02-03

(アメだと!? こんな所でそんなもん食えるか! 俺のイメージが台無しになるわ!)


(食べたい食べたい食べたい!! 食べたい食べたい食べたぁーいっ!!!)


 ジェリーの頭の中に戻ってきたプルは、駄々っ子のように転げ回って暴れた。

 脳が揺れたみたいになって、ジェリーは思わず顔をしかめる。


 食事中だというのにいきなり殺気立った顔になったので、いったい何事かと驚くキリーランド。


(うわっ!? うぜえ!? おいルク、こいつをなんとかしろ!)


(ああ、こうなると止まりません。願いが叶うまではずっとこのままです)


 他人事みたいなルクは、両手で耳を塞ぎ自分だけ難を逃れていた。

 同じようにできればいいのだが、相手が身体の内部にいるので耳を塞いでも意味はない。


 しつけのなってない子供を預かったような気分だった。


(くそっ、ノーチョイスかよ……!)


 ジェリーは心の中で吐き捨てつつ、勢いよく立ち上がってテーブルを離れた。


「あ、あの……ジェリー様?」


 背後からキリーランドの声がしたが、答えずに棚へと向かう。

 キャンディは棚の上のほうにあったので、椅子を踏み台にして手に取ると、側のテーブルから嘲笑が起こった。


 賭けポーカーをしていたふたりの男が大げさに腹を抱えている。


「ギャハハハハハハ! おい、見てみろよ! 坊っちゃんはアメ玉のほうがいいみたいだぜ!」


「しかも手が届かねぇから、椅子にのぼってやがる……! こいつぁ傑作だぜ!」


「坊っちゃんには酒場は早すぎるんじゃねか? あの女のオッパイでも飲んでたほうがいいんじゃねぇのか?」


 ジェリーがゆっくりと振り向くと、片方の男が挑発するように胸を持ち上げる仕草をしていた。

 しかしジェリーは動じない。こんなチンピラは、前の世界にも腐るほどいた。


 対処は野良猫を追い払うより簡単だ。少年の眼力を持ってすれば、この手の輩はひと睨みで沈黙する。

 今回ももちろんそうするつもりであったが、それよりも早く、胸を持ち上げていた男が唐突に視界から消えた。

 男は、横から突っ込んできた車に轢かれたみたいにブッ飛んでいた。


「ぎゃあああああっ!?」


 悲鳴とともにトランプを撒き散らしながら、窓ガラスを突き破って外に飛び出す。

 さらに勢いは衰えず、外に積まれていた樽に突っ込んだ。

 樽はストライクを受けたボーリングのピンのように派手にあたりに散らばった。


 お祭りのように賑やかだった店内は、しんと静まり返る。

 今しがたまで男が座っていた椅子の横には、拳を振り終えたポーズの女騎士が立っていた。


「我が主を、冒涜するのは許さんぞっ!!」


 美白だった顔を赤鬼のように変え、髪を炎のように振り乱して憤怒するキリーランド。


「主への罵詈雑言は、主の盾である我が身に向けよ! この『うつしみの鎧』めがけ、口汚く罵るがいい! さすれば返礼として、映り込んだその顔面に我が鉄拳をくれてやろうぞ!」


 まさに烈震と呼ぶに相応しい、酒場じゅうを揺らすような激情を剥き出しにして、あたりを威嚇する。


 キャンディーを持ったまま、椅子の上から一連の騒動を見下ろしていたジェリー。

 態度は黒幕のように冷徹であったが、内心はドキドキしていた。


(な……何言うてんのアイツ!?)


 驚きのあまり関西弁になっていた。


(さっきまでなんともなかったのに、急に怒ったよ!?)


(きっと、ジェリーさんがからかわれたのが許せなかったんでしょう)


(アイツは単純バカだと思っていたが、どうやら実直で、相当な単純バカのようだな……その方が扱いやすいってもんだが……)


 ジェリーは横目でジロリと、破れた窓の様子を伺う。

 飛ばされた男の姿が確認できないほど、すでに大勢の人だかりができていた。


(くそ、やっぱり騒ぎになってやがる……! マズいな、この集落だと200人はいるぞ……!)


(先程のオークの倍の数ということですね)


(オークにやったみたいに、ウソの魔法で脅かしちゃえばいいんじゃん)


(あれは降り立ったときの派手な爆発があったから効いたんだよ! その前提がない状態でやっても、ただ火を出しただけにしか見えねーよ!)


(うーん、じゃあ、キリーランドちゃんに全部やっつけてもらうってのは?)


(オークは殺しても問題ないってのは聞いたが、人間も大丈夫なのか?)


(酒場のケンカくらいでしたら罪に問われることもないと思いますが……死者を出した場合はお尋ね者になります)


(まぁ、そうだよな……アイツ、加減とかわかってなさそうだよなぁ……ケンカになったら間違って何人かは殺しちまうだろうなぁ……)


 視線を戻すと、キリーランドは「打ち込んでこい」とばかりに胸をドンドコ叩いていた。

 酔っ払った美女がゴリラの真似をしているようにも見えたが、ここまでコケにされて黙っていられないと、男たちは次々と椅子から立ち上がる。


 破れた窓から吹き込んでくる風によって酒場の中はかなり寒いはずなのだが、ジェリー以外は全員頭に血が昇って熱くなっており、気にする者は誰もいない。


(くそ、どいつもこいつもカッカしやがって……! だが、このままケンカさせるわけにはいかねぇっ!)


 ジェリーは咄嗟に、椅子からジャンプした。


「……はぁーっ!!」


 外まで響くほどに声を張りながら、宙を舞う。

 酒場にいる者たちの視線が、窓から覗き込んでいる者たちの視線が、その姿に集まる。


 闇に翔ぶ堕天使のように開いた翼、そして月すらも掴めそうなほどに掲げられた両手。

 このまま窓の外へ出て、大空へはばたいていきそうな迫力があった。


 しかし……特に空を飛ぶこともなく、人並みくらいに滞空したあと、翼とマントをふわりと浮かせながら、そのまま床に降りた。

 衝撃は皆無のはずなのだが、吸収するように三点着地のポーズをとる。


 それは1メトル足らずの高さだったが、まるでビルの屋上から飛び降り、地面に華麗に着地するヒーローのような大仰さであった。

 民衆の前に降り立ったダークヒーローのように注目を集めながら、騒ぎの渦中である店の真ん中へと歩みを進めるジェリー。


(ジェリーくん、敵のど真ん中に突っ込むなんて……)


(いったいどうなさるおつもりですか?)


(まぁ、見てろって……このピンチ……チャンスに変えてやる……!)


 ジェリーは自分を鼓舞するように心の中でつぶやくと、キリーランドの前にある空席に、どすんと腰掛けた。


 そして、目の前の男に向かって言い放つ。


「……なにを突っ立っている? ポーカーの相手がいないのであれば……かわりに俺様が相手をしてやろう」

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