03-02

「わっ!? ななっ!? な、なんだ!? これっ!? ……まさ……か……」


 パニックに陥っていたゴロは、急に力なく崩れ落ちる。


「ううっ、こ、このガスは……アレだ……!」


 キリーランドは煙の正体を見抜いていたが、フラフラになっていた。

 身体が大きいのですぐには効かないのか、ギリギリで意識を保っている。


 ジェリーは椅子に座ったまま、マントのように羽織っているコートの袖を口に当てていた。

 蔓延するガスの中でも慌てず騒がず、どっしりと構えている。

 これから起こることに備え、射抜くような眼力はさらに鋭利さを増しているようだった。


(わあああああああああっ!? これはなんだ!? いったいなんなんだよっ!?)


 しかし心の中はみっともないほどに取り乱していた。


(プル、匂い、わかりますか?)


(クンクン……うーん、なんかキャラメルと蜂蜜と桃を混ぜたみたいなニオイがする……おいしそうなニオイ!)


(キャラメルと蜂蜜と桃……? おそらく、ミザモの花を使った眠りガスだと思います。吸気しても命に別状はありませんが、しばらく意識を失います)


(あれ? ならなんで、ジェリーくんは平気でいられるの?)


(コートの中に入れてた防毒の鼻栓をしてるんだよ! それにこのコートはPM0.1でも大丈夫な防塵フィルターがわりになるんだ!)


(本当になんでも入っているコートなんですね……)


(前の世界では、催涙ガスは日常茶飯事だったんだ! このくらいなけりゃ、やってられねぇくらいにな!)


(へーえ、よくわかんないけど、すごーい! それならヘッチャラだね!)


(い……いつまで持つかはわからねぇけどな!)


(では、早くこの部屋からお逃げになったほうがよろしいのでは?)


(催涙ガスを投げ込んだってことは外に誰か待ち構えてるってことだろ! そんな所にノコノコ……)


 部屋の扉がバァンと勢いよく開き、ジェリーの脳内会話は強制中断させられた。


 間髪いれず何者かが踊りこんでくる。部屋に突入してきたのは3人ほどで、廊下の外にはまだ人影があった。

 皆、ガスマスクを着け、小銃を構えている。


 煙を散らすようにして踏み込んできた男たちは、キリーランドそしてジェリーと鉢合せする。

 まだ意識のあるふたりを前にして、宇宙人にでも遭遇したかのように驚いていた。


「おっ、おい!? まだ倒れてないヤツがいるぞ!?」


「嘘だろ!? このガスを吸いこんで立ってられるヤツがいてたまるか!」


「女のほうはフラフラだが、ガキのほうは……なんでこの中で、平気でいられるんだ!?」


「こうなったら、力ずくでやっちまえ!!」


 合図とともに襲いかかってくる侵入者たち。

 キリーランドはよろめきながらも抵抗しようとしたが、低い位置から振り上げられた銃床の一撃を頭に受け、大の字に倒れた。床が抜けるかと思うほどの衝撃がズズンと響く。


(やっべぇ……! くそっくそっくそっ! どうすりゃいいんだ!? どうすりゃ、どうすりゃ……!?)


 いきなり訪れた窮地、名案を絞り出す間もなく、ジェリーの頭にも一撃が加えられた。


 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 脳天に硬いものがガツンとぶつかる。続けざまに凍るような冷たさを感じてジェリーは一気に覚醒した。

 しかしあたりは真っ暗闇。それに雑巾を顔にくっつけられているようなひどいニオイがする。


(なっ……なんだ!? なんなんだ!?)


(あ、起きた)(お目覚めになりましたか)


(おい、ルク、プル! なにも見えねぇぞ! それに臭え!? いったい何なんだよここはっ!?)


(それが普通の反応だよね~)


(わたくしたちが初めてお会いしたときも、心の中はそんな感じだったのですか?)


(あっ、ああ、そうだよっ! そんなことは今どうでもいいだろ! いったい何がどうなってるのか教えろ!)


(掃除に使うバケツを頭に被せられたんだよ)


(前に屈んだら取れると思いますよ。あ、椅子に身体を縛られてますので、注意してくださいね)


 バケツを被せられても、ジェリーは外見上は一切動じていなかった。

 全てわかっているかのように、ゆっくりと頭を前に倒す。被さっていたものがスポッと抜け落ち、視界が一気に開けた。


 ガコンと乾いた音をたてて床に転がったのは……プルが教えてくれた通り、木のバケツだった。

 掃除用なのも間違いないようで、汚水が水たまりのように足元に広がっている。


 ついでに身体をチラリ見ると、ルクが教えてくれた通り、椅子に座らされて縄によって縛りつけられていた。


 それだけで、いま自分の身がかなり危険な状態にあることを察するジェリー。

 しかしちっとも慌てず、床屋で頭を洗われていたかのように、悠々と身体を起こす。


 顔をあげると、いかにもヤバそうな男たちが大勢取り囲んでいた。

 皆、西部劇に出てくるガンマンのような格好をしており、むさくるしさは鉱夫たちといい勝負だった。

 嫌な熱気が漂ってきそうな光景ではあったが、水をかぶっているせいか暑苦しさはあまり感じない。


 ここがどこだかわからなかったが、鉱山集落の酒場に近い雰囲気の場所だった。

 しかし酒場よりもずっと広く、きらびやかだ。

 男たちの合間には緑のマットが敷かれたテーブルがいくつもあり、その上には黄金のルーレットや金色のチップがあった。

 どれも天井からの明かりを受け、夢の中にあるかのようにキラキラ輝いている。


 群衆の背後にはバーカウンターがあり、一段高くなったステージがある。

 ステージ上では生演奏の音楽にあわせて肌も露わな女性が妖艶なダンスを繰り広げていた。


 見える範囲では窓がなかったので外はどうなっているか、今が何時かもわからないが、ここがどこなのか、おおよそ見当はついた。


(……カジノか)


 眠りガスと何者かの奇襲によって意識を失ったジェリーは、おそらく敵のアジトであるカジノにさらわれてしまったのだ。


 いや、ジェリーだけではなかった。左には同じように椅子に縛りつけられているゴロと、右には太い柱にチェーンで縛り付けられているキリーランドの姿があった。

 ふたりとも、頭に木のバケツをかぶったままパニックになって暴れている。


 ふと、ガンマンたちが騒然となり、人垣が分かれた。花道のようになったそこには一人の男が立っていた。


 (こいつが……ボスか……!)とジェリーは直感していた。

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