第5話 ルームメイト

 

 ホームルームが終わった俺たち新入生は自由時間となった。自己紹介をして友達を作る者、コネを作るために権力者のクラスメイトに擦り寄る者、イケメン王子に群がる者、さっさと教室を出て学園の施設を確認する者など様々だった。

 俺とアベルはのんびりと学園を歩き回っていた。妖精姿のアベルは俺の肩に座って一歩も歩いていないけど。

 結界は綻びがないか、人気のない場所はどこか、などお仕事のためにあらゆる情報を頭に入れた。

 確認が終わった俺たちは、トボトボと寮へと向かう。

 ずっと思っていた文句がついつい口から漏れてしまう。


「全くミクルのやつ…何が悪魔憑きにふさわしい方法だ。ただのくじ引きじゃないか」


 寮の同室者を決めるとき、ミクルはドヤ顔をしながら決める方法を提案したのだ。

 くじ引きと言った瞬間、生徒たちがポカーンとなったのは言うまでもない。

 生徒たちはミクルに反論する気もなく、くじ引きで同室者を決めた。

 肩に座っていたアベルが飛び上がって、ふわりと宙を舞う。


「でも、確率論も究めるべき立派な魔導だよ?」

「それはそうなんだけど…」


 だから表立って言えないんだ。せめてくじ引きじゃなくてあみだくじに…結局同じか!

 そうこうしているうちに、俺の部屋の前に到着した。ドアノブを回して中に入る。


「こんにちはー」

「やっほー!」


 一応声をかけないとね。ルームメイトがいるかもしれないし。

 洗面所やお風呂やトイレのドアがある廊下を抜けると、リビングに繋がっていた。

 ルームメイトの人物が備え付けのソファに座っている。

 紅い髪を三つ編みハーフアップにした気が強そうな少女。ローゼンヴェルグ皇国の我儘皇女。クレア・ローゼンヴェルグだ。くじ引きの結果、彼女が俺のルームメイトになった。

 鋭い紅い瞳を燃やし、俺たちを睨みつけてくる。


「俺は楽園らくぞのカイン」

「私はお兄ちゃんの契約悪魔のアベル!」

「「今日からよろしく!」」

「断固拒否するわ!」

「「なんでっ!?」」


 クレア皇女の刹那の拒否に、俺とアベルはガーンとショックを受ける。

 背後にちゃんと『ガーン』という文字も浮かび上がらせるオマケつき。

 結構高度な技なのですよ。どやぁ。

 でも、クレア皇女には俺たちのギャグが伝わらない。


「何故皇女である高貴な私がアンタみたいなジャパニーズオタクと一緒に住まないといけないの?」

「そう言われても、くじで決まったことだし」


 それに、ジャパニーズオタクを嘗めるな!

 オタクやアニメは日本が誇るべき文化なのだ!


「なんでルームメイトがよりにもよってアンタみたいな男なのよ」

「それは俺じゃなくて、世界中の国のお偉いさんに言ってくれ。この学園を創設したマッドな悪魔憑き達にでもいいけど」

「ソルシエとソルシエールの間に生まれた子供は悪魔憑きになりやすいからね~。積極的に子供を作って欲しいって言うお偉いさんの考えなんだよ。実際、毎年何人か妊娠してるし、結婚するルームメイトも多いみたいだし」


 アベルがニヤニヤと欲深い笑みを浮かべている。

 実に悪魔らしい。でも、とても可愛い。

 危機感を覚えたクレア皇女がバッと自分の身体を抱きしめ、俺から距離を取ろうとする。


「や、止めて! この高貴な私に欲望の限りを尽くすつもりね! 無理やり迫って、拘束して、めてねぶって揉んで揉みしだいて、私のファーストキスも純潔も無理やり奪うつもりなのね! 貴方の大きな男性器で私を一気に貫いて犯しつくして、私の身体の中にも外にも精を放出してドロドロになっちゃうの! 嫌がる私に毎晩毎晩襲い掛かり、調教して、最初は嫌がるけどだんだん快楽に溺れて、最終的に私は堕ちちゃって、ご主人様の子供を妊娠するの! あの薄い本みたいに! エロドゥージンシィみたいに!」


 あ、あれっ? クレア皇女殿下? 何故そんなに顔を赤らめて興奮して、満更でもなさそうなの? むしろ、ちょっと期待顔なんだけど。気が強そうだったけど、そういうキャラ? 最後にご主人様って言っちゃってるし。

