03-03

 ここのボスとおぼしき男は、カウボーイハットを深く被って表情はよくわからなかった。

 口元はひたすらしまりのない薄ら笑いを浮かべ、軽いステップでジェリーたちに近づいてくる。


「……あぁん、おネンネのジャマしちまったのか」


 酒焼けしているような枯れた声だった。

 ジェリーは男のことを知らなかったが、相手はまるで十年来の親友のように馴れ馴れしい口調で話し続ける。


「起きるまで待ってろって言っといたんだがなぁ……誰かがガマンできなくなっちまったみてーだ、悪ぃ悪ぃ」


 言いながら、帽子のつばを親指でクイッと持ち上げた。

 伊達男風の、無精髭をたくわえたワイルドな風貌が現れる。

 整ってはいるが、どこか人を小馬鹿にするような軽薄さを漂わせる顔だった。


 斜めに被った白いカウボーイハットを筆頭に、白い弾帯をカーディガンのように素肌の上から羽織っている。

 腰にはガンベルトに収めた回転式の拳銃が二丁、いずれも白。

 とどめは白いエナメルのズボンと白い乗馬靴……白を基調とした、かなり独特のファッションセンスだった。


(皆さん西部劇のガンマンみたいな格好をされてますが、なかでも際立った格好をされてますね……やはりこの方がリーダーなんでしょうか?)


(ガンマンのボスって、こんな変態みたいな格好してんのか!?)


(なんか、中途半端に追い剥ぎにあった人みたーい)


 さんざんな言われようだったが、ボスらしき男は気づく様子もなく、部下が持ってきたホワイトレザーのハイバックチェアに腰を沈めた。渡されたグラスの酒をひと口あおり、


「おい、女のバケツを取ってやんな」


 顎をクイッとあげて部下に指図した。

 キリーランドはなおも暴れていたが、頭のバケツを外された瞬間、麻酔の痺れが切れた猛獣のようによりいっそう暴れ出す。


「これを解け! 解かぬと承知せぬぞ! うおっ! ぐあああぁーっ!!」


 ガチャガチャと鎖を鳴らし、巻きつけられた柱ごと引っこ抜きそうなほどに身体を揺らす。

 これがジェリーと同じような縄と椅子だったら、あっという間に引きちぎり、砕いていたことだろう。


 繋がれた猛犬を見るように、ボスは肩をすくめた。


「おお、コワイコワイ。そんな顔しちゃ、美人さんが台無しだぜぇ? 俺は妖艶でミステリアスな女が好きなんだ……将来ボスになる男の好みには、あわせるもんだぜぇ?」


 ニヤニヤ顔のまま、人を食ったような態度。それがよりキリーランドを刺激する。


「貴様になど、誰が従うものか 我が主はジェリー様、ただひとり!」


「まぁ、まぁ、そう慌てなさんなって、もうちょっとしたら、そのジェリー様とやらに愛想をつかして、俺にゾッコンになってるはずさぁ」


「我が忠誠は、たとえ太陽が逆から昇っても変わらぬ! わかったら、そこへ直れ! そのふざけた性根をへし折ってくれる!」


「おお、美人さん、そうはいかねぇ。『烈震のキリーランド』にここで暴れてもらっちゃ困るんでねぇ、ここは俺の大事な遊び場だからさぁ。それに慌てなくても、すぐに暴れさせてやるよ……俺の腰の上で、たっぷりダンスを踊らせてやるさぁ」


「下衆があっ……!!」


「まぁ、まぁ、その話はあとでゆっくり、ベッドの上でしようや……おい、次はゴロだ、ゴロのバケツを取ってやんな」


 部下の手によってバケツを外されたゴロは、今までの会話を聞いていたのか、ここが何処かわかっているようだった。


「ど、どうも……マスランの旦那……」


 ずっとバケツを被っていたかったとばかりに、気まずそうな愛想笑いを浮かべるゴロ。


「よう、ゴロ。まさか、オメーほどの男が……冗談だろぉ? こんなガキにやられちまったってぇのか? まさか、得意のポーカーで負けたとかいうんじゃねぇだろうなぁ?」


「は、はぁ……その……ポーカーで……」


「嘘だろぉ? オメーがポーカーで負けるなんて、初めてじゃねぇか? トンでもねぇヤツが現れたって噂を聞いたんだが、その通りだったようだなぁ……オメーんとこに手下を遣わしといてよかったぜぇ」


 笑みが深くなり、口角が裂ける。夜に佇むピエロのような、不気味な笑顔だった。


「でも、まさか……俺を裏切る算段をしてやがったとはなぁ。なぁ、ゴロ……俺を裏切ったらどうなるか……オメーなら、わかってるよなぁ?」


「ひいっ!?」


 落雷を受けたように身体を縮こませるゴロ。

 ガタガタ震えながら、ボスとジェリーを交互に見ている。どっちにつくべきか迷っているようだった。


「ったく、どうしちまったってんだ……去勢されたみてぇによぉ。よっぽど酷ぇ負けた方をしたみてぇだな……勝利の女神を寝取られちまったのかぁ?」


 口は大笑いしていても、目は全然笑っていないマスランの視線が、ついにジェリーに移る。


「……オメーが、ゴロをこんなにしちまった、ジェリーってヤツか。ひと目でわかったぜぇ。ガキのくせに、末恐ろしい目ぇしちゃってるねぇ……」


 ジェリーは何も答えない。前髪から雫を滴らせながら、ひたすらマスランを睨みつけていた。


「手下どもに聞いたぜ、オメー、眠りガスのなかでも平気だったんだってなぁ? 噂どおり、スゲェんだなぁ……なんだかビンビン興味がわくねぇ」


 「噂どおり」という言葉に、ジェリーは人知れず眉をひそめた。

 どこからの噂なのか気になったが、今は話に集中する。


「俺に歯向かおうとしてるヤツは、問答無用でハチの巣にしてやるんだが……面白れぇヤツには特別だ。チャンスをやるよ……俺を楽しませてくれたら、自由にしてやってもいいぜぇ。なぁに、楽しませるのはカンタンさ、ちょっとしたゲームをするだけだ」


 顎で部下に合図をすると、マスランとジェリーの間にバーワゴンが運ばれてくる。

 ワゴンの上には装飾の施されたシルバーの拳銃と、小箱にぎっしり詰まった弾丸があった。


「そこに5連装の回転式拳銃と、弾があるだろぉ? ソイツで度胸だめしをするんだ」


 度胸だめしというのはロシアンルーレットのことだろう、とジェリーは直感した。

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