第2話 悪魔召喚

 

 セラエノ図書館学園は、日本の中では珍しく、9月1日に入学試験かつ入学式が行われる。

 この学園は意外と新しい。設立されてまだ100年も経っていない。

 日本中の悪魔憑きが、気に入らない、とボイコットして敗戦した第二次世界大戦後、地脈の放出地の阿蘇に住んでいた彼らが、自主的に創設したのがセラエノ図書館学園だ。

 設立当初から世界中から入学希望者が殺到したことで、入学式を世界基準の9月に行うことにしたのだ。

 今年も多くの国と地域から入学希望者が集まっている。何千人もいるだろう。多分、1万人はいないと思う。

 これでも少なくなった方だ。

 悪魔憑きとなってこの学園に入学するためには、一定以上の魔力が必要になる。この選考で数十万人が不合格となる。

 選考に合格した数千人が今ここに集まっている。そして、最終試験が実施される。

 最終試験は、実際に悪魔を召喚して悪魔憑きになれるかどうかで合否が決まる。

 学園の敷地内のあちこちで、魔法陣が敷かれた床の上に入学希望者が立ち、悪魔を召喚している。周囲は防御結界に覆われている。


「さてさて。護衛対象はどうかなぁ? そもそも入学できるのかなぁ?」


 俺は、世界各国の王族や貴族たちを観察しながら、自分の順番を待つ。

 多くの落胆の声がする。そもそも悪魔を呼び出せない人がほとんどなのだ。この数千人の中から、百人ちょっとしか入学はできないだろう。


「アメリア連邦の大統領の子息はダメだったか」


 項垂れて出て来た少年。残念ながら悪魔を召喚できなかったらしい。

 失敗する人が多い中、時々どよめきと歓声が巻き起こる。

 また一人の入学希望者の少女が悪魔召喚に成功した。

 魔法陣から炎が噴き出し、轟々と激しく燃えがる。ドォーンと爆発したような衝撃と熱波が防御結界を突き抜けて襲ってくる。

 余程力の強い悪魔だったのだろう。防御結界の中の空間が赤々と燃えている。

 熱は伝わってくるが、防御結界のおかげで周囲に炎が漏れることはない。

 しばらくした後、炎は収束し、少女の手の中に集まって、一冊の火を噴く本を形成する。

 人知を超えた強大な力が込められた本。悪魔から与えられた魔書だ。

 魔書は三段階存在する。魔法の呪文が記された初期段階の《魔術書スペルブック》。次の段階の、魔法の法則や真理が記された《魔法書マジックブック》。最終段階の、魔法の法則や真理を自ら導き作り出す《魔導書グリモワール》。

 魔書の進化には途方もない時間と知識と経験が必要になる。

 悪魔憑き達は、この魔導を極めようと日々研究しているのだ。

 今、悪魔と契約した少女が手にしているのは、おそらく火に関係する《魔術書スペルブック》だろう。

 紅い髪を三つ編みハーフアップにした少女は、自分の魔書を消すと、気が強そうにツンとしながら入学手続きを済ませに行く。


「クレア・ローゼンヴェルグ。ローゼンヴェルグ皇国の我儘皇女は入学っと。気が強そうだったけど、滅茶苦茶美人だったな。ラッキー!」


 王族の護衛をするために俺は派遣されたんだ。

 護衛のためには、近づいて監視する必要がある! やったぜ!

 今度は別の場所で歓声が上がる。特に、女性の黄色い歓声が凄い。

 注目を集めているのは金髪碧眼の超絶イケメンだった。中性的な甘いマスク。周囲に手を振り、イケメンスマイルを浮かべながら、悪魔召喚を行う。


「ちっ! カヴァリエーレ騎士国の王子か。噂通り本当にイケメンだな。イケメン死すべし! 女の子だったらなぁ」


 騎士国の王子は無事に悪魔召喚に成功する。彼の前に光で出来た騎士が現れる。

 少しの間、悪魔と言葉を交わし、光の騎士が消えていき、王子の手の中に一冊の本が握られていた。

 女性たちが、キャー、と歓声を上げ、王子はサービスとしてウィンクして手を振る。

 胸を撃ち抜かれた女性たちが目をハートにして続々と倒れていく。


「ルイーツァリ・ワルキューレ・カヴァリエーレ王子殿下も入学っと。イケメン滅べ!」


 思わず俺の心の声が口に漏れ出してしまう。

 今度はまた違う方向で歓声が上がった。いや、この場合は悲鳴だ。大勢が悲鳴を上げて後退っている。

 魔法陣の上に立っている不健康そうな真っ白い肌の少女。防御結界の中が鋭く尖った氷で凍り付いている。彼女の灰色の髪も霜が降りており、吐く息が白い。

 少女の目の前に立っているのは、霜が降りたボロボロの黒いフードの化け物。フードから覗く頭蓋骨。ぽっかりと開いた目の空洞には青い炎が燃えている。骨の手には氷で出来た大鎌。死神グリムリーパーの姿をした悪魔だ。

