第8話 悪魔の顕現

 

 俺はクレア皇女にルームメイトとして何とか受け入れられた。下僕になってしまったけど。

 でも、こんな美人と一緒の部屋に住むことができるなんてラッキー! 任務に来てよかった。


「クレア皇女はどうする? 俺たち、先にお風呂に入ったけど。お風呂入る? それともご飯?」

「ダメだよ、お兄ちゃん。そんな聞き方じゃ!」


 なんかアベルにダメ出しされた。どこがダメだったのだろう?

 妖精姿のアベルは、ふわりと宙を舞うと、クレア皇女の顔の前で止まった。


「クレアちゃん。ご飯にする? お風呂にする? それとも、お・に・い・ちゃ・ん♡」


 なん…だと!? 一度は言ってみたいセリフじゃないか。俺は絶好のシチュエーションを逃してしまったのか!?

 あれっ? 女性が言うセリフだっけ? まあ、細かいことはどうでもいいか。

 クレア皇女は、プルプルと震えて何やら悔しがっている。


「くっ! こんな場所でそのセリフを聞くなんて…」

「おろっ?」

「言うなら玄関で言いなさいよ!」


 そこ? 気にするところはそこですか!? 場所の問題!?

 やはりクレア皇女は日本の文化に詳しいようだ。同人誌も読んでいるみたいだからな。


「おぉー! クレアちゃんわかってるぅ~! でも、日本のお約束は日々進化しているのです!」

「そ、そうなの!?」


 クレア皇女殿下? それほど衝撃を受ける場面じゃないからね? アベルが適当に言っているだけだからね? 真面目に受け取らないほうがいいと思いますよ。


「さっきの言葉も、ご飯を食べた後にお兄ちゃんに食べられちゃう、お風呂でお兄ちゃんに食べられちゃう、今すぐお兄ちゃんに食べられちゃう、という隠れた意味が存在するのです! クレアちゃんはどれを選らぶ?」

「くっ! 私は食べられちゃう選択肢しかないじゃない!」


 だから皇女殿下? アベルは揶揄っているだけだからね?

 でも、何故満更でもなさそうなの?


「アベルさーん。いい加減にしてくださーい。クレア皇女も冗談だとわかってくださーい」

「ちっ! 良いところだったのに!」


 アベルが残念そうに舌打ちし、クレア皇女は紅い瞳をキョトンと瞬かせる。


「えっ? 冗談? で、でも、ドゥージンシィでは…」

「同人誌は創作だから。現実じゃないから」

「…………や、やっぱり? そんなのわかってたわよ! (もう…侍女たちったら。全部嘘じゃない!)」


 クレア皇女のわかりやすい言い訳。紅い目が泳いでいる。

 ボソッと聞こえた侍女という言葉。国では、侍女からそういう知識を吹き込まれていたらしい。

 その侍女たちの気持ちはよくわかる。クレア皇女は、ツンとした雰囲気だったけど、中身はポンコツだ。ギャップ萌えする。侍女たちも密かに揶揄って遊んで愛でているらしい。

 勘違いを指摘されて恥ずかしそうなクレア皇女は、ぷいっと顔を逸らした。


「私はご飯が食べたいわ」

「へーい。じゃあ、準備するなー」

「準備って、まさか私を食べる気!? 不潔よ! この変態!」

ちげぇーよ、むっつりスケベのポンコツ皇女! 普通に夕食の準備だ!」

「むっつり!? ポンコツ!? 今、私のことをむっつりスケベのポンコツって言ったわね! 下僕げぼくの分際で」

「ご飯を食べたい人は座ってくださーい」

「はーい!」

「無視しないでよ!」


 アベルが元気よく返事をして、妖精の姿から美女の姿になって、無事だった椅子に座った。

 無視されたむっつりスケベのポンコツ皇女も、ギャンギャン騒ぎながら席に座る。

 揶揄うのが楽しい。全ての反応が可愛すぎる。これからも適度に揶揄って愛でよう。

 俺はテキパキと夕食の準備を行う。

 そんな中、落ち着いたクレア皇女がアベルに目を向ける。


「そう言えば、貴女は悪魔なのよね?」

「んみゅ? そうだよー。怖~い悪魔だよぉ。ぐへへへへ」

「あぁー。そういうのはいいから。貴女はどうして大きくなれるの? というか、何故普通に顕現して行動しているの?」


 ふざけるアベルを適当にあしらった皇女は、ジロジロとアベルを眺める。


「なんでって言われても、契約者が許せば普通に出来るよ? 悪魔にもよるけど、大半の悪魔は喋れるし、ご飯も食べれるし、寝るよ。クレアちゃんも呼び出してみたら?」

「で、でも」

「ご飯を四人分作っちゃったから出来れば呼んでくれ。そんな不安そうにしなくても、悪魔にお願いしたらたぶん大丈夫だぞ。魔書を取り出して願ってみるんだ。周りに影響が出ず、ご飯が食べられる姿で出て来てくださいって。命令でもいいけど」

「わ、わかったわ」


 少し怯えた様子で頷いたクレア皇女は、手に赤い魔書を出現させる。中を開くことなく、表紙に手を当てて願う。すると、魔書から炎が迸った。

 紅炎プロミネンスが噴き出し、それがクレア皇女の横に集まっていく。

 先ほどの魔力暴走を思い出したクレア皇女が顔を真っ青にさせる。

 慌てて制御しようとするが、俺は安心させるように彼女の肩に手を置いた。


「大丈夫。落ち着いて。悪魔が顕現しているだけだ」


 炎が集まり、人の姿を形成していく。

 燃える炎の真紅のドレスを纏った美女。ドレスから紅炎プロミネンスが噴き出す。

 ボディラインがはっきりとわかり、ボンキュッボンの豊満な身体だ。

 紅い長い髪に紅い瞳。顔はとても美しい。

 クレア皇女によく似ている。大人っぽくさせて、慈愛の優しい笑みを浮かべさせた感じだ。

 最後に、ピンク色の花の炎が舞い散った。あれは…カーネーション?


「…………お母様」


 クレア皇女が顕現した自分の悪魔を見て、呆然と呟いた。


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