第4話 担任教師

 

 教壇に立った生真面目そうなスーツ姿の女性が教室を見渡して話し始める。


「このクラスの担任となった美弥みやミクルです。よろしくお願いします」


 長身で黒髪ロング。胸は白シャツのボタンが弾け飛びそうなほど大きい。スタイル抜群の女性教師だ。

 男子生徒たちが鼻を伸ばして、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 若い美女だからな。その気持ちはよくわかるぞ、お年頃の青少年諸君。


「まずは、セラエノ図書館学園に入学おめでとうございます。本学園には入学式は存在しませんので、学園長に代わって述べさせていただきます」


 このセラエノ図書館学園には、日本に代々伝わる長くて退屈な入学式など存在しないのだ。万歳!

 世界基準に合わせたというのが表向きの理由だが、本当は『そんな面倒臭いことやってられるか! そんな無駄な時間を過ごすより研究させろ!』と教員を担当する悪魔憑きたちが全員声を上げ、入学式を行わないことに決定したのだ。

 本当に感謝したい。悪魔憑きたちが自分勝手でよかった。


「今日は学園の説明を行い、明日から本格的に学園生活が始まります」


 ミクル先生が電子黒板を操作して、学園の説明のわかりやすいスライドショーを流し始めた。


「本学園には至る所に言語翻訳の魔法陣が描かれているので、意思疎通は問題ありません。日本語でしゃべっている私の声は皆さんに伝わっていると思います」


 生徒たちは深く頷いた。

 様々な言語を扱う世界各国から多くの生徒が集まるのだ。

 翻訳の魔法は昔から研究されており、対策はばっちりだ。

 ミクル先生は満足そうに頷き、説明の続きを行う。


「本学園には研究室がいくつも存在します。研究室とは、強固な防御結界が施された演習場のような場所です。研究室なら魔書を展開し、自由に各自の研究を行って構いません。皆さんの魔書に記された魔導を極めてください」


 電子画面に出された学園の建物の多くの場所が赤く強調されている。

 おそらく、そこが研究室なのだろう。とてもたくさんある。学園の半分以上の場所が研究室だ。


「ですが、注意事項があります。絶対に研究室の使用予約を取ってください。そして、一年生の間は一人では研究を行わないでください。毎年必ず死者が出るので」


 先生がサラッと述べたが、この学園では毎年毎年死者が出る。魔力を暴発させたり、研究に失敗して命を落とす。魔導を極めるのは非常に危険な行為なのだ。


「研究室の防御結界は、先ほど悪魔召喚に使用したものよりも遙かに強固となっています。壊れる心配はありませんのでご安心を。そう言えば、今年は防御結界を破壊した入学生がいるとか…」


 クラスメイト達が一斉に俺のほうを向く。俺とアベルはニコッと笑って仲良くピースサインをした。

 担任のミクル先生も皆の視線を追って、俺を見つける。そして、驚愕で目を見開いた。


「はぁっ!?」


 口がパクパクしていて間抜け面になった。

 俺とアベルは先生に向かって笑顔で手を振る。

 ハッと我に返ったミクル先生の姿が教壇から消え去った。次の瞬間には、俺の目の前に出現する。超高速で移動したのだ。


「何故お前がここにいる!」

「ぐぇっ!」


 俺の胸元を片手で掴まれ、そのまま持ち上げられる。

 片手で持ち上げるとか、馬鹿力だなぁ。それに、折角作っていた生真面目な先生キャラが崩壊しているぞ。ガサツで荒々しくなってるぞ。

 というか苦しい。助けて。


「答えろ! 何故お前がここにいる! カイン!」

「ミクルちゃ~ん。お兄ちゃんの首が締まって答えられないよ」

「おっと。そうだな。アベルの言う通りだな」


 と口では謝りつつも、俺の首が直接掴まれて馬鹿力で握りつぶされる。

 気管が、頸動脈が締まるぅ~。押しつぶされちゃうぅ~。死んじゃうよぉ~。

 あっ、マジでヤバい。死ぬ。本当に死ぬ。苦しい。助けて!

