02-02

 たどり着いた集落は、プレハブのような木造の簡素な建物が、大きな岩山に張り付くようにして軒を連ねていた。

 ジェリーは植民地を訪れた将軍のように貫禄たっぷりと、しかし目ざとく周囲を観察する。


(家の数が多い……わりと大きな集落のようだな)


(まわりに石がいっぱいあるのに、建物はぜんぶ木なんだね! なんでだろ!?)


 プルはジェリーの頭のまわりを衛星のように飛び回り、好奇心旺盛にあたりを見回している。


(掘り尽くすと別の場所に移動する鉱山集落なんだろう。木造建築なら簡単に解体と組み立てができるからな)


(おっしゃる通りです。お詳しいんですね)


 ルクは集落には興味がないのか背を向け、ジェリーの方を向いたままプカプカ浮いている。


(これは知識じゃねぇーよ、住んでる奴らを見ればわかることだ)


(住んでる子たちは……なんかオークみたいなのでいっぱいだねぇ)


 行き交う男たちはモンスターではなかったが、むさ苦しさはオークに引けを取らなかった。

 どうやらみな鉱夫のようで、砂埃とススにまみれた筋肉質の身体をタンクトップとワークパンツに包んでいる。

 巨大なツルハシの束を両肩に担いでいる者や、鉱石の詰まったトロッコを押している者がいる。


 作業の手は止めていないものの、誰もがこちらを注目しており、一様に異星人を迎えるような表情を浮かべていた。


(みんなこっち見てるよ、よそ者が珍しいのかなぁ?)


(それもあるんでしょうけど、ジェリーさんとキリーランドさんが異質すぎるんでしょう)


 背中から妙な翼が生えた灰色のコートを羽織る、目つきだけは異様に鋭い背の低い少年。

 輝く鎧を身に纏う、目の覚めるような美貌を持つ大女。


 そんな凸凹デコボココンビが急にやって来たのだから無理もない。

 ジェリーとキリーランドは、男たちの不穏な視線をこれでもかと浴びていた。


 しかしキリーランドは気にする様子もない。

 ひらりと牛から飛び降りると、ジェリーをひょいと抱えて割れ物を扱うように地面に置いた。


「此奴を停めてまいりますので、しばしお待ちを」


 そう言うと、キリーランドは少し離れた所にある停馬場に牛を引いていった。

 場違いな大きさの牛を、他の馬たちを押し退けるようにして繋いでいる。


 その間も、ジェリーは集落をジロジロと品定めする。当然のように鉱夫たちと視線がぶつかり合い、ガンの付け合いになったが、ひと睨みするだけで相手はすぐさま顔をそむけた。


「お待たせしました、ではまいりましょう」


 キリーランドは戻ってくるなりジェリーを我が子ように持ち上げ、また肩の上に乗せる。


(なんか、キリーランドちゃんの肩の上にいるのが当たり前みたいになっちゃったね)


 この大女の肩に座っていると、まるで木の上にいるみたいに視点が高い。

 見晴らしのいい場所にいるみたいに、プルは手をひさしのようにしてあたりを見回していた。


(なぁ、この世界では目上の人間を肩に乗せる風習でもあるのか?)


(わたくしの知るかぎりですが、そんな風習はなかったと思います)


 ジェリーの問いに、ルクは考える素振りもなく即答した。


 建売住宅のように同じデザインの小屋が立ち並ぶ、この集落では大通りに相当する道に足を踏み入れると、酒の看板を掲げる建物を見つけた。


 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 おそらくここが酒場だろうと、キリーランドは両開きの木扉の前に立つ。

