215.Glad


 何度目かのオブジェクト召喚。

 黒幕が地面に杖を突くと、あちこちから木々が次々に生えてくる。

 おそらく樹海エリアのものだ、とミサキが判断している間に黒幕は広げた手を勢い良く握りしめる。

 瞬間、木々が破裂した。


「――――っ!」 


 飛び散る木片は、そのひとつひとつが鋭利な刃だ。

 ゆうに十本を越える樹から生み出されたそれは、弾幕と化してミサキを襲う。

 徒手空拳のミサキは距離を詰めなければ始まらない。

 勢いよく大地を蹴り、木片の隙間を縫って接近を試みる。


 だが。


「く、ううう!」


 技術以前に、物理的な問題。

 圧倒的密度の弾幕を掻い潜ることはできず、最初の木片が太腿に突き刺さり動きが鈍ったのを皮切りに、全身のあちこちを武骨な刃が襲った。


 幸いにもダメージ自体はさほどでもない。

 マリス由来の攻撃でもないから痛みも大したことは無いのが救いだった。


 しかし、状況は変わらない。

 ほぼノーモーションでオブジェクトを召喚する能力は、当然ながらこれまで相対したことのない類いのものだ。

 スキルなら、発動にスキル名の宣言ないし決められたモーションが必要だ。よってその予備動作に反応して対処することもできる。


 しかしあの黒幕は違う。

 ただ杖を突くだけで自由にオブジェクトを呼び出してくる。

 しかも何が来るか全く予想がつかない。


 ならばどうするべきか。


「今はとにかく攻め続けないと」


 再び大地を駆けるミサキ。

 彼女に採れる戦法はこれしかない。


 それに対して召喚されるオブジェクトは、ミサキに向かって地面から次々に飛び出る柱。

 見てから回避するのは難しくない。スピードを落とさないまま直角に飛び、着地すると間髪入れず、また走る。

 だが、突如として目の前に石壁が現れる。


「……っ」


 急停止して方向転換。しかしそれを見越していたかのごとく左右にも石壁が出現した。

 思わず後ずさると、背中に何かがぶつかる。当然のように背後にも壁がある。

 前後左右を塞がれたミサキが反射的に空を見上げると、巨大な岩石が太陽を遮っていた。


 直後、ドンッ!! という轟音。

 石の箱に閉じ込められたミサキの頭上から、漬物石のごとく巨岩が落下した。

 強い振動の後、草原に静寂が訪れる。


「……………………」


 しばしの沈黙をたたえた黒幕は踵を返す。

 だが、それを見計らっていたようなタイミングで巨岩が身じろぎした。

 音も無く真上に跳び上がる巨岩。それを持ち上げているのはミサキだった。


「でえええええい!」 


 全力で岩を放り投げる。

 隕石と見まごう速度で飛んできたそれを、黒幕はとっさに振り返って作り出した破壊不能の壁で防ぐ。

 しかし、


「油断したらダメだって――――」


 その声が響くのはすぐ後ろ。

 小柄な少女はその黒髪を揺らし、黒幕の背中へと全力の足刀蹴りを叩き込んだ。


「すばしっこいやつ相手に!」


 衝撃に仰け反る背中に畳みかけるように拳撃を連続させる。

 マシンガンのごとく炸裂する打撃音がそのダメージの大きさを物語っていた。


 黒幕ほどの能力を持っている相手に正攻法で挑んでも太刀打ちできない。

 ならば油断を誘う――否、戦力を誤認させる。

 全力の何割かの速度で戦うことでそれが最高速度だと思わせ、ここぞというところでトップスピードへと移行する。

 この世界を、ひいてはミサキを監視していた黒幕でもこれには反応が追い付かない。


 例えば剛速球が売りのピッチャーの球をテレビ中継で見るのとバッターボックスで見るのとでは体感速度がまるで違うように、仮にこの黒幕がミサキの全力を把握していたとしても実際に相対しなければ本当の速さはつかめないのだ。

 

 そう、これまで黒幕は、ミサキと直接対峙するのをずっと避けてきたのだから。


「やあっ!」


 締めの回し蹴りで黒ずくめを思い切り吹き飛ばす。

 黒ずくめはそのコウモリのようなケープを翻して着地し、返す刀で一辺3メートルほどのブロックを飛ばしてきた。

 だがそんな”とりあえず”で繰り出された攻撃は通じない。駆けるミサキはブロックを力任せの裏拳で弾き飛ばし、その素早さでもって再び双方の距離を消失させる。

 破壊不能であっても、動かすこと自体は可能だ。

 

「すごい力を持ってるけど、それを使うのは人間だよね」


 例えばこれが容赦なく最適解を選び続けるAIが相手だったなら、すでにミサキは負けていたかもしれない。 

 だが今の相手は紛れもない人間。

 黒幕はその意志によってマリスを作り、意志によってマリスをばら撒いた。

 その事実こそが彼を人間たらしめている。

 

 このオブジェクトを召喚する能力は、これまで暗躍していたことを考えると戦闘で使ったのはこれが初めてだろう。

 だからシンプルな攻撃しかできず攻め方も単調になる。


「なんでずっとだんまりなの? 正体がバレるから? それとも他に理由があるの?」


 ミサキの乱打に、黒幕は長杖で防御を続ける。

 しかし明らかに追いついていない。ガードの隙間から散発的にすり抜けた攻撃が、少しずつ押していく。

 怒りが収まらない。どれだけ殴っても蹴っても、そこに乗った感情はその強さを増していく。

 

「逃げるな、わたしから――――!」

 

 攻撃は最大の防御。

 これだけ攻め続けていれば相手はもうオブジェクトを召喚できない。

 草原に響き渡る拳の音は、杖に対するものから黒幕のボディスーツを叩く音に変わっていく。


 そして、最後の一発。

 杖の防御をすり抜け、その拳は黒幕の顔面に直撃した。

 ぴし、とヒビが入る。

 

 だが。

 その一撃を決めた瞬間、それが敵の思惑に則ったものだと理解した。

 後ろに倒れ込みながらその黒い指が鳴る。

 

 あえてガードをせず食らうことでその隙を作り出したと悟ったのはその時だった。

 瞬間、景色が塗り替わる。

 新緑の草原から、全方位の青へと。


「……………………!!」


 オブジェクトの召喚ではない、黒幕の持つもうひとつの力。

 マップの上書きだ。

 それもただの上書きではない。


 ミサキたちの座標をずらした上でのマップの切り替え。

 彼女たちの現在地は、眼下に雪山が見えるはるか上空。

 ゴオオオオオ、という耳障りな風の音が響き渡る。


 上も右も左も後ろも下も、青空。

 つまり――超高空からミサキたちは落下している。

 この高さまでしっかりマップデータが機能していることには舌を巻くが、そんなことを気にしている場合ではない。

 重力という当たり前の力がミサキの命に牙を剥いている。


「……………………」


 同じ速度で並落する黒幕の表情は見えない。さっきの攻撃では仮面を完全に破壊するには至らなかったらしい。

 だが、そのわずかに震える肩からは怒りが伝わってきた。


「……そう簡単にはやられてくれないってわけね……!」


 パラシュートは当然無し。

 落ちれば死ぬ。

 高度約4000メートルの空で第二ラウンドが始まった。

 

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