212.アイドリング


 黒幕と対峙する機会は得た。

 しかしそれだけでは足りない。

 例え倒したとしても、ゲームの中でHPをゼロにする以上のことは起こらないからだ。

 プレイヤーには何の害も無いし、すぐに復活してまた活動を始めてしまう。


 つまり、リアルの本人を抑える必要があるわけで。


「よくわからないんだけど、結局どうするの?」


 首を傾げるフラン。

 

「わたしは考えた。考えた結果わかった――コネと権力を使うしかない、と!」


 ぐっと力強く拳を握りしめ力説するミサキ。

 ますますわからなくなったわ、と零す相棒に笑いかけ、


「ふふ、ならこの人に来てもらうよ――かもん、クルエドロップ!」 


「はいはいはーい。呼ばれて飛び出て……なんやったっけ?」


 勢いよく開いたドアから、まるでステージに上がる芸人みたいな登場をしたのはクルエドロップ。

 現実の制服そのものといった衣装に禍々しい刀を下げた、白髪の女子高生である。

 以前レースイベントで戦った相手だが、その圧倒的な強さとエキセントリックな人間性に、もう二度と関わるまいと誓ったはずだった。


 ただ今回、問題を解決する人材としてこれ以上に身近なプレイヤーもいなかった。


「クルエちゃんじゃない」


「おー。ちょい久しぶり? ごめんなあ、最近バイトがじゃっかん忙しくて」


「あれ、知り合い? なら話が早いかな」


 クルエドロップの刀、《チギリザクロ》を作ったのはフランで、その後もたびたびメンテナンスをしてもらっていることもあり、個人的に友人関係を築いていた。

 ミサキは内心で『よくこんな子と仲良くできるな……』と失礼なことを考えながら説明を続ける。


「まず、このゲームのアバターはリアルと外見が同じ。だよね?」


「んー。まずゲームを始める前に健康診断したり自分の写真とか送ったりして、それを元に再現したアバターを作って送るって形になってるからなー」


 いつもの眠そうな目でふにゃふにゃ喋るクルエドロップ。

 なんでも現実と身体の感覚をずらさないようにとの配慮らしい。

 バイトでデバッグをしている彼女は様々な試験用アバターでプレイすることもあるらしいが、そういった例外を除けば、全プレイヤーがリアルと同じ外見でこの世界を闊歩している。


「だからね、なんとかして黒幕の仮面をひっぺがして素顔を確認できたら、あとはそれをクルエドロップにお願いするってわけ」


「当たり前やけど、会社には全員の個人情報が揃ってるからな。顔をスクショでもしてもらって照合したらすぐわかるでー」


「…………なるほどね」


 納得した様子で頷くフランを見て、ミサキはわずかに目を伏せる。

 本当は白瀬に頼めば早かったのにと思わずにはいられない。彼なら運営側の責任者なのだし、個人情報へのアクセスも簡単だろう。

 いくらクルエドロップが運営会社でバイトをしていると言えども、あくまでバイト。深いところまで関わっているわけではない。


 ただ、最近白瀬は忙しくしているようで連絡がつかないので、クルエドロップに頼んで頼まれて運営に確認してみたところ、事態が事態だからと許可を貰えたとのこと。

 ミサキも白瀬以外の運営の人間と連絡を取ることは可能だが、クルエドロップが仲介になることで確実なパイプとなってくれた。

 実際にデータを調べるのは運営の誰か……会社を訪問した時に会った白瀬以外の社員は、なぜかタキシードを着用している哀神という男しかいないのでいまいちイメージできないが、まあ誰かだ。


「ミサキ?」


「…………ん? あ、あーごめん」


「やっぱりまだ疲れてるじゃないかしら」


「いやいや万全、問題ないよ」


 黒幕との決戦、そしてそのあとの犯人探しに思いを馳せていたらぼーっとしてしまっていた。

 

(…………黒幕)


