01-04
「……ばっ、ばかなっ!? 詠唱なしで魔法を発現させるなど……あ、ありえんっ!?」
ダルシロワの仰天は、フッと鼻であしらわれる。
「この低次元な世界では、そうなのだろうな」
オークたちの河をこえたジェリーは、悠然と岩山の石段を上り、頂点に登りつるところだった。
ダルシロワは玉座に立てかけておいた魔法の杖を、何度も取り落としながらも取り上げる。
震えのおさまらない手つきで、赤い宝石のついた先端をジェリーに向けた。
突きつけられた宝石は、今にも何かを撃ち出しそうに激しく点滅している。
ダルシロワのすぐ側までたどり着いたジェリーは動じることなく「撃ってみろ」とばかりに両手を広げてみせた。
「魔法の早撃ち勝負だ。貴様が呪文を唱え終わるのが先か、俺様が指をひと鳴らしするのが先か……競争といくか」
ダルシロワはうろたえながらも、震える声で呪文の冒頭を口にしはじめる。
ジェリーは余裕たっぷりに右手をあげ、パチン! と指を鳴らした。
途端、フランベのような派手な炎があがる。
ダルシロワは鼻先を炙られ、「ひいっ!?」と顔を押さえてひっくり返った。もはや詠唱する気も失せたようで、縮こまったままただただ震えている。
「どうした……続けろ、辞世の句を……! 恐れることはない……一瞬で消し炭にしてやる……!!」
少年の、灰色の鞘に収められたような色彩の乏しい瞳。それが明るさを増し、銀色に変わった。
眼窩から放たれた光が、虹彩を後光のように変え、瞳孔が抜き身の刃のようにギラリと輝いたのだ。
天使の力か、悪魔の力か……いずれにせよ、この切っ先のような瞳を向けられて、正気を保てる者はいない。
ダルシロワは「ひいいいいいいいいーっ!?!?」とこの世の終わりのような悲鳴をあげた。
尻もちをついたままの床に一面、黄色い水たまりが広がっていく。
少年は、すでに尻尾の切れたトカゲを捕まえたかのように、サディスティックに口元を歪めていた。
もはや、完全に掌中に落ちた。ここぞとばかりに、声量をじょじょに上げていく。
「心配するな、死ぬのは貴様だけではないっ!!! 手下の豚どもも一緒にあの世に送ってやろう!!!!」
ガタガタと震えるトカゲに背を向け、民衆に恐怖政治を強いる王のように威圧的に、炎の拳を掲げた。
腹から絞り出すように、ジェリーはありったけの声を張り上げる。
「そう……ここはたった今から、地獄の窯と化すのだ!!!!!」
呼応するかのように、両腕が激しく燃え上がる。
天井にまで届いたそれは、まさしく業火。裁きを下す、灼熱であった……!
天使と悪魔の翼がはためき、逆立つ毛のようにぶわっと広がる。
夕陽をまとったような黄金色の光を放ち、威風堂々と翼を広げるその姿……!
膨張するシルエットはさながら、黄昏に降り立った、全てを浄化する高潔なる天使……!
はたまた、全てを滅ぼす邪悪な悪魔のようであった……!!
眼下のオークたちが絶叫する。
皆パニックに陥ったように悲鳴とともに逃げ惑い、こけつまろびつ、我先に出口に向かって走りだした。
その様を少年は冷然と、濁流に飲まれるゴミを見送るように眺めている。
脳内では「ははぁ~」と感心したような声が沸きあがっていた。
(なーるん! 手品で出した火でハッタリかますなんて、よく考えたねぇ!)
(そういえば閻魔帳には、幼い頃から子役で手品師をやっていて、天才と呼ばれていたと書いてありましたから……火を出すくらい簡単ですね。昔とった杵柄、というやつでしょうか)
過去のことに触れられ、ジェリーは胸がちくりと痛んだ。
外面は相変わらず冷酷だったが、内面は激しく揺らぐ。悟られないように吐き捨てた。
(……そんなことまで書いてやがるのか……だが、昔のことなんざ、どうでもいいだろう)
(それもそうだね! それよりもさ、ボクたちもよくやったでしょ!? ほめてほめて!)
