02-07 断章

 その日は夜遅くまで、酒場で自由解放パーティなるものが行われた。

 ただのどんちゃん騒ぎだったのだが、ジェリーは興味がなかったので早々にキリーランドを連れて抜け出す。


 宿屋を探そうとしたが、集落の人間からここには宿泊施設自体が存在しないと聞かされた。

 そもそも訪れる人間がほとんどおらず、酒場ですらよそ者が来たのは十年ぶりだという。


 新たに集落のボスになったのであれば、先代ボスのゴロの家を乗っ取ることもできるのだが、ジェリーはそれをしなかった。

 そのかわりというわけではなかったが、ゴロの家には来賓用の寝室があるということで、ひとまずはそこを住まいにすることにした。


 寝室はふた部屋あったのだが、キリーランドはジェリーと同じ部屋で寝ると言いだした。

 自分には主を守る義務があると言って聞かなかったのだが、ジェリーは容赦なく追い出した。


 ジェリーは寝室の扉をカッチリと閉じたあと、部屋を暗くして、コートも脱がずにベッドに横になる。


 ベッドは天蓋つきで、この煤まみれの集落には似つかわしくない豪華さだった。

 マットレスもジェリーが十人くらい横になれそうなほど大きい。

 爽香あらいたてのいい香りで、軽量なジェリーでも身体が見えなくなるほど沈み込む。まるで雲の上にいるかのような柔らかさだった。

 背中に生えた翼が寝る時はジャマかなと思われたが、すぐに気にならなくなる。


 天蓋には星空を模した明かりがあり、うっすらと、朦朧とした光が漂っている。

 アロマも焚かれているのか、ほんのりとした甘い匂いが鼻腔をくすぐり、それがまた意識をぼんやりとさせてくれる。


 そこは、安らぎという点ではこれ以上ないくらいの空間であったが、少年の顔は口の中に苦虫が残っているかのようにしかめっ面のままだった。


 いつの間にか少年の背中にあった翼は消えており、両脇にはその化身のような、ふたりの少女が寄り添っていた。

 いつもの手のひらサイズではなく、人間サイズ。

 一糸まとわぬ幼い肢体を横たえ、まるで少年の身体を奪い合うようにしがみつき、足を絡めあわせている。


 そして……耳元に息がかかるくらいに唇を寄せ、そっと囁いた。


(ジェリーくん)(ジェリーさん)


(ん……? なんだお前ら、まだ起きてたのか)


(はい、なかなか寝付けなくて)


(だから、ちょっとだけお話しようよ)


(ん……ノーチョイスかよ……まぁ、いいぜ、俺も眠れなかったんだ……)


(えっ? ジェリーくん、グッスリ寝て)


 その言葉は途中で遮られる。プルの唇には、ルクの人差し指が当たっていた。


(ジェリーさんのこと、伺わせてください)


(そんな事聞いて、どうするつもりだよ……)


(ジェリーさんのことをもっとよく知れば、お役に立てることもあるかと思いまして)


(そういうことか……まぁ、お前らはボチボチ役に立ってくれたもんな……いいぜ……)


(やった! ジェリーくんってさ、なんで顔だけいつもムスッてしてんの?)


(そりゃ……そのほうがいろいろ便利だからだよ……)


(便利、ですか?)


(俺みたいなチビは、こうやってビビらせてないと、すぐにナメられるからな……)


(誰しも自分を良く見せるために、仮面を被りたがるものです。でもそれはえてしてあっさりと剥がれてしまうものですが、ジェリーさんはそんなことはなくて……徹底されてますよね)


(そうそう、ボクもいろんな子を見て来たけど、こんなに表に出さない子、初めてだよ! ヤクザの子もいたけど、だいたいどっしり構えてるように見せかけてタラ~って汗かいてたりするのに、ジェリーくんはそれすらも全然ないんだ!)


(まぁ、内心はそうじゃないけどな……)


(なにか、顔に出さない訓練でもなさったんですか?)


