第12話 イケメン

 

「本当にあり得ないわ! あり得ないあり得ないあり得なーい!」


 紅い髪を三つ編みハーフアップにしたクレア皇女が、プンプン怒って文句を言い続けている。時々、怒りに燃える紅い瞳で俺をキッと睨みつけてくる。

 彼女が怒っている原因は、俺と一緒のベッドに寝ていたから。俺が連れ込んだと思っているらしい。何もしていないのに…。

 紅炎プロミネンスを噴き出す燃える炎のドレスを纏った美女の契約悪魔を引き連れ、クレア皇女は腕を組みながら学園の廊下を堂々と歩く。

 俺の頬には真っ赤な手形がつき、ヒリヒリと痛みを訴えてくる。痛い。泣きそう。


「俺、何もしてないんですけど…」


 妖精姿のアベルにナデナデされながら、怒気を振りまくクレア皇女にボソボソと反論する。

 クレア皇女が燃える灼熱の殺気をぶつけてきた。


「なに? 私が自分で下僕げぼくのベッドに潜り込んだとでも言うつもり? この私が?」

「そうとしか考えられないんですけど…」

「あ゛?」

「すんませんでした! 俺が悪いっす!」


 思わずチャラ男の幸平の口癖になってしまった。それくらいクレア皇女の睨みは怖かった。ガクガクブルブル。恐ろしや。

 俺たちは学園の廊下を歩く。今日は研究室でホームルームが行われる予定なのだ。オリエンテーションと言ってもいいだろう。

 同じ方向に進むクラスメイトたちの注目を集めながら練り歩く。

 妖精姿のアベルがフワフワと宙を飛んで、クレア皇女の肩にフワリと着地した。


「ねぇクレアちゃん? 夢遊病とか寝相が悪いって言われたことない?」

「ギクッ!?」


 …………なんだ今のギクッという声は。それに、クレア皇女の身体がビクンと跳ねたんですけど。冷や汗も見える。

 あれほど睨みつけてきたのに、今は一切目を合わせようとしない。


「クレア・ローゼンヴェルグ皇女殿下? 少しお話を聞いてもよろしいですか?」

「よ、よろしくなくてよ!」

「……言葉遣いがおかしくなってるぞ」


 実にわかりやすい反応だ。誤魔化す気があるのだろうか?

 クレア皇女は耳まで赤くして、恥ずかしそうにぷいっと顔を逸らした。


「うっさいわね。侍女たちから多少寝相が悪いって言われたくらいよ」

「クレアちゃん、具体的な例を述べよ!」

「……掛け布団を蹴り飛ばすとか、ネグリジェを脱ぐとか、ベッドで寝たはずなのに起きたら何故か隣の部屋のソファで寝てたりとか…。夜に寝ぼけてお花を摘みに行ったら、別の場所で寝ちゃうのよ! 悪い!?」

「悪くないぞ。逆にありだな!」

「ありだね!」

「何がありなのよ!?」


 ちょっと抜けてたりダメダメなところがある女性が俺は大好きなのです!

 やはりクレア皇女を揶揄うのは楽しい。反応が可愛すぎる。

 飛んで戻ってきたアベルとハイタッチを交わす。

 ということは、今朝俺のベッドに潜り込んだのも寝ぼけたクレア皇女によるものだったのか。また明日もよろしくお願いします! 出来ればネグリジェを脱いでください!

 俺たちがクレア皇女を揶揄っていると、研究室に到着した。

 研究室というよりは体育館、いや訓練場のようだ。

 魔法耐性がある白い壁に覆われた無機質な広い空間。的のような物が置いてある。

 目を凝らしてみると、壁にも床にも天井にもびっしりと魔法陣が刻まれていた。何十にも防御結界が張り巡らされている。魔力吸収に分散、防御結界、結界内のダメージ軽減、その他いろいろ。数えるのが面倒な程の魔法が施されている。

