてやんな!」


 マスランが声を荒らげるのは珍しいらしく、部下たちはあわててジェリーに駆け寄ろうとした。

 その身体に触れようとした瞬間、まるで逆鱗に触れてしまったような竜の咆哮が放たれる。


「……どけっ!! 雑魚ども!!」


 この場にいるほとんどの者が初めて聞く、ジェリーの声。

 あまりのドスの効いた声に部下たちは迫力負けして、うわあっ!? と尻もちをついて将棋倒しになる。


 そして男たちは……信じられない光景を目の当たりにした。


 少年はきつく縄打たれていたはずなのに、何の束縛もないように立ち上がったのだ。

 まとわりついていた縄は、まるで着物の帯を解いたかのようにはらりと解け、床に落ちた。


 マスランは声こそあげなかったが、驚きのあまりピクッと肩を震わせる。

 隠しきれないボスの動揺は部下にも伝わる。それは波紋となって広がり、人垣が波打った。


「お、おい……! 見たか、今の……!?」


「な、縄が、ひとりでにほどけたぞ……!?」


「縛り方が緩かったんじゃないか?」


「いや、きつく縛っていたのを俺は見たぞ!」


「じゃ、じゃあなんで、アイツは動けるんだよ!?」


 天使と悪魔は揃って「ほわぁ」と感嘆の声をあげていた。


(ね、ね、ジェリーくん、なにしたの!?)


(縄が、緩んだみたいにほどけてしまいましたが……)


(このくらいの縄、プロならわけねぇよ)


(なら、チャンスじゃない? いまのうちに銃を取っちゃえば、バーンバーンって撃てるよ!)


(いえ、それよりも縄を抜けたときみたいに服からも抜け出しつつステージにあがりましょう。盛り上がると思いますよ)


 天使と悪魔はそれぞれの思惑をけしかけるが、ジェリーは無視して考えにふける。


(驚いてるいまのうちに、逃げる、か……? ああ、人質がいるのか……なら、逃げるのはナシだな……)


(なぜですか? お気になさらず、ご自分だけ逃げてしまえばよろしいのでは)


(昨日今日会ったヤツならそうしてるさ。だが、アイツらはもう俺の中に入っちまった。見捨てるわけにはいかねぇよ)


(……あれ? キリーランドちゃんもゴロくんも昨日会ったばかりじゃなかったっけ?)


(うるせぇな、細けぇことはいいんだよ)


(ふふ、でもボク、ジェリーくんのそういう所、スキだなぁ)


(わたくしは……その考えはいただけません。他にどんな犠牲を払ってでも、自分だけが助かる道を模索するべきです。この状況でしたら見捨てても恨まれないと思いますよ。例え恨まれたとしても一生奴隷で手出しもできないでしょうから、仕返しの心配もありませんし)


(うん……そうかな……って、誘惑すんなよ! 俺が少しでも逃げる素振りを見せたら最後、今までのハッタリは全部おじゃんになっちまうんだからな……!)


(なら、前に出るしかないんじゃなーい?)


(……くそ、ノーチョイスかよ……!)


 苦悩と裏腹に、ジェリーは堂々と一歩前に踏み出す。

 押し出されるようにまわりの男たちは後ずさり、一斉に腰のホルスターにある銃に手をかけた。


 ジェリーは警戒する男たちには目もくれず、ゆっくりと、実にゆっくりと、ワゴンの前に歩み出す。


(や……やるしか、ねぇのか……!? 命、賭けるしかねぇのか……!?)


 考える時間を稼ぐための牛歩だったが、その緩慢さがかえって逃げも隠れもしない豪然さを醸し出していた。


 マスランはすでにいつもの自分を取り戻しており、ジェリーの歩みを死刑台に向かう英雄のように見立て、眺めていた。

 英雄と目が合っても臆する様子はなく、さぁどうぞ、といった様子で手を差し出す。


 縄抜けには驚かされたものの、形勢にはまったく影響がなく、俺の優位は変わらない……とマスランは思っていた。

 どのみち度胸だめしをさせるために縄をほどいてやるつもりでいたので、その手間が省けた程度でしかない。


 それに、自由になったジェリーが度胸だめしを嫌い、銃を奪って暴れだしたとしても……さしたる問題にはならない。

 ここはまさしく蜂の巣のど真ん中。下手なことすれば、雀蜂のような鉛玉が、全方位から襲い来る。


 自暴自棄になった者がミンチになるのは、この度胸だめしでは時たま見られる光景。

 4発込めよりも明らかに分の悪い賭けに出るバカは、そうなって然るべき……とマスランは思っていた。

 そして、コイツは決してそんなことはしない、とも思っていた。


 迷いのない足取りでワゴンの前に着いたジェリーは、仁王立ちを決める。


 彼が生き残るためには、度胸だめしに挑むしかないように思われた。

 不確定なものに身を委ね……偶然に命を賭けるしかないように思われた。


 しかし彼は、死刑囚のような立場にあるにもかかわらず、尊大な態度を崩さない。

 むしろ裁きを下すのは自分だといわんばかりの傲慢なオーラを、これでもかと放っている。


 その、閻魔の生まれ変わりのような少年が、ついに、しかしゆっくりと、鈍色に光る拳銃へと手を伸ばした。

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