第4話 中華人民共和国が成立しない


「とりあえず核兵器は開発されなくなったぞ」


 ハカセはこともなげに言った。


「快挙じゃないですか」僕は食いついた。「人類の夢が叶いましたね! どうやったんですか?」


「面倒くさいので、プロイセン帝国の核兵器開発本部になるはずの場所を、ソ連に爆撃させた」

「……」

「核兵器の概念は、今後しばらく発見されることはないだろう」

「そ、そうですか」


 そんなに都合よくいくものだろうか。


「そして結論から言うと、ソ連が大勝利した」

「……まぁ、そこは史実通りですね……?」

「イギリスとフランスも辛勝したが、プロイセンとやりあって力尽きた」

「おう……」

 そこも一応は史実通りか。

「アメリカはどっちかっていうと負けた」

「おう……」

 全然違う。そして立場が微妙だ。

「プロイセン帝国はまるっとソ連に占領されてプロイセン民主共和国になった」

「まるっと」


 ドイツ……否、プロイセンが東西に分かれることはなかったのか。そりゃそうだ、米英仏の足並みが揃っていない上に力不足だったのだから。


「そしてソ連は現在、半端に富国強兵を成し遂げた日本まで手中に収めている。このままだとソ連が──共産圏が強すぎる」

「確かに!」


 対抗馬がいない!!

 戦争に貢献しなかったアメリカの影響力は弱く、イギリスとフランスは混迷しており、日本は既に衛星国で、西ドイツは存在しない。

 終わった……。


「あ」

 僕は一つの可能性に思い至った。

「中国は?」

「良いところに目をつけたな」

 ハカセはまたも得意満面だった。

「戦争終結後、中華民国で内戦が勃発した」

「えっ、あっ、はい」


 そこは律義に勃発するんですね。


「親アメリカ派と親ソ連派に分かれてな。どちらが勝ったと思う?」

「……いや分かりませんよ」

「フフン。おめでとう、ここは1950年の中華民国だ」

「また中華民国ですか。って、あれ?」

「そう、中華人民共和国の成立は阻止され、毛沢東が台湾に逃げた。ソ連への反発が強かった故の結末だな。文化大革命は回避されたぞッ!」

「お、おおぉ」


 何かやたらと難しいが、ハカセの目標はどうやら達成されたようだ。

 そして中国は共産圏ではなくなった、と。

 日本とあべこべじゃないか。


「さてここでアジア情勢を確認しよう」

「あ、はい」

「太平洋戦争が起きなかったので、アジアの多くは未だ欧米列強の支配下にある」

「今ものすごい問題発言をしましたね!? 取り消してください!!」

「インド、ミャンマー、マレーシアなどはイギリス領。インドシナ半島はフランス領だ」

「何で無視するんですか!」


 少しは自重というものを覚えて頂きたい!!


「これらを解放させる国があるとしたらそれは中国だが、内戦で疲弊した中国にそんな力は望めない。しかも中国は求心力に欠ける──アヘン戦争や日清戦争に負けているからな」

「……そういえばそうでしたね」


 日本の歴史をやり直したのは日露戦争からだった。日清戦争には日本は勝っているのだ。


「タイを除く東南アジアに残された道は三つ。このまま英仏の支配下に甘んじるか。それともソ連の衛星国になるか。はたまた第三勢力として力を蓄えるか」

「ふーむ」

「更に西アジア諸国。ユダヤ人迫害が過激化しなかったためにシオニズム運動に拍車がかからず、イスラエル建国が達成されなかった。そのためパレスチナ問題は起こらない。よって西アジア諸国ではアラブ人による英仏からの独立運動が課題となる」

「何だかわけがわからないよ」

「ともかく、アジア諸国が英仏の支配下を疎んじるならば、熱戦を覚悟した方が良いだろうな。まあ今は英仏がボロボロだから、勝ち目が無いわけじゃあない」


 熱戦。

 朝鮮戦争や、ベトナム戦争?

 あれ? でもこれは米ソの代理戦争ではなく、独立運動という形で起こることになるのか。


「ああ、朝鮮戦争は起きないよ。朝鮮半島もソ連の衛星国になっちゃったから」


 聞いてないぞ、そんなこと。


「……やっぱり共産圏が強すぎますね?」


 フフン、とハカセは再びツインテールをバサッと揺らした。


「考えてもみろ、社会主義国家は1905年から存在しているのだぞ? しかも領土が莫迦みたいに広い」

「はい」

 南下政策、成功しちゃいましたもんね。


「さて、このまま共産主義に世界を委ねて良いのだろうか?」

「良くありませんよ! 早くソ連を止めましょう」

「本当に?」

「え?」

「本当に社会主義は悪か? そして資本主義は善なのか?」

「……」


 資本主義は必ずしも善ではない。そういう風潮は、最近、確かにある。でも……。


「私には分からない。誰にも分からない。だが我々は世界の命運を決めねばならない。よってここは……」

「……ここは?」

「コイントスで決める」

「ちょっと待ったァァァ!!!」


 僕が叫んだ頃には、ハカセは硬貨を投げ上げていた。

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