 いったんジェリーを肩から降ろし、扉を押し開いて「ささ、どうぞ」とエスコートした。


 ジェリーが建物の中に入ると、安酒のきつい匂いと、肉の焼ける香ばしい匂い、そしてタバコと汗の匂いが出迎えてくれた。


 中は西部劇に出てきそうな酒場だった。奥行きがあり、外観の印象よりも広々としている。

 入り口のすぐ右手にバーカウンターがあり、奥には厨房。左手は客席になっており、4人がけの丸テーブルが何十とある。壁には大きな暖炉がしつらえられていた。


 盛況なようで、テーブルは八割がた埋まっている。

 客は全員鉱夫で、煤まみれの身体も気にせず酒を酌み交わしていた。


 皆すでにできあがっているのか大騒ぎしていたが、ふと入口に壁のような気配を感じ、ちらと見て言葉を失う。

 あれほど賑やかだった酒場内は、火が消えたように静まり返る。


 屈まないと扉をくぐれないほどの巨大な女が、ぬうと入店してきたからだ。

 客たちはしばしその存在感に圧倒されていたが、オマケのようにジェリーに気づき、そのただならぬ眼力に見てはならぬものを見てしまったかのように目をそらした。


 天井の梁に頭が付きそうなほどの巨体だが、絶世の美貌とプロポーション持つ女騎士と……その女に踏み潰されそうなほど身体は小さいが、ゾッとするような目つきの少年……。

 この鉱山によそ者が来るのは珍しいことだったが、ここまで異様な奴らは初めてだ……というざわめきが広がる。


 ジェリーは客たちの好奇の視線をものともせず、客席の奥へと踏み込んでいく。

 店のどん詰まりにある、人もまばらな窓際のテーブルを選び、入口が見える向きの椅子に座った。


 その対面の席につくキリーランド。巨体のうえに鎧なので相当な重量なのか、椅子がミシミシと悲鳴をあげている。

 店員らしきオヤジが無愛想に注文を取りに来たので、


「旨いものを頼む、たっぷりな!」


 と豪快なオーダーを言い放つ。


 客たちは酒宴を再開していたが、時折チラチラとこちらに視線を向け、なにやら話している。

 ジェリーはふと思い立ち、右手で右の耳を塞いでみた。


 すると……長時間の潜水を経て水の上にあがったばかりのように、多くの音が鼓膜を揺らしはじめる。

 客の話し声はもちろん、関節の鳴る音や心音、そして厨房の奥で鉄串に刺さる肉の音まで聞こえてきた。


(あーっ!? もうっ! 教えてないのにやっちゃダメー! またほめてもらおうと思ったのにーっ!)


