第16話 運動
「ぜぇ…ぜぇ…なんで…こんな…こと…しなくちゃ…いけないんだ!」
「お兄ちゃん、ファイト!」
俺はチアリーディングのコスプレをした妖精姿のアベルに応援されながら、研究室の広い室内をグルグル周回して走っている。
息は絶え絶え。胸が痛い。足も重い。苦しい。もうダメ…。
クラス全員で実習を行った後、終わったぁと安心していたら、体育の授業として10分間走をしろ、とミクルが命令をしてきたのだ。
なんで走らないといけないんだ! 俺は運動が苦手だ! 運動音痴だ! ミクルの鬼! 悪魔! だから男ができないんだ!
「
「あ゛ん? なんかイラッとした。カイン、殴っていいか?」
「もう殴ってる! 口より先に手が出てるから!」
頭が割れるように痛い。ミクルの拳骨が突き刺さった。うぅ…。
俺はヨロヨロと走り続ける。吐きそう。
隣には、俺と同じく死にそうな顔をして走るヴァイオエレナ皇女がいる。今にも倒れそう。でも、何とか走っている。走るたびにバインッバインッと大きな胸が弾んでいるが、今の俺に眺める余裕はない。走ることで精一杯だ。
アベルは宙を飛んで俺を応援しながら、ヴァイオエレナ皇女の弾む胸を凝視している。羨ましい!
運動が苦手の俺とヴァイオエレナ皇女が最下位を走っている。その後ろを、ジャージ姿のミクルが笛を吹きながら走っている。
「ピッピッピッピ! 足を止めてはダメですよ」
女教師の口調に戻ったミクルが背後から声をかけてくる。笛の音が少しうるさい。
「ファイト! ファイト! お兄ちゃんファイト!」
黄色いポンポンを振りながら応援してくれるアベルは可愛い。とても嬉しい。でも、少しは俺のことを見てくれないかな? 視線がヴァイオエレナ皇女の胸に固定されていますよ。
「ヴィエナちゃんもファイト!」
「はぁ…はぁ……はい…」
ヴァイオエレナ皇女はネガティブになる余裕もないらしい。息を荒げながら小さく頷いた。
運動する女性って艶めかしくてエロいよね。身体は火照ってるし、甘い汗もかいてるし、何より息遣いが厭らしい! そう思うのは俺だけかな?
「フレーフレー! お兄ちゃん! 頑張れ頑張れお兄ちゃん! 負けるな負けるなお兄ちゃん!」
「ぜぇ…ぜぇ…」
「フレーフレー! ヴィエナちゃん! 頑張れ頑張れヴィエナちゃん! 弾め弾めおっぱいちゃん!」
「はぁ…はぁ…」
もう俺たちは答える気力もツッコむ元気もない。ただひたすらに脚を動かす。
走り始めてから何分経った? 八分? 九分? もうそろそろ十分経つから終わりでしょ?
「残り八分です!」
猫を被ったミクルの無情な声が響き渡る。
「ぜぇ…ぜぇ…嘘ぉ…だぁろぉ…」
「はぁ…はぁ…これはぁ…死に…ます…」
まだ二分しか経っていないのか!? 残り八分だなんて俺たちは死んじゃうぞ!
歩くよりも遅いペースで走る俺とヴァイオエレナ皇女を、次々とクラスメイト達が追い抜いていく。もう何度目だろうか。何回追い抜かれただろうか。
「ほらほら! 頑張りなさい、
「頑張って!」
紅い髪の美女、クレア皇女と金髪碧眼のイケメン、ルイ王子がトップを爆走しながら、追い抜くたびに声をかけてくれる。でも、俺とヴァイオエレナ皇女には答える元気はない。
呼吸困難になりながら走り続ける。
「ぜぇ…ぜぇ…なんで…走らないと…いけないんだぁ…!」
「はぁ…はぁ…知らない…ですぅ…!」
「研究に夢中になると、身体を動かすことを忘れてしまいます。寝食ですら忘れます。運動不足にならないために、本学園では体育の授業が定期的に行われます。理由はわかりましたか?」
ミクル先生が女教師の真面目な口調で答えた。彼女の素を知る俺からすると、吹き出しそうになるくらいおかしい口調なんだけど、今は笑う余裕がない。
「はぁ…はぁ…はいですぅ…」
「ぜぇ…ぜぇ…ふ、不老は…成長…しない…」
「おや。確かに、普通の不老はどれだけ運動しても成長しません。しかし、カインは成長しますよね?」
「ぜぇ…ぜぇ…するよ、こんちくしょう!」
「なら、頑張って走ってください。速く走る必要はありません。自分のペースでいいのです」
わかってるよ! ミクルは、足は止めるな、とは言っても、一回も、速く走れ、って言ってないからな!
でも、運動が苦手な俺にとっては、走ること自体が苦痛だ。これ、歩いたほうが速くないか?
「ぜぇ…ぜぇ…これ…歩いたほうが…」
「体力がつかないので、どれだけ遅くても走ってください」
「ぜぇ…ぜぇ…急に運動…すると…身体を壊す…」
「いざという時は魔法で治します」
「ぜぇ…ぜぇ…死ぬ…」
「死ね!」
「ぜぇ…ぜぇ…酷くない!?」
ミクルが酷い! 素に戻って罵倒してきた! いつものことだけど!
無言で走るよりも、こうやって少し喋って走ったほうが時間が経つのが早い気がする。
「フレーフレーお兄ちゃん! 頑張れ頑張れヴィエナちゃん!」
「ぜぇ…ぜぇ…もうダメ…」
「はぁ…はぁ…死にます…」
「残り七分!」
まださっきから一分しか経ってないの!? まだ七分も走らないといけないの!?
あぁ…俺…もう無理…運動…嫌…大っ嫌い…。
アベルの応援もあり、死にそうになりながら走り続けた俺とヴァイオエレナ皇女は、何とか完走することができた。そして、同時に死体のように床に倒れ伏した。
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