第13話 悪魔憑き

 

 ピシッとしたスーツ姿の女教師のコスプレをしたミクルが、クイっと伊達メガネを上げる。

 生徒たちをゆっくりと見渡し、授業を始める。


「本日は、ホームルームを行います。オリエンテーションなので、肩の力を抜いてくださいね」


 緊張気味の生徒たちにニコッと微笑みかける。

 男子たちが頬を赤くし、ミクルの大きな胸を凝視する。

 俺は笑いが堪えきれない。このミクルのキャラがおかしすぎる。猫を被りすぎ。二重人格か!?


「ぶふっ!」

「くふっ!」


 思わず噴き出した俺とアベルの頭にゴツンと拳骨が落ちる。

 くぉ~! ったぁ~い! 頭が割れるぅ~!

 俺とアベルは現在ミクルの隣で正座している。だから、ミクルは俺たちにいつでも拳骨を落とすことができるのだ。

 ミクルは俺たちに拳骨を落としたことなどなかったフリをして、授業を進めていく。


「まずは皆さん。昨日悪魔を召喚し、魔書を受け取ったかと思われますが、ソルシエ・ソルシエール、と呼ばれる私たち悪魔憑きは、魔法使いとは大きく異なります。何名かは経験したことでしょう。魔力暴走を」


 何名かの生徒たちが顔を青ざめたり、視線を逸らしたりする。

 クレア皇女は視線を逸らしていた。


「悪魔憑きは、大きな力を手に入れる分、暴走をしやすいです。特に、大きな感情の変化があった場合には。怒り、恐怖、絶望。これらの負の感情は暴走しやすいです。例としては、さっき暴走しかけたこの馬鹿ですね」


 ミクル先生。馬鹿、のところを強調させないでください。そして、また拳骨を落とさないでください。とても痛いですから。たんこぶができそう。


「感情を捨てろ、なんて言いません。感情を爆発させても魔力を制御する術を学べばよいのです」


 でも、こればかりは自分で制御の仕方を学ぶしかないんだよなぁ。完全に制御するのは俺やミクルでも無理。逆に戦いでは制御せずに力を解放したほうが良いこともある。


「では、本日から皆さんには魔力制御を学んでいただきます。それと同時に、悪魔の名付けを目指していただきます。名付けとは、文字通り悪魔に名前を付けることです。現在の皆さんは悪魔憑きの仮免許を与えられたようなものです。悪魔に名前を付けて初めて本当の悪魔憑きとなります」


 俺が昨日クレア皇女にチラッと言った話だ。悪魔に名前を付けることで契約者と認められる。

 魔書を受け取っても、名付け前はほとんどの力を封印されている状態なのだ。


「先生! どうすればちゃんと名前を付けることができるのでしょうか?」


 クレア皇女が手を挙げて質問した。

 彼女の傍に居る悪魔にはプロミネンスという仮の名前を付けたが、名付けはまだできないと言われたのだ。


「クレア・ローゼンヴェルグさんですね。良い質問です。皆さん、手元に《魔術書スペルブック》を取り出してください」


 生徒たちが自分の《魔術書スペルブック》を握る。人によって様々な魔書だ。

 俺も一応鎖で封印された禍々しい漆黒の魔書を取り出す。


「悪魔から与えられた力ある書物。《魔術書スペルブック》ですね。皆さんに合ったテーマが記されています。名付けのためには、その《魔術書スペルブック》の題名を知ってください。その時になれば魔書の名前が思い浮かぶはずです」


 まあ簡単に言うと、魔書の題名を知ったら名付けができるということだ。

 悪魔や魔書に認められたから題名がわかる。題名がわかったから悪魔や魔書を従えることができる。どっちなのか俺でもわからない。世の中にはわからないことだらけだ。


「魔書の題名を知り、悪魔に名付けを行う。それでやっと正式な悪魔憑きとなります。その後は各自で魔導を極めるために研究を行ってください」

「魔導を極めると、魔書も進化しますよね、ミクル先生?」


 イケメンのルイ王子が白い歯を輝かせながら質問した。

 教師コスプレのミクルは、伊達メガネをクイっとあげ、レンズを光らせながら頷いた。

 ぶふっと吹き出した俺とアベルに強烈な拳骨が落ちる。


「その通りです。今、皆さんが持つ《魔術書スペルブック》。これは呪文が記されています。次は《魔法書マジックブック》。魔法の法則や真理が記されています。法則や真理を操る状態ですね。そして、最終段階の《魔導書グリモワール》。この段階になれば魔法の法則や真理を自ら導き作り出すことができます。《魔導書グリモワール》を手にしたら魔導を極めたと言っても良いでしょう」