(お前らは翼を動かしただけだろ、そんなんで役に立ったようなツラすんな)
(ぶーっ!)と不満で頬を膨らませるプル。
ルクは(まぁまぁ、落ち着いて……)となだめる。
(それにしてもジェリーさんの機転、お見事でした。この世界に降り立つなり生命を奪わるのかと思いましたけど、切り抜けられてよかったです)
少年は、外面は無愛想の塊であったが、内面は人並みの感情を持っている。
可憐な美少女にほめられて、あっさり機嫌をなおした。
(ああ、大ピンチだったが、なんとかなりそうだ。ここはロールプレイングゲームみたいな世界っぽいから、凄え魔法使いのフリをすればビビらせられるんじゃないかと思ってな。とはいえ魔法なんて見たことねぇから、前にプルがやってたのを真似してみたんだ)
真似したと聞いて、プルの膨れっ面はしぼんだ。
(へへっ! やっぱりアレはボクの真似だったんだね! しかし、よく火を起こす道具なんて持ってたね!)
(コートの中にいろいろ隠し持ってるみたいですよ)
(へぇー、そうなんだぁ~!)
小さな妖精のルクとプルが、ジェリーのまわりをクルクルとまわり、コートをしげしげと眺めている。
ジェリーはあらかたオークたちがいなくなったことを確認すると、腕の炎を消す。
振り向き、背後に視線を戻すと……そこには情けないポーズのままへたりこむダルシロワがいた。
「これでわかったか? 俺様がピンチかどうかは、俺様が決めることだと」
「わっ、わわわわわ、わかりました……」
「ではついでに、貴様がピンチかどうかも、俺様が決めてやろうか」
死刑宣告のように一方的に告げると、ダルシロワは「いやあああああんっ!!」とトカゲ特有のギョロ目から涙を撒き散らしながら悶えた。
床の黄色い水たまりがさらに範囲を広げていく。
ジェリーが侮蔑のまなざしを向けると、飛沫をあげる勢いで土下座をした。
「おっ、おおおおおお、お許しをっ! なにとぞお許しを……! アナタ様の大いなる力も知らず、ご無礼を働いたことをお許しください……なにとぞ、なにとぞ……
(キョクシテンド? なんだそれ?)
(魔術師の階級のことです。この世界では最上位の魔術師は『マスターメイジ』と呼ばれるのですが、その上にさらに『アークメイジ』という伝説の階級があります。『
(なんだ、ようはコイツは、助かりたいからお世辞を言ってるだけか……)
(でも謝ってるんだから、助けてあげなよ)
(命乞いをしているのですから、ここはきちんと生命を奪ってあげるべきだと思います)
敵に情けをかけるプルと、容赦ないルク。
ここぞという所では、ふたりの意見は分かれるようだ。
(うーん、どうすっかなぁ……)
考えこんでいると、下のほうからガシャンガシャンと鎧の鳴る音がした。
キリーランドが石段をあがり、ジェリーたちの元へと迫ってくる。
一瞥したジェリーは、密かに度肝を抜かれた。
(うわっ、こいつ、でかっ!?)
下のほうで見たときは薄暗く、また倒れ伏していたのでそれほどでもなかったが、間近で見るキリーランドは壁みたいに巨大だった。
ジェリーの頭のてっぺんが、キリーランドの腹あたりの高さだ。
完全に、大人と子供の身長差だった。
(おっきーい!? 育ちきったウドみたい!)
(オークは一般的に大柄ですが、それでも遥かに規格外のサイズですね)
手のひらサイズのルクプルは、巨木を見つけた小鳥のように驚きの声をあげている。
天使と悪魔がいくら囃したててもキリーランドは一瞥もしないので、そもそもジェリー以外の人間には彼女たちの姿が見えないようだ。
ガタイがウリのレスラーのような雌オークはジェリーの前を通り過ぎると、ダルシロワに詰め寄り、ローブの襟を掴んで力任せに引きずり起こす。
「やいやいやいやいっ! どうだ、ダルシロワ!
「わ、わかったわかったわかった! わかりました! す、すぐに! すぐにやります!」
先程までの立場は完全に逆転していた。
ダルシロワはネックハンギンギツリーのように吊り下げられたまま、絞められる鶏のような声で呪文を唱える。
魔法を受けたキリーランドの身体が、炎天下のソフトクリームのように溶け出し、醜い顔がさらに醜く変貌した。
しかし酷さのピークを過ぎたあとは、動画を逆再生しているかのように、人間の容姿に近づいていく。
やがて元の姿を取り戻した伝説の女騎士は、王子のキスで呪いの解けたお姫様のような、真逆の美貌を持っていた。
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