02-06
パサリとテーブルに投げ出された五枚のカードに、その場にいる全員が天変地異を目撃したように色を失い、同時にハモった。
「ろ……ロイヤルストレートフラッシュ!?!?!?」
酒場じゅうを、暴風のようなざわめきが駆け抜ける。
「し、しかも、スペードだぞ!?」
「ああっ、ハートが、剣に刺されちまった!」
「ロイヤルストレートフラッシュに、それ以上のロイヤルストレートフラッシュをぶつけて勝つなんて……!」
「なんてヤツだ……奇跡だ……奇跡を起こしやがった……!」
「女の言うとおり、あいつは……いや、あのお方は、本当に、キョクシテンド様……!?」
ゴロは椅子の上で地団駄を踏んでいた。
「ばかなばかなばかな! ばかなっ!! そんなばかなことがあるか!! あってたまるかあっ!! まさか本当に、キョクシテンド……!? いや、あってたまるか、そんなこと!!」
起こったことが受け入れられない駄々っ子のように悔しがる姿を見て、ジェリーはスッキリしないものを感じていた。
しかし周囲が盛り上がっているので、違和感はひとまず置いておいて、最後の詰めにかかる。
「奇跡を目の当たりにしてもまだわからんとは、愚かなり……。俺様こそ紛うことなき、キョクシテンド……!! この世界を治めるために降り立った、神の化身だ……!!」
(うわぁ、ついに自分で名乗っちゃったよ)
(しかしジェリーさん、いつのまに不正をやられてたんですか?)
(いままでの勝負のなかで、ロイヤルストレートフラッシュのタネがあったら、抜き取って袖の下に隠してたんだ)
(なーるん! それで最後にすり替えたんだね!)
(全然気づきませんでした……)
(当たり前だ、俺はプロだぞ)
(すごーい!)
(さすが天才奇術師ですね)
(……でも、なんか妙なんだよな)
(どうしたの? なにかミョーなの?)
(いや、俺はてっきりゴロはイカサマを仕掛けてきたんだと思っていた。それにカウンターを食らわしてやったつもりだったんだが……ゴロと取り巻きたちのリアクションが変なんだ。イカサマで俺の手札を操作したんだとしたら、俺がイカサマをやったものもわかるはずだ。なのにアイツらは、本当の勝負に負けたみたいに悔しがってる。ホラ、見てみろ)
「お……俺は……なんてお方を……相手に……しちまった……ん……だ……」
ゴロは悪い夢にうなされているように、へなへなとへたりこんでいる。
倒れそうになって、部下たちに慌てて支えられていた。
(たしかに、インチキして負けたようには見えないね)
(あの、それでしたら、先程もお知らせしようかと思っていたのですが……この世界には、不正という概念はありませんよ)
(なんだと?)
(ジェリーさんがかつていた世界ではありとあらゆる不正が蔓延しておりましたが、この世界では魔術を尊ぶ精神があり、不思議な力というのは魔術に集約されています。ですので、いわゆる小手先を使った手品やイカサマ、カンニングなどの不正の文化がそもそも存在しないのです)
(なに? ってことは、ゴロはマジで普通にポーカーをやってたってことか!?)
(はい、この世界ではそれが当然のこととされています)
(なに……!? イカサマに免疫が無いんだったら、ヤリ放題、入れ食い状態じゃねぇか……! こりゃ、俺が覇王になるのもそう遠くはなさそうだぜ……!!)
ジェリーは玉座の王のように、荘厳と席を立つ。そして、民衆を掌握するように、両手を広げる。
「この鉱山はたった今、俺様のものとなった……!! さぁ、ひれ伏せ、者どもよ!」
天使と悪魔の翼がはためき、大空の支配者のように広がる。
その食物連鎖の頂点に立つような雄々しい姿に、逆らえる者はいなかった。
酒場にいるすべての者が、ザザッと一斉に床に伏す。
気をよくしたジェリーは、テーブルの上の隷奴札をかき集め、胸いっぱいに抱え上げた。
その状態でさらに演説を続けようとしたが、ひときわ強い横殴りの突風が吹きこんできて、バランスを崩してしまう。
(((あっ!?)))
心の中でハモる、ジェリー、ルク、プル。
「しまった」と思ったときにはもう遅かった。
転びかけて踏ん張ったまでは良かったが、隷奴札をすべて、暖炉の中に投げ込んでしまう。
……一拍おいて、絶叫が爆発した。
「ああーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?!?」
結婚指輪をトイレに流してしまったような悲鳴。あまりの声量に、建物自体が揺れる。
直後、ウソのように静かになり、静寂に包まれた。
鳴っていたのは、良質の燃料を受けたようにパチパチとよく燃える炎の音と、我関せずといった感じで外をびゅうびゅうと吹き抜けていく風の音だけ。
覆いかぶさるような沈黙を跳ねのけたのは、伝説の女騎士だった。
「そ……そうか! わかったぞ! ジェリー様は、私が隷奴札を差し出したときも、お受け取りにならなかった! そしてたった今なされた、権威に砂かけるような大胆なる暴挙……! それが意味するものは、ひとつしかないっ……!!」
女騎士は、何人目かの子供を抱き上げる母親のように、慣れた手つきで少年を抱き上げた。
そのままひょいと肩に乗せてから、さらにまくしたてる。
「隷奴札という、くだらない制度は終わりにすると……!! こんな木片に縛られない、誰もが自由な世界を作ってやると……そうおっしゃってるんだ……!!」
言葉に詰まるジェリーをよそに、勝手な解釈を述べたてるキリーランド。
否定する間もなく、驚嘆と畏怖が混ざりあったような喧騒が巻き起こる。
「す、すげえ……!」
「このギャンブルをやったのは、俺たちを自由にするためだったのか……!?」
「圧倒的に不利なはずなのに、自分の命を賭けてまで挑むとは……なんというお方だ……!!」
「いままでのボスとは、器が違い過ぎる……!!」
「お、俺は、ジェリー様についていくぞ!!」
「俺も、俺もだ! ジェリー様っ! ジェリー様っ!!」
「ジェリー! ジェリー! ジェリー! ジェリー! ジェリーっ!!」
誰からともなく沸き起こる、ジェリーコール。
「フッ、少々手狭で、汚く、むさ苦しいが……ここが俺様の野望の一歩となる地!! そして貴様らは、我が神話の語り手となる、最初の臣民となるのだ!!!」
ジェリーが手をかざすと、ウオオオオオ! と噴火するような熱狂が溢れ出す。
(え? これでよかったの?)(よろしかったのですか?)
(こんなに盛り上がってるのに、いまさら転んだだけなんて言えるか! ちょっと思ってたのとは違うが、この集落は手に入ったんだ、結果オーライだ! このまま、ガンガンのしてってやるぜ……!!)
心の中は半ばヤケ気味だったが、もちろんそれに気づく者は誰もいない。
肩の上の少年は、民衆から誕生日を祝われる謁見台の王のように、民衆を見下ろしていた。
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