 俺はアベルとコソコソと話し合う。


「なあ、アベル。もしかして、もしかしてなのか?」

「そうじゃない? 王族ってしがらみが多いから変人になるって聞くけど、この子はドМさん?」

「無理やり系が好きなマゾだな。それに同人誌。オタクか?」

「オタクだね。それもエロエロの。18歳じゃないよね? それなのに18禁を読んでるよ。見た目はツンツンしてるのにね」

「「だけどそのギャップがいい!」」

「何がいいのよ!」


 おっと。思わず声が大きくなってしまったようだ。

 クレア皇女の紅い瞳が俺たちを睨んでいる。

 もう興奮は治まって、ツンと気が強い雰囲気を漂わせている。


「えーっと…俺も住んでいいってことでオーケー?」

「何故そうなるのよ! アンタの住む部屋はないわ」

「でも、寝室は二つあるよー」


 アベルがいつの間にかリビングにあった寝室のドアを開けている。寝室は二部屋あった。

 一つの部屋にはクレア皇女の荷物が運び込まれていた。

 整理整頓しようとした跡がある。でも、ぐちゃぐちゃだ。衣服が床に散乱し、下着もチラホラと見える。

 ほうほう。意外と過激なものを身につけていらっしゃるようで。

 俺はしっかりと記憶して、見なかったフリをする。


「そこは私が二つとも使うの。アンタはベランダか廊下で寝なさい」

「えぇー! 横暴だ! 我儘だ! 噂の我儘皇女だ!」

「………本人の目の前で言うとは良い度胸じゃない。多少の無礼は目を瞑っていたのに」


 ブワッと怒りのオーラがまき散らされる。熱く燃える紅の魔力が可視化し、部屋の温度が急上昇する。陽炎が揺らぐ。

 クレア皇女は炎の系統の悪魔憑きとなったため、ちょっとした感情の変化で炎の概念の現象が引き起こされるのだ。

 慌てて止めようとするが、動揺したクレア皇女は制御に失敗する。

 体内で荒れ狂う灼熱の魔力が暴れまわって爆発する。彼女の内側から焼き尽くす。


「あぁぁあああああああああああああ!」


 絶叫するクレア皇女の身体から紅炎プロミネンスが噴き出す。

 家具が一瞬で炭になって崩れ落ちる。

 クレア皇女の身体が太陽のように輝き始めた。魔力暴発の危険な兆候だ。

 今の彼女は一種の爆弾と同じ。制御を外れた灼熱の魔力は、クレア皇女の身体を内側から吹き飛ばし、周囲一帯も消し飛ばすだろう。


「に、逃げて!」


 懸命に歯を食いしばって魔力を抑えながら、俺に必死に叫ぶ。

 へぇ。こんな状況でも俺を気にするのか。我儘皇女として有名だけど、根は優しそうだ。何か理由があるのかな?

 さてさて。才能ある悪魔憑きの卵を導くのも先輩の役目かな。可愛い子を放っておけないし、彼女は俺の護衛対象。死なせるわけにはいかない。

 俺は鎖で覆われた禍々しい漆黒の魔書を出現させる。俺が命じると、鎖の封印が弾け飛んだ。魔書のページがパラパラと捲れる。


「《禁縛の鎖レージング》」


 虚空から出現した鉄の鎖がクレア皇女の身体に絡みつく。魔力を無効化する捕縛の鎖だ。これで身体からの過剰な魔力放出は抑えられた。

 俺は鎖で雁字搦めにされたクレア皇女の熱い額に触れる。


「クレア皇女。ゆっくりと深呼吸をするんだ。吐く息と一緒にゆっくりと魔力を放出するイメージで」


 クレア皇女は身体の灼熱の痛みと熱さを我慢しながら、俺の言葉に素直に従って、ゆっくりと深呼吸を始めた。

 俺は彼女の体内の魔力を操作して、暴発を防ぐ。


「そうだ。その調子。ゆっくりと落ち着いて。もう大丈夫だから」


 ゆっくりゆっくりと体内の昂った魔力を静めていく。

 これは森林火災と一緒だ。激しく燃え上がるが、沈静化には時間がかかる。

 俺が補佐したこともあって、しばらくすると、クレア皇女は落ち着いた。


「もう大丈夫。ゆっくりとお休み」


 疲れ果てたクレア皇女はほとんど意識がない。癒しの魔法をかけると同時に、睡眠の魔法をかける。

 絡みつかせた鎖は必要ない。《禁縛の鎖レージング》と魔書を消失させる。


「お兄ちゃーん! 寝かせられるようにベッドをあけたよ」

「サンキューアベル」


 クレア皇女の身体を魔法で宙に浮かせて寝室へと運んだ。

 アベルはベッドの上の荷物を適当に放り捨てただけ。家事ができないから仕方がない。

 スヤスヤと気持ちよく眠るクレア皇女をベッドに寝かせ、お駄賃として可愛い寝顔を脳内に保存する。


「この子すっごいねぇ~! 流石王族。魔力量が多いねぇ~」

「そうだな。才能もあるし、魔導を極められるかもな」


 部屋の中の魔力量が物凄いことになっている。彼女の魔力は熱くて荒々しい。部屋の中は灼熱地獄だ。防御結界に罅が入って軋んでいる。


「《吸収アブソーブ》」


 俺の手のひらに出現した黒い球体が空気中の魔力を吸収する。

 瞬く間に部屋の中が正常に戻った。手のひらの黒い球体を握りつぶす。


「アベル。この子のことを看ててくれるか?」

「りょーかーい。任せなさーい! 悪戯してもいい?」

「今日はダーメ」

「ほーい!」


 妖精の姿が大きくなって、普段の少女の姿になったアベルがベッドに座る。

 頼もしい悪魔だ。後でご褒美をあげよう。


「さてと。俺は部屋を片付けますか」


 焼け焦げたリビング。炭になったり灰になったりした家具。ぐちゃぐちゃのクレア皇女の荷物。やることは沢山だ。

 俺は気合を入れて、足元に散らかっているクレア皇女の服を拾い上げた。

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