 いったいその正体は。

 そして目的は。

 どうやってマリスなどというものを作り、そして持ち込んだのか――それがわかるのだろうか。


 ミサキとしては、できれば愉快犯がいいなあと思うばかりである。

 はっきり言って不謹慎この上ないし、だから誰にも言えないが……しかし。

 

(だって、もし)


 切なる使命だとか。

 揺るぎない大義だとか。

 確固たる目的を持って行われた所業だとしたら。

 

 倒した時、苦い想いをすることになるかもしれないから。




 クルエドロップは帰った。

 説明のためだけに来てくれたのには頭が下がる想いだ。

 本人曰く、


『今日はお仕事全然なくて暇やったからー』


 らしい。

 ミサキとしては、趣味を出さなければいい子なんだけどなあ……としみじみするばかりである。

 今回の頼み事も結構な重大さだったこともあり心苦しかったのだが、『いろいろひと段落したら10先してくれへん?』という申し出を受けることで事なきを得た。

 ”10先”とは格闘ゲーム界隈で良く使われる用語で、先に10勝するまで戦い続ける試合形式のことだ。

 クルエドロップとは戦いたくないが(強いし怖いので)、背に腹は代えられない。

 

「はあ…………」


「どうしたの、そんな重い溜め息……やっぱり黒幕との戦いが迫ってるから緊張してるの?」

 

「いや、ちが……ううん、それはそうかもなんだけど……まあいいや」


 クルエドロップとの10先の方が熾烈な戦いになりそうだ、などと言えない。

 しかしやはり直近に迫っている決戦のことが気になる。

 今回の作戦は、徹頭徹尾ミサキが勝つことを前提にしている。

 もし負けたら、なんて考えが無いとは言わない。相手はマリスを作り、ばら撒いた相手。

 どんな手を使ってくるかわからない。 


「そうだ、今のうちにあなたのグローブとブーツ貸してくれない?」


「え? 徴収?」


「ちーがーう。ちょっと改良しようかと思ってね」


 《アズール・コスモス》と《プリズム・ホワイト》。

 どちらもフランがミサキのために作ってくれた装備だ。

 優秀なステータス補正にパッシブスキルと、一品ものだけあってここまでミサキの戦いを力強く支えてくれた相棒とも言える。


「改良って、これ以上?」


「ええ。最初期に作ったやつだから、今ならもっとすごい感じにできるかと思って。もちろん素材は必要だけどね」


「…………ようするに?」


「ボス狩りよろしく。れっつごー」


「フランは?」


「黒幕が出てきた時のために待機」


「それ絶対出るやつじゃーん……」


 まあまあ万全を期したいのよ、などとのたまう錬金術士をジト目で睨む。

 でも彼女の言うこともわかるので従うことにした。

 

「あと余裕があったら今のうちにラブリカの武器も作ってあげたいのよね」


「あー、前言ってたやつね」


 少し前のことだが、ラブリカがマリスとの戦いを手伝いたいと申し出てきたことがあった。

 フランは指定のボスモンスターを倒して素材を持ち帰ってくることを条件とし、ラブリカは見事それを果たした。

 お祝いに素材を使ってラブリカの新しい武器を作ることになっていたのだが、運悪くその直後からマリスが大量発生し、それどころではなくなってしまった。


「バタバタしてたからね……ラブリカ、ほとんどタダ働きだったよ」


「そうね。今はひと段落したから休んでもらってるけど、相当に負担だったと思う」


「今度なにかお詫びしないと……話がズレた。わたしもボス倒しに行かなきゃ」 


 もう行くの? というフランの問いに、時間なさそうだから、と返す。

 さっと行ってさっと帰ってくるのがベストだろう。


「待って。これ」


「ダンジョンの鍵?」


「ええ。そこのボスを倒してくれればいいわ」


 簡単に言ってくれる……。

 だが今の自分なら相性が極端に悪くない限り負けることはないだろうという自負もある。

 それこそグランドモンスターくらい強くなければ。


「よっし、じゃあ行ってくる」


「行ってらっしゃい。気を付けてね」


 その声を背中に受けながら、ミサキは思う。

 なんだか姉みたいだな、と。

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