 生徒たちが興奮する。やはり悪魔憑きの卵たちだ。未知への探求心が旺盛だ。

 イケメン王子がまた手を挙げて質問する。


「魔書を進化させるためにはどうすればよいでしょうか?」

「膨大な知識と経験です。時間も必要でしょう。普通の悪魔憑きなら死ぬ前に《魔法書マジックブック》を手にするかしないか、くらいですね」

「しかし、《魔導書グリモワール》を持つ悪魔憑きは世界中にいますよね?」

「ええ。数は限りなく少ないですが。実は、魔書を進化させるもう一つの方法があります。間違った知識を得る前に教えておきましょうか」


 ミクルが何やら手に持ったタブレット端末を操作する。研究室の中が少し暗くなり、無機質な白い壁に映像が映る。映画みたいだ。


「これが、間違った方法を行った悪魔憑きの末路です」


 映像には二人の人物が映し出されていた。

 皮と骨になったミイラのような男。そしてもう一人は、首から下が存在しない顔だけの女性だ。女性は目を見開き、口はだらしなく開いて固まっている。

 静止画かと思ったが、瞳がギョロリと動く。

 生徒たちに動揺が走り、悲鳴が上がる。


「魔書を進化させるもう一つの方法、それは生贄です。生贄を捧げることで強制的に進化させることができます。自分自身の何か。他人の命。それらを代償とする禁忌の方法です。まあ、悪魔との契約の代償で何かを支払わねばならないこともありますが」


 ゴクリと誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。生徒たちは怯えながらも映像から目を離せない。


「進化には大量の命が必要になります。しかし、近親者を生贄に捧げると数が少なくて済みます。遥か昔には、親や兄妹と子供を作り、生贄に捧げるということも行われました」


 生徒たちの顔が少しずつ青くなる。そんな彼らにミクルは淡々と説明し、質問する。


「悪魔憑きになると誰もが考えることがあります。それが何かわかりますか?」


 しばらく悩んだ生徒たちの中からボソッと正解が呟かれる。


「………不死」

「正解です。画面に映る悪魔憑きは不死になりたくて、自分の死を悪魔に捧げました。その結果、彼らは死を奪われました」


 生徒たち全員が理解したようだ。顔が青から白くなる。


「彼らは死ぬことができません。これは、リアルタイム映像です」


 ミクルが憐れそうに画面の悪魔憑きを眺める。

 生きているようには見えないミイラ男。時々瞳だけがギョロリと動く顔だけの女性。死という安らぎを自ら放棄した憐れな悪魔憑きの末路だ。

 不老不死を願う人間は多いが、俺からすると死ねるというのは幸せなことだ。知り合いや最愛の人が死んでいく。精神が狂う。どうやっても死ぬことができない。精神が死んでも身体は永遠に生き続ける。


「ミイラのような悪魔憑きソルシエは、死のみを捧げ不老を忘れていました。その結果、身体が年老いてこのような状態になっています。首だけの悪魔憑きソルシエールは、不老不死を願いました。しかし、不老。すなわち成長しません。回復もしません。生きることに耐えきれなくなった彼女は、あらゆることを試して死のうとしました。最後には首を切って。でも、彼女は死ねませんでした。今なお首だけで生き続けています」


 不老不死を行いたいのなら、大雑把にしてはいけない。事細かく悪魔と契約を交わさねばならない。怪我をしたら再生する、精神が壊れないようにする、肌をピチピチに保つ、女性だったら子供は作れるようにする、などなど。それを怠れば、彼らのような生きた屍となる。

 教師のコスプレをしたミクルがメガネをクイっとあげる。


「自分自身を生贄に捧げるのは、まあ許しましょう。自分のことですので。しかし、他人を生贄に捧げようとした場合は重大な罪になります。祓魔師エクソシストがあなた方を捕らえに行くでしょう。死ねないから安心だ、などと思わないことです。世の中には不死者を懲らしめる方法がたくさんあると述べておきます」


 ニコッと輝く笑顔を浮かべるミクル。生徒たちは絶対に他人を生贄にしようとは思わないだろう。美しい笑顔なのに恐怖と圧力を感じた。

 俺とアベルはぶふっと吹き出してしまい、瞳が笑っていない笑顔のミクルの強烈な拳骨をもらった。

 うぅ~痛いです。


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