第2話 日本がソ連の衛星国になる


 不思議な民族音楽が聞こえる。聞いたことのある曲だ……そう、僕はこれを知っている。かつて吹奏楽部に所属していたころに演奏した楽曲に、似ている歌声。

 つまり今、アイヌの伝統的な儀式「イオマンテ」が行われている……?


 僕はカプセルの壁から眼下の景色を覗き込んだ。鉢巻などをつけた人たちが輪になって踊っている。


「というわけで、ここは1906年のソビエト連邦アイヌ共和国だ」

 ハカセは言い放った。


「待って待って待って」


 あまりの情報の洪水に僕は大混乱を来した。


「アイヌ共和国ってどういうことです? っていうか、ソビエト? はい?」


「ちなみに日本はソ連の衛星国になっている」


「何で? ……な、何で?」


「日本が日露戦争に負ければ、日本の軍国主義を抑えられると踏んだのだが」


 はいぃ?


「負けたんですか!? 日露戦争」

「惜敗だがな。これで日本が世界中で暴れ回ることはなくなるだろう」

「そんな簡単に行くわけないでしょ。ハカセのその思い切りの良さはどこから来るの?」

「ふむふむ……。どうやらロシア帝国の南下政策は九州にまで及んだようだ」


 無視された。僕はぷうっと頬を膨らました。


「よかったな。九州まで掌握されたということは、博多明太子はロシアの国民食になる可能性が出てきた。ロシア人は魚の卵が好きだしな」

「何を言っているんですか? そして何がよかったんです?」

「そしてその日露戦争の直後、サンクトペテルブルクにて『血の日曜日事件』が勃発。これを契機に革命の気運が高まり、1905年にソビエト連邦が誕生してしまった」

「早すぎない?」


 僕の記憶が確かなら、ロシア革命は第一次世界大戦中に起きたはずだ。サラエボ事件が1914年だから……うん、とにかく早すぎる。


「まあ、早すぎるな。これは誤算だった。そしてなんやかんやあって、日本は、ソ連領アイヌ共和国と、日本共和国、そして琉球共和国の三つに分断された」

「あー……」


 さらっと天皇家が途絶えている……。

 そして何故か琉球が助かっている。緩衝国のような立ち位置なのだろうか。


「大正デモクラシーよりも先に、日本に社会主義が押し寄せてしまったな。わっはっは」

「笑ってる場合ですか! 衛星国って、本当に、笑い事じゃないですって!」

「いいや、むしろこの程度で済んで良かったよ。歴史を明治維新からやり直そうかと何度も考えたのだが、それだと弊害が大きかった。やはり一度は富国強兵を成し遂げる必要があったらしい……」

「む、無茶苦茶だ」

「まあいい、これで大日本帝国の野望は潰えた。次なる敵はスターリンだな」

「ま、まだ続けるの……」

「とりあえずスターリンが権力を掌握するのを防げば良かろう。ようし、トロツキー、お前の出番だ」

「本当にうまくいくんですか、それで?」


 僕はもううんざりしていたが、キュイイイインという耳障りな音は容赦なくカプセルを包み込んだ。

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