 とプルの声が響くが、無視して聞き耳を立てる。


「……おい、アイツらいったい何者なんだ?」


「知るかよ、でも女のほうはたまんねぇな!」


「あんないい女、俺ぁ初めて見たぜ! 身体もむっちりしてて……きっとアッチのほうも凄えぞ!」


「でも、すっげえデカくねぇか? 2メトルはあるぞ」


「バカ野郎、だからいいんじゃねーか! あの乳は普通の女じゃありえねえぞ!」


「もうガマンできねぇ、ヤッちまうか……騎士みてぇだが、みんなで襲っちまえばたいしたことねぇさ」


「やめとけ、アイツは多分、ジャント族だぞ」


「ジャント族の騎士か……もしかしてアイツ、『烈震のキリーランドか』!?」


「でもよ、キリーランドは死んだって話だぜ」


「それはただの噂だろ、死体を見た奴はいないって話もあるんだ。あのキリーランドだぞ? 本物を見たことはねぇが、伝説どおりならまだ生きてたって不思議じゃねぇよ」


「伝説の女騎士かぁ……そうなるとますますイイ女に見えてくるな……!」


「そうだ、あの女の隷奴札レイドビルを賭けさせて勝負するってのはどうだ?」


「やめとけ、お前ポーカー弱ぇじゃねーか、それに俺たちの隷奴札はボスが持ってるだろ……それとも隷奴札に釣り合う賭け銭でもあるってのか?」


「あるわけねえだろ、あーあ、ボスならあの女に勝てるかなぁ……そしたらこっちにもマワしてもらえるかも……」


「……あの、ジェリー様っ!?!?」


 目の前のキリーランドが急に大声を出したので内心びっくりして、ジェリーは聞き耳を中断した。

 しかし顔つきは動揺を一切感じさせない。気難しい表情のまま、鋭い眼光だけを向ける。


「あっ、し、失礼しました。あの、料理が来るまで何かお話でもしませんか」


 そんなに睨まなくても……と萎縮するキリーランド。

 ジェリーは話すことなどなかったが、ちょうど気になる話題を耳にした直後だったので、それを振ってみることにした。


「貴様は、隷奴札を持っているのか?」


「あ! そうでした、忘れておりました!」


 聞いてみただけだったが、キリーランドは催促されたと勘違いしたようだった。

 腰につけた布袋から何かを取り出し、両手でうやうやしく差し出してきた。


「こちらになります、どうぞお納めください!」


 それは銭湯にあるロッカーの鍵のような、小さな木の板だった。

 何やら複雑な紋様の入った焼印が押されている。


(……これは、何だ?)


(何だ、ってジェリーくん、知ってて聞いたんじゃないの?)


(それは隷奴札といって、クロッソード島に古くからある手形のようなものです。いまは身分証としてよりも、忠誠を誓う人物に差し出す用途として使われていますね。自分の隷奴札を持っている人物には決して逆らえないとされています)


(そうか、だからキリーランドは俺に差し出してきたのか)


 ジェリーは受け取った隷奴札をしばし眺めたあと、くだらない物と言わんばかりにポイと投げ返した。


「俺様はそんな物に興味はない、それは貴様が持っていろ」


「えっ……隷奴札に……興味がない!?」


 目を丸くするキリーランド。この国の常識ではありえない考え方だった。


 国王は領主たちの隷奴札を持ち、領主たちは統治する土地の代表者の隷奴札を持つ。

 そして代表者は部下たちの隷奴札を持ち、部下たちは妻や子供の隷奴札を持つ……これがこの島のあり方だった。


 隷奴札というのは上下関係を象徴するモノで、これを持たずに人の上に立つことなど不可能とされていた。

 しかしジェリーはその制度を一蹴してみせた。人を統治するのに、そんなモノは必要ないといわんばかりだった。


 その揺るぎない姿勢に、キリーランドは衝撃に近い感動を覚える。


「お……おお……ジェリー様……!」


 また泣きかけるところだったが、店員が運んできた料理をテーブルにドンと置いたので、空腹だった女騎士はそちらに気を奪われてしまう。


 大きな木皿には茹でて潰した芋が山盛りになっており、上から赤くてドロドロのソースがかかっていた。

 さらにその上から、肉の串が生花のように突き刺さっている。


 スライムに溶岩をぶっかけ、トドメに槍をこれでもかと突き刺したようなビジュアルの料理だった。

 ジェリーは見ただけでお腹いっぱいになったような気分になる。


(……これは何て食い物だ)


(マッシュポテトにチリビーンズをかけたものですね。肉はジャーキーにしたものをお酒で戻して焼いたものです)


(美味しそうじゃん! 早く食べようよ!)


 この世界に来て何も口にしていないので、確かに空腹ではあった。

 見た目はマズそうであったが、まわりの鉱夫たちはこれと同じものをごちそうのように頬張っている。


 キリーランドはおあずけをくらった犬のように、ジェリーに熱視線を送っていた。

 主人より先に手をつけるわけにはいかないと、ジェリーが食べるまでガマンしているようだ。


 居心地の悪い凝視から逃れたくて、ジェリーは鉄串を掴んで引き抜き、ままよとばかりに焦げた肉に噛み付いた。片手を添え、まるで肉に口づけするような上品な仕草で。

 それは決死の覚悟ではあったのだが、表情が変わらなかったので誰にも伝わらず、コワモテの美食家が厳しい試食をしているようにしか見えなかった。


(うわぁ、おいしいー!)


 頭の中でプルが真っ先に味の感想を述べていた。


(そうですね、肉を一度干すことにより旨味を凝縮させているようです。塩気の強さを残しているのは、顧客である肉体労働者の好みに合わせているんでしょうね)


 分析するようなルクの感想が続く。


(なんだ、お前らもこの味がわかるのか?)


(はい、ジェリーさんの味覚を通してですが、感じることができます)


(そうなのか……)


(で、ジェリーくんはどうなの? おいしかった?)


