01-02
「ジュ……? ジェ……、ジェリー? そ……そうか……ジュリー……か……! ジェリー……!! 俺たちを殺した者の名……みんな……覚えておいてくれっ……!! ジェリーっ!! ……ぐはっ!」
オークはチェリーとジェリーを聞き違えたうえに、それが名前だと勘違する。
間違った名前をさんざん喧伝した挙句、そのうえ訂正する間も与えず、そのまま事切れてしまう。
少年は、何の感情もないように死にゆくオークを見下ろしていた。
繰り返すが、何があっても顔には出さないのが彼のポリシーである。
心の中では、唾を飛ばすような勢いで怒鳴っていた。
(おっ……おいっ! どーすんだよっ!? お前らのせいで『ジェリー』なんて変な名前になっちまったじゃねーか!! どーしてくれるんだよっ!!)
(本名そのままでないのはちょっと気になりますけど……よろしいのではないでしょうか?)
(うんうん、なんだか美味しそうでいいよね! バーニングなんとかいうのよりはずっとマシだよ!)
間違いを引き起こしたルクとプルは、いくら怒鳴りつけられても悪びれる様子もない。
(そ、そうかな……って、そんなわけあるかっ! くそっ……外なら……外からの刺激なら、地球滅亡を目の当たりにしても動じない自信があるのに……こんな身体の内の刺激なんて初めてだから、どうしてもペースを乱されちまう……!)
(でも、それでも他の方よりはずっと落ち着いていると思いますよ)
(そうそう、ジェリーくんってスゴイね! 着いたばかりだってのに、さっそくこの世界の子たちと話しちゃってるよ!?)
(わたくしたちがお会いしたときもそうでしたから、新しい環境への順応がとても早い方のようですね。現地生物とのコミュニケーションも、その表れでしょう)
人の頭の中で勝手に人の話をするルクとプルを見て、ジェリー少年はかえって冷静になれた。
取り憑いたこいつらにいちいち怒っても何の得もない。むしろ協力を得る方向に仕向けたほうが利口だ……と考えを切り替える。
その考え方だからこそ、新しい環境でも迅速に対応できるのである。
(この世界ってジェリーくんのいた世界とはだいぶ違うと思うんだけど、すごいねぇ!)
(……『初めて』ほど致命的な弱点はないからな)
素直に感心するプルに、ジェリーは悪い気はしなかった。
(生まれたばかりの仔鹿は狼の格好の標的となり、戦場に出たばかりの新兵は老兵に頭を撃ち抜かれる……たとえどんな知らない状況に陥っても、それを悟らせたら終わりだ。だからどんなにビックリしてても、顔にだけは出さないようにしてるんだ)
(わたくしたちに初めて会ったときも、全然驚く様子がなかったのはそういうことなんですね)
(そういうこった。ところで……現地生物って、この転がってる豚みたいな顔したヤツらのことか? どう見ても人間じゃねぇぞ……殺しちゃダメな動物とかじゃないだろうな?)
ジェリーは改めてオークたちを見渡した。こうしている間にも、次々と息絶えている。
今更ながら内心不安になっていたが、表情はゴミを見るかのように一片の容赦も感じさせない。
(えっ、知らないの!? 有名な子たちだよ。えーっとたしか、豚野郎だっけ?)
プルは驚いた様子だったが、自分でもよくわかってないらしい。ルクのほうを見ながら尋ねる。
(……オークですね。この世界では一般的な人型のモンスターです。豚のような顔と身体が特徴で、知能は低いですが力は強いので油断しないでくださいね。あ、殺害しても大丈夫ですよ)
(モンスターだと!? ロールプレイングゲームかよっ!? まさかこんなのばっかで人間がいない世界なんじゃねぇだろうな!?)
(ジェリーさんのおっしゃるとおり、ここは例えるならロールプレイングゲームみたいな世界です。人間とモンスターたちが剣と魔法で覇権をせめぎあっています)
(ジェリーくんの好きな、カワイイ女の子もいっぱいいるよ!)
(そ、そうか、だったら……ってそれなら女がいっぱいいるところからスタートさせろよっ!? なんでモンスターのまっただだ中なんだよっ!? さっきの爆発があれば、人の多い街中とかだったら奇跡を起こしたとか言って新興宗教設立の足がかりに出来たのに!!)
(なーんだ、そういう狙いで『派手になる』メニューを選んだんだね)
(落とす場所はわたくしたちにも選べないんです)
(くそっ……モンスターの住処っぽい洞窟の中からなんて、マイナススタートじゃねぇか……! まずはこの状況をなんとかしねぇとダメなのか……!)
ジェリーの表情は鷹揚な猛禽類のように、鋭く余裕に満ちている。
が、五感は情けないほどにフルに働いており、必死になってあたりの状況を伺っていた。
換気の悪い洞窟内はどんより淀んだ空気に満ちている。
オークたちの体臭のせいで、豚小屋のような悪臭が染み付いているのだが、今はそれに死臭も加わり最悪の環境になりつつあった。
壁にあるかがり火のおかげで、今いる広場のような場所は薄暗いながらも様子はわかる。しかし、光の届かない奥のほうは真っ暗で何があるかわからない。
広場は死体のみかと思われたが、中央あたりには半身を起こした状態の一匹のオークがいた。
他より大きいそのオークだけは、まだ生きているようだった。
キリーランドだ。雄オークたちが図らずとも壁になってくれたおかげで、無傷で済んでいたのだ。
彼女は、星が落ちてきたかのような衝撃と派手さで現れた少年に完全に圧倒されていた。
まさしく彗星のごとき存在で気後れしていたのだが、ごくりと喉を鳴らして覚悟を決めると、おそるおそる声をかけた。
「あ……あの……」
が、ジェリーは聞こえてない様子で顔をそらす。
話しかけられたことに気づいていたのだが、ジェリーはわざと聞こえないフリをしていた。
(おい、なんか、また話しかけられたぞ……。オークってのは話し好きなのか?)
