歴史改変装置の大暴走

白里りこ

第1話 プロイセン帝国が誕生する


「ハカセー! 大発明に成功するかもって本当?」

「本当だとも」


 ハカセは年に似合わぬツインテールをバサリとなびかせた。


「これから私は一大シミュレーションを実行に移すつもりだよ。この部屋の中へ入ってよく見ておきたまえ」


 と、示されたカプセルの中には、巨大で複雑な謎の機械と、畳と炬燵と蜜柑がセットされていた。

 僕が大人しく炬燵に座り込むと、ハカセは意味のわからないことを言い出した。


「私はこれから歴史を改変する!」


「……」


 僕の頭の中には数えきれないほどのクエスチョンマークが浮かんだが、ハカセの奇行は今に始まったことではない。

 とりあえず僕は一番気になることを訪ねた。


「何のためにそんなことを?」

「平和のためにだよ」

 ハカセは自信満々だった。

「私は日本軍による南京大虐殺を防止し、アメリカ軍による原爆投下も防止する。スターリンによる大粛清を止め、毛沢東の文化大革命も止めてみせるのだ」

「なんだかよくわかんねーけどすごいですネー」

「手始めに、ナチスによるホロコーストを止めてみせる。これで救われる命は六十万人は下らないぞ!」

「……本当に大丈夫かなあ? それで本当に正解なんですか? 軽率すぎやしませんか? 何かひどいことが起きるんじゃ──」


 僕の心配を他所に、ハカセは赤いボタンを拳でドンと叩いた。


「時空転換装置起動」

「あーあ」


 僕の溜息は、キュイイイインという不思議な起動音によって掻き消された。


 そして、辺りの景色が一変した。

 僕とハカセの乗った透明なカプセルは、石畳の古風な街並みの上空にポカンと浮かんでいた。


「ドイツ帝国の成立の阻止に成功した!」


 ハカセは仁王立ちして、声高に言った。

 僕は炬燵の布団を握りしめ、唖然として言った。


「何でまたそんなことを……」

「代わってプロイセン帝国が誕生してしまったがな!!」


 はい?


「プロイセン帝国?」

「ここは1871年のプロイセン帝国だ! 実にめでたいな!」

「めでたいんですか? というかここは日本ではないんですか?」

「時空転換装置だからな。時代も場所も好きなところへ飛ぶことができる」

「はあ……」


 いつものことながら、ハカセの実験はとんでもない。


「そもそも私はナチスの火種は、ドイツ統一運動の頃に生まれたと見ている」

「ドイツ統一運動……」

「ドイツにおいてナショナリズムと軍国主義が合体したのは、ビスマルクらによるものだからな。これ即ちナチスのはしりだ」

「よくわかんないや」

「よって1871年にドイツ帝国が成立することを阻止し、代わりにドイツ連邦を作ってやろうと考えたのだが……。ちと匙加減を間違えた。ナショナリズムがややひしゃげた」

「ひしゃ……? それって大丈夫なの?」

「分からん。とにかく、ドイツ民族の結束がやや薄れ、結果としてプロイセン帝国が出来上がってしまった」

「もう一回聞くけど、それ大丈夫なの?」

「まぁ様子を見てみよう。次だ」

「え、まだやるの」

「時空転換装置起動」

「あー」


 僕の嘆息は、またしても起動音に掻き消された。

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