 ギブアップを要求したら、死ぬ直前、本当にギリギリのところで解放してくれた。

 咳き込んで、肺に空気を送り込む。あぁ~死ぬかと思った。


「ちっ! 死ね!」


 そんなに冷たい瞳で睨まないでよ。怖いなぁ。折角の美人が台無しだぞ。

 彼女、美弥ミクルは、この学園を守護するために派遣されている《使徒アポストル》のメンバーだ。序列は第三位。日本で三番目に強い祓魔師エクソシストだ。

 まさかとは思ったが、ミクルが俺の担任になるとはなぁ。

 背の高い美女の全身をゆっくりと上から下まで眺める。


「な、なんだよ!」

「センセー! 俺は生徒ですよー! 口調がさっきと変わってますよー」


 ちっ、とニヤニヤ顔の俺に聞こえるくらい小さく舌打ちしたミクルは、コホンと咳払いして先生モードになった。

 初めて見る彼女の姿なので、俺とアベルは揶揄いの笑みを隠せない。


楽園らくぞのカイン。後で私の部屋に来なさい」

「おおっ!? もしかして、もしかすると、生徒と教師の禁断の関係になっちゃう!? お兄ちゃん! 覚悟しておいたほうがいいよ!」

「なんだとっ!? とても興奮するシチュエーションではないか! だからいつもの服じゃなくて先生のコスプレをしているんだな! 伊達メガネもかけてるし!」

「ぐへへ…これは覗くしかありませぬなぁ~」

「ぐへへ…据え膳を喰らうしかないですなぁ~」

「二人とも。遺言はそれでいいのか? いいよな?」


 アベルとコソコソ話で盛り上がって、目の前にミクルがいることを忘れていた。

 ニッコリと綺麗な笑顔を浮かべているが、目は一切笑っていない。冷たい怒りを宿している。

 いつの間にか彼女の手には、全てを飲み込みそうな口と尖った歯が並んだ禍々しい魔書が握られている。

 魔導の極致に到達した《使徒アポストル》序列第三位様の《魔導書グリモワール》だ。

 開いていないにもかかわらず、濃密な妖気と魔力が溢れ出している。

 あはっ、と妖艶に微笑んだミクルが《魔導書グリモワール》の一ページを開いた瞬間、彼女の身体から爆発的な魔力が放たれた。

 周囲の生徒たちが机や椅子ごと吹き飛ばされていく。

 教室に敷かれた強固な防御結界が一瞬にして砕け散った。

 魔法は一切使っていない。抑えていた魔力の枷を解放しただけだ。本気ではない。なのにこの威力。流石日本で三番目に強い祓魔師エクソシストだ。


「センセー! 周りのことを考えてくださーい!」

「そうだそうだー! ミクルちゃんは先生なんだよー!」

「ちっ!」


 本当に残念そうに荒々しく舌打ちをしたミクルは、パタンと魔書を閉じて魔力を抑えた。

 冷たく燃えた瞳で、あとで覚えておけ、と睨まれる。おぉー怖い。

 生真面目な先生モードに戻ったミクルは、魔書を消失させてクルリと俺に背を向けると、生徒たちの恐怖と畏怖の視線を集めながら、スタスタと教壇に歩いて行った。

 電子黒板の前に立ったミクル先生は、今までの出来事がなかったかのようにニコッと微笑んだ。口調も元の美人教師に戻っている。


「すみません。知り合いの馬鹿がいましたので、少し気が緩んでしまいました」


 二重人格と疑うくらいの性格と雰囲気の変貌。女性ってみんなこうなのかな?

 少しどころじゃなかったけど、というクラスメイト達の心の声が聞こえてきそうだ。

 ミクル先生が指揮者のように華麗に腕を振るうと、散乱した教室内が元に戻っていく。生徒たちの身体も浮き、ふわりと椅子に着席させられる。

 俺はバレないように教室の防御結界を張り直した。普通にやっても悪魔憑きとなったばかりの生徒たちにはバレないだろう。オマケで前よりも強くさせておきました。

 ミクル先生は全てなかったことにして、説明の続きをするらしい。


「では、説明を続けていきます。本学園では、授業というものはほとんど存在していません。各自で勉強や研究を行っていきます。全員で行う授業は体育と、時々行われるホームルームくらいです。後は全部ご自由に。ほとんどの施設が二十四時間利用可能ですし、私たち教員も質問されれば答えます」


 初耳だ、と生徒たちが驚いている。


「人からさせられる、人の模倣では魔導の極致になど到達できません。各自で頑張りなさい」


 先生の激励の後も学園の説明は続いていく。

 学食の利用方法や図書館の場所、寮の使い方などわかりやすく説明してくれた。寮は二人で一つの部屋となるらしい。

 生徒全員に学生証を兼ねたタブレット端末も配布され、説明に使用したスライドショーも配布してくれるという。とても助かる。


「では最後に、寮の同じ部屋で過ごすことになる同室者パートナーを決めましょう」


 どうやって決めるのですか、と生徒たちから質問が漏れる。

 教師のコスプレをしたミクル先生は、伊達メガネをクイっとあげてレンズを輝かせると、少し得意げに述べた。


「もちろん、悪魔憑きにふさわしい方法で決めます」

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