第7話 下僕
「えっ? えぇっ!?」
クレア皇女が紅い瞳を瞬かせたまま、混乱から立ち直らない。
頬を朱に染めて、潤んだ瞳でチラチラと睨んでくる。
そんなに俺の顔が怖かったのかな。確かに瞳は鋭いけどさ。
「な、なんでジャパニーズオタクみたいな格好をしているの? (…勿体ない)」
「ほっほぅ! クレアちゃんはこっち側なんだね?」
妖精姿のアベルが、何かを小さく呟いたクレア皇女の顔の前で、ヒュンヒュンと楽しそうに飛び回っている。
「アベル。こっち側ってどっち側だ?」
「お兄ちゃんの素顔を見た人の反応は二種類に分かれるのです! 恐怖か好意か。クレアちゃんは後者だったみたいだね。どうクレアちゃん? お兄ちゃんの素顔は、格好良くてゾクゾクして体の奥底が刺激されて感じちゃって気持ちいいでしょ?」
「そ、そう……そんなことないんだけど!」
クレア皇女が顔を真っ赤にしながら否定する。
アベルよ。本当に楽しそうだな。でも、それは絶対にないだろ? クレア皇女だって俺を見たくないのか顔を逸らしたし。
妖精のアベルが頭を抱えながら俺の顔の前に飛んできて停止した。
「はぁ~お兄ちゃんって自己評価が低いんだから」
自己評価が低いって言われても、自分の素顔を鏡で見るたびにびっくりするくらい鋭い瞳なんだぞ。何度夜中にびっくりして悲鳴をあげそうになったことか。もはやホラーだよホラー。
俺のことなんかどうでもいい。まずは、クレア皇女のことだ。
「クレア皇女? 身体は大丈夫か? 違和感とか痛みとかないか?」
治癒の魔法をかけたし、焼け爛れて乱れた魔力回路も修復しておいた。何もないと思うんだけど。
クレア皇女はハッとして、自分の身体をペチペチと触り出す。
「大丈夫みたい」
「それならよかった」
普通なら、魔力を暴走させたら身体の魔力回路が修復するまで魔法は使えなくなる。後遺症が残ったりもする。
今回は対処法を知っている俺がいたからよかったものの、あのままならクレア皇女は爆発して死んでいた。力が強すぎるのも考え物だ。
もじもじとしていたクレア皇女が急に勢いよく頭を下げた。
「あ、あの、ごめんなさい! そして、助けてくれてありがとうございました」
「ふぇ?」
頭を下げて謝罪したりお礼を言うとは思っていなくて、思わず変な声が出てしまった。
一国の皇女が頭を下げるとはな。我儘だと有名だったけど、本当は違うのかもしれない。
「我儘皇女が頭を下げるとは思わなかった」
「違う国に来てまで好き放題しないわよ」
ぷいっと拗ねた様子で顔を逸らしたクレア皇女。
やっぱり根は違うみたいだ。可愛らしい反応に笑いが漏れ出てしまう。
「気にしなくていいさ。ルームメイトだろ?」
「私はまだ認めていないのだけど」
ありゃま。まだ認められていないのね、俺。
それもそうか。普通、見知らぬ男と一緒の部屋に住むなんてできないよな。
どうしようかな。ミクルの部屋にでも転がり込もうかな。あいつちゃんと部屋を綺麗にしてるのか? 絶対してないな。今度掃除しに行こう。
「クレアちゃんは料理洗濯掃除、家事って出来る?」
「で、出来るわよ!」
「でも、お部屋はぐちゃぐちゃだったよ。お兄ちゃんが片付けたけど」
「うぅ…」
その可愛らしい反応からすると、絶対にできないな。
俺はこういうダメダメな女性に弱いんです。可愛がって甘やかしたくなる。
周りからは女誑しのオカンって言われるけど。
「お兄ちゃんのことは、召使とかハウスキーパーと思えばいいんじゃない? 勝手にやってくれるよ?」
「う~ん…そうね…私の
「ぜひならせてください!」
「即答するの!?」
こんな美人とルームシェアできるなら下僕くらい喜んでなってやるぞ!
ドン引きされているようだが俺は気にしない。それに…。
「「目指せ! 主従逆転プレイ!」」
いえーい、とアベルとハイタッチをする。
「なんてものを目指してるのよ!」
ツンとして人を寄せ付けない印象だったクレア皇女は、揶揄ってみるととても可愛い。新しいおもちゃを見つけてしまった。揶揄って遊ぼう。アベルも気に入ったみたいだ。
でも、クレアさんや? 顔が満更でもなさそうなのは何故かな?
「身の危険を感じるから、やっぱりさっきの言葉を無しにしていい?」
「俺は下僕になったのに…」
「一国の姫が簡単に言葉を撤回するの? ダメだよぉー。自分の言葉に責任取らないと」
俺は、よよよ、と泣く真似をして、アベルは俺を優しく撫でながら、ニヤニヤとクレア皇女を問い詰める。
チラッチラッと視線を向ける。
「……あぁもう! わかったわよ! 下僕にでも何でもなって、ルームシェアしなさいよ! その代わり、私の身の回りのことも全部してちょうだい!」
よっしゃ! アベルと一緒に問い詰めた甲斐があった。言質取ったぜ。
クレア皇女は押しに弱いところもあるらしい。
でも、言葉に気をつけないと、大変なことになるぞ。
アベルがニヤニヤとクレア皇女を揶揄う。
「下僕にでも何でもって、じゃあ恋人や愛人になるのもありってこと?」
「ないわよ!」
「身の回りのことは、お風呂で体を洗うこととか、着替えの手伝いとか、おトイレとか、夜の生活も含まれる?」
「含まれない! なんでそんな風に捉えるのよ」
「だって、曖昧に言ったのはクレアちゃんだよ?」
「うぅ…そうね。確かに今のは私が悪い」
クレア皇女が疲れたように項垂れる。
アベルは楽しそうに、イヒヒッ、と笑いながらクルクルと飛び回っている。
国で今の言葉を言ったら、大変なことになっただろう。アベルと同じような考えを思いつくのは絶対にいる。そこからつけ込まれてしまうはずだ。
地位が高くなればなるほど、言葉には気をつけなければならない。
姫なんて面倒な地位だよなぁ。昼ドラ並みにドロドロしてそう。
まあ、ここは普通の学園だから、それほど気をつける必要はないけど。
出来れば、部屋の中くらいは素でいて欲しい。そのほうが可愛い。
「では、改めてよろしく! 俺はクレア皇女の下僕となった
「私はアベルだよ~」
はぁ、とため息をついたクレア皇女が雰囲気を変える。
皇女の美しさと威厳と風格と傲慢さを放ち、軽く膝を曲げて優雅に一礼する。
「私はローゼンヴェルグ皇国皇位継承権第一位クレア・ローゼンヴェルグ。今日からアンタのご主人様よ。わかったわね、
皇女モードは名前を言う一瞬だけだった。とても綺麗だったのに、ちょっと残念。
すぐに我儘皇女に戻って、俺をビシッと指をさした。
素の皇女のほうがとても可愛くて綺麗だと思ったのは俺だけの秘密。
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