(訓練ってか、身体が弱くてあんまり運動しなかったせいか、顔に汗をかかない体質になっちまった……あとは『親分は小学生』があったのがデカかったかな……)


(親分……小学生……?)


(ジェリーさんが6歳のころに主演されたドラマですね。視聴率50%を超える大人気ドラマだったとか)


(なんだ、知ってやがったのか……)


(閻魔帳に書いてありました。刺し違えて死んだヤクザの組長と警視総監が、記憶を持ったまま小学生に生まれ変わるという内容で、ジェリーさんの進級にあわせて続編が作られたんですよね。6年間も続く大人気シリーズだったとか)


(閻魔帳ってやつぁ、何でも書いてあるんだな……ああ、その通りだよ……)


(でもそれとジェリーくんがムスッとしてるのって、何か関係があるの?)


(見た目は小学生だが、中身はヤクザの親分って役をやったんだ……いつもムスッとしてて、何事にも動じない性格を演じ続けた……そんなのを毎週、6年間もずっとやってりゃ、そっちが標準にもなるさ……)


(そんなもんかなぁ)


(ヤクザ映画の俳優さんが、本物のヤクザから慕われるという話もあるそうですから……きっとその役を演じるようになってから、まわりから見くびられないようになったんですよね?)


(なーるん、それでムスッとしてることに、味をしめちゃったってわけか)


(その通りだ……。ガキの頃の俺は、気が弱くてな……それで芸能人なんてやってたから、格好のイジメの的だったさ。でも……あのドラマに出るようになってから、まわりの見る目が変わった。俺をイジメてたやつらは、ひと睨みで尻尾を巻いて逃げていきやがった)


(ジェリーさんにとって、初めて手にいれた「武器」というわけですね)


(武器って……どいうこと?)


(人は大人になるまでの間に、自分だけの強み……いわゆる「武器」を見出します。たとえば「勉強ができる」とか「脚が速い」とか「絵が上手い」などです。それが将来に就く職業や、人間関係などに影響するわけです。武器が強ければ強いほど、より良い将来が得られるとされています)


(なーるん! ムスッとしてるのがジェリーくんの武器なんだ! モンスターや大人たちがビビってたから、かなり強い武器ってことだよね!? ルクの言う通りなんだったら、ジェリーくんは前の世界ではかなりイケてたってこと!?)


(どうだろうな……いい事ばっかりでもなかったぜ……あの時は、俺を本当にヤクザの組長に迎え入れようとしたヤツもいたからな……それでつい、裏の世界に片足を突っ込んじまった……)


(それが不祥事を呼び込んで、ドラマは打ち切りになってしまったんですよね。ジェリーさんが片足だけでなく、本格的に裏の世界に入り浸るきっかけになった出来事だそうで)


(え? 不祥事? 不祥事ってなに?)


(…………)


(ねぇ、不祥事ってなに? なに? ジェリーくんっ!)


(……薬物所持だよ……俺ぁ、ハメられちまった……)


(……やくぶつしょじ? はめられた?)


(麻薬を持ってもないのに、持っていることにさせられた……犯罪の濡れ衣を着せられたということです)


(へぇ、よくわかんないけど、大変だったねぇー!)


(なんだ……お前らは……信じてくれるのか……?)


(うん! この状態だと、嘘をつけ……あわわ、えーっと……)


(前の世界の事柄については閻魔帳で把握しておりますので、嘘であればすぐにわかります。それにたとえ嘘だったとしても、わたくしたちには何の影響もありませんので)


(そういうことか……やっぱり、食えねぇヤツらだ)


(でもムカつくねー、ジェリーくんを陥れたヤツ! いったい誰なの!?)


(…………)


(どなたなんですか?)(誰?)


(………………)


(ねぇねぇ、誰っ、誰なの!? ねー! 誰、だれーっ!?)


(……それは……俺の……兄貴だ……)


(えっ)(マジっ!?)

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