 ほうほう。地脈だけではなく、この空間で使用した魔力を吸収して魔法を維持しているのか。なるほどな。これは効率的だ。

 クラスメイトはもう既に大勢集まっていた。そのほとんどが何故か俺たちを凝視している。


「何だ? みんなは何を見てるんだ?」

「寝込みを襲って返り討ちにあった変態の頬についた手形じゃないかしら?」

「俺は寝込みなんか襲ってない! クレア皇女がベッドに潜り込んできたんだろ!」

「ち、違うわよ! 証拠はあるのかしら!?」


 俺たちはキッと睨み合う。クレア皇女の紅い瞳はとても美しい。


「君たち、というよりは、君たちが連れているものに興味があるんじゃないかな?」


 少し高めの甘い声が聞こえてきた。声がした方向を振り向くと、白い歯をキラーンと輝かせてイケメンスマイルを浮かべる王子様がいた。

 光り輝くイケメンの騎士。瞳は綺麗な碧眼。男にしては長い金髪を小さく一つ結びにしている。それがムカつくほど似合う超絶のイケメンだ。

 きゃー、と周囲の女性たちが黄色い歓声を上げて目をハートにしている。


「ちっ!」


 思わず舌打ちが漏れる。唾を吐かなかっただけありがたく思え。

 イケメン王子は俺の舌打ちに嫌がることなく、むしろ嬉しそうに瞳を輝かせた。

 男にしては綺麗でほっそりとした手で、俺の手を包み込む。


「いい…君はすごくいいよ! ぜひボクの友達に…いや、親友になってくれ!」

「断る!」

「刹那の拒否!? やはり素晴らしい! ボクの誘いを断ったのは君が初めてだよ!」


 ますます嬉しそうにキラキラと瞳を輝かせる王子様。超至近距離にまで詰め寄ってきた。傍から見たら抱きついているみたい。ふわっと甘い香りが漂ってくる。

 俺には男色の趣味はない。他をあたってくれ。

 そして、周囲の女性諸君。これはこれであり、という腐った悲鳴を上げるのを止めろ! 鼻血を拭け!

 俺は乱暴に王子の手を振り解く。


「離れろ!」

「あぁんっ♡ つれないなぁ。でも、そういう所も素敵だよ」


 男なのに無駄に可愛らしい嬌声を上げるな! ウィンクもするな!

 イケメン王子が爽やかな笑顔を浮かべて手を差し出してきた。


「ボクはルイーツァリ・ワルキューレ・カヴァリエーレ。ルイって呼んでくれ、我が友カインくん!」

「誰が友達だ!」


 差し出された手をペチッと叩いた。それなのにルイ王子は嬉しそうだ。男色だけじゃなくМっ気もあるのか?

 碧眼が紅眼に視線を向ける。


「君もよろしく、クレア殿下」

「ええ、よろしく。ルイーツァリ殿下」


 クレア皇女が優雅に一礼した。俺はそのことに驚愕する。


「クレア皇女がお姫様してるだと!?」

「私はれっきとしたお姫様よ! ちゃんとしないと国際問題なの!」


 バコンと頭を叩かれた。痛い。ちゃんとしたのは一瞬だったな。

 俺たちのやり取りをルイ王子が羨望の眼差しをしながらクスクスと笑った。

 ルイ王子が馴れ馴れしく俺の肩に腕を回してくる。ふわっと香る甘い匂いと、男にしては柔らかくてほっそりとした身体を感じる。


「で、話を戻すけど、ボクも含めて君たちに注目していたのは、そちらのお嬢さんたちを連れているからだよ。カインくんは昨日も連れてたけど、君たちの契約悪魔だよね?」


 ルイ王子が俺とクレア皇女の契約悪魔を見つめる。

 アベルが笑顔でピースサインをして、プロミネンスという仮の名前を付けられた紅の美女が優雅に一礼する。アベルがイケメンに笑顔を浮かべるなんて珍しい。フワフワと飛んでルイ王子の顔の前でホバリングする。


「ほうほう。なるほどねぇ~。そういうことなんだぁ~」

「よろしくね、妖精のお嬢さん」

「よろしく~!」

「何だと!? アベルが寝取られたぁ~!」


 俺は絶望に打ちひしがれる。膝から崩れ落ち、四つん這いになって血の涙を流す。

 アベルがぁ~! 俺のアベルがぁ~! あはは……世界を滅ぼそうかな…。

 身体から禍々しい漆黒の魔力が噴き出す。膨大な魔力で防御結界が悲鳴を上げる。


「きゃっ!? なによこれ!?」

「カインくん!?」

「うわっちゃぁ! やっちゃった。お兄ちゃん正気に戻って!」

「あはははは…! キャハハハハハハ!」


 アベルのいない世界なんて意味がない。世界なんか滅んでしまえ!

 俺が世界に絶望し、滅ぼしかけたその瞬間、鋭い声が響いた。


「いい加減にしろ! カイン! 喰らえ、餓狼ガロ!」


 巨大な黒い狼が出現し、俺の魔力を荒々しく喰い尽くして飲み干していく。

 そして、黒髪の美女が目の前に現れ、音速を越える拳が俺の頭に突き刺さった。

 バッコーンという轟音が轟いた。

 俺は床に転がり、猛烈な痛みで頭を押さえてのたうち回る。


「くぉぉぉおおおおおおおお! なにすんだミクル!」

「こっちのセリフだ、馬鹿カイン! 世界を滅ぼそうとするな! アベルもふざけるのは大概にしろ!」


 いつの間にか少女の姿になったアベルの頭にミクルが拳骨を落とす。


「くぉぉぉおおおおおおおお! ったぁ~~~い!」


 アベルの俺の横でのたうち回る。

 涙目のアベルと視線が合った。


「お兄ちゃん。私はお兄ちゃん一筋なんだよ。私のお兄ちゃんへの愛ブラコンを嘗めないでよね!」

「……そうだったな。ごめんよ」


 俺はアベルを抱きしめる。綺麗な白い髪を撫でて、黒い目と血のように紅い虹彩を至近距離で見つめる。

 キスしようとゆっくりと顔を近づけている途中で、上から鋭い怒声が降ってきた。


「だ~か~ら~! いい加減にしろって言ってるだろうが!」


 俺たちは、ミクルの美脚によって蹴り飛ばされた。

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