213.Giant Leap


 ミサキは焦っていた。

 

「ああもう!」


 ひたすらに荒野を駆け、目的地目指して突っ走る。

 だから言ったのに、と声には出さず呟いた。

 

 フランから指定のボスを倒すように言われ、アトリエを後にして、それから約一時間弱が経っていた。

 いま目指しているのはもちろんボスのいるダンジョン――ではない。

 目的だった『ギャラクシーブリンガー』……宇宙そのものが竜になったかのようなモンスターの討伐はすでに果たした。

 強敵ではあったので苦労したものの、マリスと比べれば気持ちよく戦えた。

 

(まあ、普通に殴れば倒せるし)


 それよりも普段使っているグローブとブーツがないせいで感覚が狂う方が問題だった。

 そのせいで何度もヒヤリとする場面が……と。

 もう終わったことなんだからどうでもいいや、と軽く首を振る。


 話を戻すと――なぜ焦っているか、だ。


 それはボスを倒した時のことだった。




「しょー、りゅー、」

 

 ドラゴンの真下に飛び込んだミサキはその左手を握りしめる。

 『ギャラクシーブリンガー』は雄大とも言える圧倒的巨体を持つドラゴンだが、その大きさゆえに間近の相手に素早く対応することができない。


 敵の接近に対して慌てて距離を取ろうと身じろぎしたのがわかる。

 だがもう間に合わない。


「けーん!!」


 全力で地面を蹴り、ロケットのごとく跳び上がったミサキが繰り出したのは渾身のアッパーカット。

 それは容赦なくドラゴンの顎を突き穿ち、その巨躯をわずかに浮かせた。


 ふわりと一瞬滞空するドラゴン。

 しかしその浮遊が続くわけも無く、すぐに地面へと落下しあたりに轟音を響かせた。


「ふあー、疲れた」


 なかなかに歯ごたえのある相手だった。

 膝に手をついて青い破片となって弾ける竜の亡骸を見ていると、着信音が鳴り響く。

 フランからだ。《電糸回線》を使用しての通信だろう。


 なんだか嫌な予感がした。

 いや予感というか、それはもはや確信だ。

 このタイミングでわざわざ通話をかけてくるとなると理由はひとつしかない。


『ミサキ!』


「……ちょっと待って。もうなに言うかわかっちゃったけど、とりあえず待って」


『それどころじゃないの! あいつが――――』


「黒幕が出たんだね……」 


『そうなの! 早くしないとあいつのところに送れなくなっちゃうから急いで帰って来て!』


 


 というわけで。

 

「だから言ったのに……!」


 結局言ってしまった。

 前方の地平線の向こうから草原が近づいてくる。

 荒野がもうすぐ終わる。タウンが近くなった証だ。


 土煙を巻き上げすさまじい速度で爆走するミサキだったが、それでもタウンに帰るにはそれなりの時間がかかる。

 ファストトラベル機能が無いのは、このゲームで一番不便なところだ。

 いろいろ済んだら運営の人たちに進言してみようと心に決める。

 

「済んだら、か」 


 もうすぐ終わる。

 それは決戦が間近に迫っていることを意味する。

 思いがけず訪れた緊張にアバターがこわばった。


 そうだ。

 今までのマリス事件の全てをここで終わらせる。

 黒幕と対峙しその目的や理由を聞きだして、


「……………………」


 聞き出して、どうするというのか。

 そんなのが本当に必要なのか。

 黒幕のしたことは変わらない。絶対に許されることではないし、ミサキも許すつもりはない。

 だからやるべきことはただひとつ。


 戦って倒す。それだけだ。

 そうすればきっと多くの謎が明らかになるはず。

 そして平和な『アストラル・アリーナ』が戻ってくる。

 

 そう信じて、ミサキはひたすらに走り続けた。




「フラン!」


 ぶち抜くような勢いでアトリエのドアを開くと、何やら錬金釜に向かって作業をしていたらしいフランが振り返る。


「やっと帰ってきた……!」


「やっとじゃないよもー、いきなりあんな!」


「あたしのせいじゃない……ううん、今は言い争ってる場合じゃないわね」


 素材ちょうだい、と差し出した手に物質化したドロップアイテム――《銀河の炉心》を手渡ししてやる。

 ついでに雪山へ行って摘んできた大量の《白雪草》も。

 これらを使ってミサキの装備を強化してくれるらしいが。


「いやでもこんなことしてる場合じゃなくない? 早く行かなきゃ」


「そのとおりよ。だからあなたには装備の完成を待たずに飛んでもらうわ」


「じゃあ強化しなくていいよ。今だけいったん返して」


「それはダメ」


「なんで」


「……………………」


 見目麗しい金髪美少女はあからさまに、わかりやすいほどに、白々しいまでに顔を背けた。

 無駄に精緻なその横顔を視線でじりじり焼いてやると、実は、と切り出した。


「あなたのグローブとブーツ……もう釜の中に入れちゃってて……調合終わるまで取り出せなくて」


「なにやってんの……!?」


「だ、だってこんなタイミングで来るとは思わなかったんだもの……」


 いつもは頼りになるのにどうしてこんな時に限って……とがっくりとうなだれたくなる。

 というか、


「だーーーーーもう、早く行かないとなんだって!」


「ううう……ごめんなさい」


 詫びるように……というか詫びているのだが、こうべを垂れるフラン。

 彼女も急を要する状況だということを理解しているのだろう。


「……とにかく、今からあなたを黒幕の場所まで飛ばすわ。はい、これ」


「これって、《ゼロポインター》の端末?」


 スマホによく似た端末に視線を落とす。

 その画面には『GO!』という文字が躍っていた。


「その表面を指で押せば一瞬で移動できるわ」


「…………わかった」


 本格的に決戦が近づいてきた予感に、鼓動が一段階速くなる。

 これを押せば奴のいる場所に行ける。戦える。

 そして……倒すことができる。


 仮に敵わずとも、どれだけの犠牲を払っても、その素顔だけは拝まなければならない。


「じゃあ、わたし――――」

 

 その決意を抱いて指を画面に押し当てようとした瞬間だった。


「先輩っ!」


 先ほどのミサキよろしく騒がしい開き方をしたドアから入ってきたのは、ピンクのツインテに全身ピンク衣装の魔法少女――ラブリカだった。

 大量発生したマリスとの戦いで、必死にバックアップを務めてくれた、頼れる後輩。

 でもここのところは忙しくてまともに話す機会も無かった。


「ラブリカ……」


 ふとフランの方を見ると、無言ではあったが得意げなその表情で言いたいことがわかった。

 あたしが呼んだの、だ。


「先輩、言いたいことはたったひとつです!」


「う、うん」


 深呼吸をしたラブリカは、一瞬だけ泣きそうに顔を歪めた後、意を決して口を開いた。


「勝たなくてもいいです。何も為せなくたっていい、だから……どうか無事に帰ってきてください」 


「――――……」


 その懇願に。

 昔のことを少し思い出した。

 この子ってみどりに似てるんだ、と。そう思ったのだった。


「うん。約束ね」


「……! はい! 約束、です!」


「行ってきます」


 画面に触れる。

 たったそれだけで、ミサキのアバターはアトリエから姿を消した。

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