心の中で密かに困惑する。
(オーク自体はそれほど社交性のあるモンスターではないと思うのですが……個体差だと思います)
(ジェリーくんが話しかけやすい顔なんじゃない?)
(そんなわけあるか、前の世界じゃヤクザも避けて通る程だったんだぞ)
(でも、襲いかかられるよりは良いのではないですか?)
(それもそうだな。話し合う余地があるなら俺のフィールドだ。前の世界でもヤクザとは戦う前に決着をつけてきた。それと同じやり方を駆使して、ここを抜け出すしかないか)
ふたりの少女と話しているうちに気持ちの整理がついたのか、ジェリーはだいぶ落ち着きを取り戻していた。
(どうするの?)(どうなさるおつもりですか?)
興味津々のプルとルク。いつのまにか手のひらサイズとなって、ジェリーの左右の肩にちょこんと座っていた。
まるで、悩んだときに出てくる天使と悪魔のような風情だ。
(まあ、見てろって)
ジェリーは心の中でそうつぶやくと、うつむいた。
そして心底失望したように、大きく嘆息する。
「この溜息ほどの力しか行使していなかったのだが……この世界の生き物というのは、こうも脆弱だったとは……」
キリーランドに聞こえるくらいの声量で、独り言をつぶやく。
彼女は純真なのか「あれで……溜息だというのかっ!?」と素直に驚いている。
「あ……あのっ! たのもう、たのもうっ! ジェリー……ジェリー殿っ!!」
キリーランドは少年が何者なのか気になって仕方がなくなり、声量をあげて再び呼びかけた。
ジェリーはここでようやく気づいたフリをする。
キリーランドの方に、獲物を狙う鷲のような眼光を向け、
「……何者だ、貴様」
喉笛に喰らいつくような、ドスの効いた声を浴びせかけた。
猛禽類に襲いかかられた小動物のように、キリーランドは
目と声だけで、こんな重圧を向けてくる人間は初めてだった。
「はっ、し、失礼したっ!」と思わず立ち上がり、王を前にしたかのように直立不動になる。
「わ、我が名は、キリーランド・ソン・ドロワ! 旧パーシアル王国の王室騎士団に所属していた騎士であります!」
ジェリーの目の前で、ハエのように飛び交う天使と悪魔。ふたりの声が頭の中に響く。
(パーシアル王国とは、すこし前に滅亡した小国ですね。たしかヒート族の国だったと思うのですが……)
(でも身につけてる鎧にはパーシアル王国の紋章が入ってるよ。ヒート族の騎士から奪ったのかな?)
(あ、お名前を聞いて思い出しました。キリーランドさんというのは、パーシアル王国にいた伝説の女騎士のことですね。ヒート族の王室騎士団のなかで唯一のジャント族の方で、種族独特の大柄さを活かした豪腕で幾多の武勲をあげたそうです)
(あ、聞いたことある! たしか『レッスンのキリーランド』とかって呼ばれてるんだよね?)
(『烈震のキリーランド』ですね。ですが彼女は王国滅亡と共に行方不明になったそうで、長いあいだ姿を見た者はいないそうです。すでに死亡説が流れているとか……)
人の頭の中で好き勝手に意見を交わすプルとルク。
ジェリーはそれを参考にしつつ、次の言葉を選ぶ。
「……騎士か、ちょうどいい。キリーランドよ、貴様は今日から俺様の
会ったばかりだというのに、いきなり命令されたキリーランドは「えっ?」と面食らう。
(わーお!? 一方的な下僕宣言!)
(この方を下僕になさるのですか?)
(ああ、まわりをよく見てみろ。俺の召喚に巻き込まれたオークの死体のほかに、斬り殺された死体もかなりある。返り血を見るにこのキリーランドがやったんだろう。二つ名が示すように、腕っ節は確かなようだ)
(でもなんで急に、オークを下僕にしたいだなんて思ったの?)
(この状況を脱出し、新たな世界で生きていくためには俺だけのターミネーターが必要だ。コイツはモンスターのようだが、ここから出るための案内役くらいにはなるだろう)
(以前の世界でも、ジェリーさんは用心棒を常に連れてらしたようですね)
(なーるん、それでかぁ。……でもそんなにうまくいくかなぁ?)
(まぁ、見てろって)
ジェリーは渦を巻くブラックホールのような瞳で、キリーランドを見据えた。
「さあ……ひれ伏せ、キリーランドよ。我が片腕としてその身を捧げるのだ」
有無を言わせぬ一方的な隷属命令。さも当然であるかのような口調。
その態度があまりにも自信に満ちていたので、キリーランドはつい「はっ!」と返事しそうになってしまう。
「は……はふっ……! あ、い、いやっ! その前に! 貴殿は高名な魔術師とお見受けした! 我が身体はもともとジャント族だったのだが、国を滅ぼした邪悪なる魔術師にオークに変えられてしまった! ……どうか貴殿の力で、助けていただけまいか!」
ジェリーの重圧に抵抗するかのように、キリーランドは一気にまくし立てた。
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