 濃密な死の気配が結界から溢れ出す。

 魔法陣の床から、白骨化した手や、腐敗した肉がついた手が這い出てくる。

 少女は一言二言喋ったかと思うと、悪魔は消え去り、彼女の手には氷と骨と人間の皮膚で出来たおぞましい魔書が握られていた。

 少女が結界から出ると、周囲の人たちが一斉に距離を取った。全員顔に恐怖を浮かべている。

 一瞬立ち止まった少女は、悲しそうに顔を伏せて、走り去るように入学手続きに向かった。


「ヴィルヴァディ帝国のヴァイオエレナ第三皇女殿下も入学。胸デカかったな。ナイス!」


 俺は女性の胸の大きさの好みはないのだが、好きなものは好きだ。巨乳でもちっぱいでも大好きだ!

 ………なんか周囲の女性が俺から離れた気がする。

 でも、俺は気にしない。開き直る。

 男はみんなエロいんだよ。胸が好きで何が悪い!


「そこの君! 次は君の番だよ! 早く進みたまえ!」

「あっ、すいませーん!」


 どうやら俺の番が来たらしい。急いで魔法陣が敷かれた防御結界の中に入ろうとした瞬間、ズッテーンと派手に転んでしまった。


「へぶっ! イテテ…」


 周囲から失笑が漏れる。

 恥ずかしー! こんな場面で躓くとか滅茶苦茶恥ずかしいじゃん!

 顔が熱くなるのを感じながら、魔法陣の中央に立つ。そして、呪文を述べる。


「暗黒のいもうと万歳 しすこん万歳 くとぅるふ・ふたぐん あべる・つがー しゃめっしゅ しゃめっしゅ あべる・つがー くとぅるふ・ふたぐん」


 魔法陣が黒く輝き、鉄でできた鎖が闇から這い出してくる。蛇のように意志を持ち、防御結界に音を立ててぶつかる。

 パリーンと澄んだ音が響いて、防御結界がいとも簡単に砕け散った。

 慌てふためく周囲の人たち。

 魔法陣から更に闇が溢れ出し、小さな形に集まっていく。

 俺は適当に呪文を唱え続ける。


「にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな!」


 呪文が終わると同時に、闇が弾け飛び、目の前に羽の生えた小さな可愛らしい少女の妖精が浮かんでいた。彼女がゆっくりと目を開く。黒目の紅い虹彩が輝く。

 妖精はビシッと片手をあげて決めポーズを取った。


「這い寄る混沌ブラコンここに降臨! アベルのお兄ちゃんはどなた?」

「俺です!」


 俺は即座に手を挙げる。


「おぉ! アベルのお兄ちゃんだ! やっほー」

「やっほーアベル。魔書ちょーだい」

「いいよ! お兄ちゃんが欲しいのは、この鎖で封印された禍々しい黒の魔書? 視える人には視える透明の魔書? それとも、何の変哲もないただの魔書?」


 妖精の姿になった俺の周囲とを飛び回り、アベルが三冊の本を出現させる。一冊は透明だけど。

 慌てふためいていた周囲の人たちがどよめくのを感じた。防御結界が砕け、俺たちの声が駄々洩れになっているのだ。

 悪魔が複数の魔書を出現させ、選択させるなんて前代未聞だ。

 まあ、これはアベルと事前に打ち合わせた『金の斧』と『裸の王様』を混ぜ合わせた演出なんだけど。


「俺が選ぶのは……全部だ! 全部欲しい!」

「ふむ。魔導を極めようとする欲深い心……実に素晴らしいよ、お兄ちゃん! そんな欲に忠実なお兄ちゃんには三冊ともプレゼントしましょう!」


 周囲が大きくどよめいた。三冊の魔書を受け取ろうとすると、二冊の魔書が消え去った。

 アベルが悪戯っぽく舌を出す。


「なぁ~んてね♪ 冗談で~すぅ」

「冗談なのか~い!」

「「あはははは!」」


 俺とアベルは笑い合う。

 一冊だけ残った、鎖で封印された禍々しい黒い魔書を受け取り、周囲の鎖を消失させる。

 妖精姿のアベルは消えることなく、ふわりと舞って俺の肩に座った。


「さあさあ入学しよー! お兄ちゃん、可愛い子いた?」

「いたぞ。滅茶苦茶可愛い子もイケメンもいた」

「イケメンには興味なーい! 女の子がいい!」

「それは俺も同意する!」


 可愛いアベルと楽しく喋りながら俺は入学手続きに向かう。

 これから青春学園生活の始まりだぜ!


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