(ああ、お前らと同じだ。しっかりした味があって、かなりうまいと思ったよ)


 ジェリーは食べごたえある肉の味に素直な感想を漏らす。心の中だけで。

 表情は依然として変わらない。もし側に料理人いたならば、自信喪失のあまり引退するほどの怖い顔をしていた。


 口に合わなかったのかとキリーランドは一瞬心配したが、二口三口と食べ進めていたので、ひと安心して自分も食事にとりかかる。


 ジェリーにならってまず串を取り、肉の塊にガッと噛み付き、食いちぎるように串から外す。

 肉ひとつは切ってないシュラスコのように大きいのだが、構わずひと飲み、ハムスターみたいに頬をもこもこ動かしながら咀嚼する。


 大好物を頬張る子供のように、赤い瞳を子供のようにキラキラと輝かせて味わったあと、ごくりっ、と喉を鳴らしてひと飲み。

 達してしまったような恍惚の表情を浮かべながら、ほぅ……と心の底から染み出したような感嘆の溜息を漏らす。


 まるで刑務所から出てきたばかりのかつての囚人が、街の食堂で何十年かぶりのカツ丼を前にしたかのような食べっぷり。

 それは、天使と悪魔も見とれるほどであった。


(キリーランドちゃん、すっごくお腹が空いてたんだね)


(それもあるのでしょうが、オークの頃はあまり良いものを召し上がっていなかったのだと思います)


(ああっ、もう肉を食べ終えた、次はマッシュポテトを食べてるよ! おいしそう! ねぇねぇ、ジェリーくん、ボクらもマッシュポテト食べようよ!)


 プルにせがまれ、ジェリーはやれやれ、と半分ほどしか食べてない串を置いた。

 チリビーンズのかかったマッシュポテトを木のスプーンですくいとり、口に運ぶ。


(うん、少し辛いが、こっちもいけるな)


(うわっ、辛っ!? ボクこれダメ! 嫌い!)


(自分が食べたいって言っといて、なんだよそれ)


(だって、こんなに辛いだなんて知らなかったんだもん!)


(わたくしは好きな味です。もっと辛いともっといいですね)


 どうやらプルは辛いものが苦手なようだ。逆にルクは辛いもの好きなのか、さらなる辛さを要求する。


(あの、ジェリーさん、このソースをかければ、もっと美味しくなりますよ。ささ、どうぞ)


 ルクは妖精になったかと思うと、ジェリーの鼻先にキャビンアテンダントのように姿勢正しく浮かんだ。招き入れるような手つきでテーブルの窓際を示している。

 そこには、見るからに辛そうなホットソースの瓶があった。


(えーっ!? まだ辛くするの!? もー信じらんない! ボクいらない! 味覚遮断しちゃう!)


 ふてくされたようにそっぽを向くプル。

 しかしルクにしつこく促され、ジェリーはチリソースに手を伸ばす。


 ふと窓の景色が目に入った。外はすっかり暗くなっている。

 キリーランドの言うとおり、夜になると気温がかなり下がるのか、行き交う人はタンクトップの上から厚いコートを羽織っている。


 酒場内にある暖炉にも、いつの間にか火が焚かれていた。

 作りの悪い暖炉なのか、野焼きのような匂いが店の中にたちこめる。しかしジェリーは他の悪臭が和らいだので、内心喜んでいた。


 プルはずっとフテ寝をしていたが、何かを見つけたのか、「あーっ!!」と突然大声をあげて起き上がった。


(う、うるせーな! 何だよ!?)


(ねえねえ、あれ食べようよ! 口直しに! 食べたい食べたい!)


 妖精になったプルはジェリーの鼻先で、売り切れ必至の大人気オモチャを発見した子供のように取り乱す。

 懸命に指さしていたのは、バーカウンターの隣にある棚だった。


 遠くてよくわからなかったので、ジェリーは右目を塞いでみる。


 拡大した棚の中には、パンやら瓶に入ったシリアルやらが並んでいた。

 どやらここは、ちょっとした食料品も扱っているらしい。


 そして、ひときわ派手な色の、渦巻状のキャンディーもあった。

 むくつけき男たちがたむろする場所には不釣り合いな存在だったが……プルはどうやら、アレを要求しているようだった。

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