209.唯一無二
十字架を振るう無機質な人形のマリスは、フランの武器でありトレードマークでもある杖を砕き割った。
破片は飛び散り、先端に取り付けられていた宝石と一緒に倒れるフランの目の前に転がってくる。
「……………………」
折り重なるダメージに、もはや声を上げることさえ敵わない。
戦わなければと急く気に反して、地面に手をつくことすらできなかった。
気力が尽きかけているからなのか、フランの纏うマリシャスコート――黒と金のイブニングドレス、『トワイライトジョーカー』は切れかけの蛍光灯のようにその存在を不確かなものにしていた。
マリスがこちらに近づいてくるのが分かる。
おそらくとどめを刺しに来ているのだろう。
放っておかれるだけでも死にそうなのに律儀なやつ、と内心で精いっぱいの悪態をついてやる。
(死ぬのかしら)
このマリスに負けて。
そうしたら、どうなるのだろう。
死んで、それから復活――できたとして、それで。
このマリスはこの閉じられたタウン内で暴れるだろう。
攻撃が通じない以上、翡翠とカーマで抑えるにしても限度がある。
そうなるとミサキが到着するまでが勝負で、
ミサキ、が。
「…………はあっ…………!」
息を吹き返すとはこのことだった。
千年の眠りから目覚めた心地がする。
(なにを)
がり、と桜色の爪が地面を掻く。
わずかに力が戻ってくる。
(なにを、あたしは)
もぞもぞと不格好に蠢く。
蠢くことが、できる。
(なにをあたしは……もう負けたみたいに――――!)
荒い息をつきながら全身に力を込める。
満足に動かないこの身体。しかし今だけは祈る。
もう少しだけ頑張って、と。
気づけばフランは立ち上がっていた。
焦点は定まらず、足もガクつき、ついでに拾い上げた杖の残骸を持った手は止まる直前の振り子みたいに弱々しく揺れている。
それでも、その口元には薄く笑みが浮かべられていた。
靄のかかった視界に映るマリスが困惑したことがわかる。
「わからないでしょうね。あなたにとっては死体処理くらいの気持ちだったんでしょう」
どうして立ち上がれるのか。
そんなものは決まっている。
虫の息のフランを動かす原動力。いつだって脳裏に浮かぶ光景が、ある。
視界を暗く閉ざす吹雪の中、洞窟で膝を抱えていたあの時。
後悔と悲しみの渦に囚われて打ちひしがれていたあの時。
夜を照らす、優しい光が差すようにして現れたのは。
そこから手を伸ばして引っ張り上げてくれたのは。
『わたしは楽しかったよ』
『フランがわたしをどう思ってるのかは知らないよ。でもわたしは友達だって思ってるから。だから仲直りしたかった』
手ひどく突き放したはずなのに、あの子はそんなことを言って。
ああ、いま思い出しても。
本当は泣きそうなくらいに嬉しくて。
だから。
「あたしは天才錬金術士、フラン」
かすれた声で宣言する。
「あたしにできないことは何ひとつない」
空色の瞳が、悪意の主を睨み据える。
「例え全身痛くて痛くてたまんなくて、気力も体力も底をついていたとしても!」
叫ぶ。叫ぶ。
喉よ裂けろと言わんばかりに叩きつける。
「あなたを倒すくらいのことは――できるのよ!」
そうだ。
自分はそういう存在だ。
少なくとも――あの子は。
ミサキという少女は、そう信じてくれている。
(こいつは絶対にここで倒す!)
ここでこの敵を逃したら。
次に戦うのは、間違いなくミサキだ。
何が何でも負けるわけにはいかない。
持ち直したフランを叩き潰さんと振り下ろされる十字架を、背中から飛び出した炎翼で防ぐ。
《エレメンタル・アーカイブ》に装填したカートリッジが効果を発揮している。
炎翼で力任せに薙ぎ払うと、マリスは後ろに大きく飛んで距離を取った。
「あなたにはまともに錬金術を見せてあげてなかったわね」
さっきまでボコボコのやられっぱなしだったから、とは言わない。
攻撃にアイテムを取り出して投げるという行程を必要とするフランは、防戦一方になると途端に崩されてしまう。
《エレメンタル・アーカイブ》を使うにしてもカートリッジを取り出して入れるという動作がある以上、隙無く畳みかけられると弱い。
それを克服する。今、ここで。
「【アンプ・ミックス】」
呟いた瞬間、フランの眼前に星雲のごとき渦が出現した。
錬金術を象徴する調合を場所を選ばずに行うスキル。
フランは手の中の宝石を見る。偽物の赤。マスターピースへ届かなかったという象徴。
しかし今ではそれなりの思い入れがある。
「今までありがとう。……《ミスファイア・ラピス》、そして《エレメンタル・アーカイブ》」
輝く光の渦へ、赤い宝石と、そして腕輪を投げ入れる。
瞬間、とてつもない光の奔流が巻き起こった。
空を貫きかねない光が収まると、フランの手には見慣れた杖が収まっていた。
その杖に亀裂が走る。
少しずつ、しかし加速度的に亀裂は伸びていき、全体に達したところで――――砕けた。
その様は、孵化にも似ていて。
「《錬金剣ファントム・ラピス》。これが現状最高純度の輝きよ」
その色は赤。
血よりもなお深紅の刀身が伸びる、流麗な長剣がフランの手に握られていた。
これまでの経験と、そして作り出したアイテムを、この場で構築したレシピで調合したことで生まれた新たな武器。
親友にして相棒への想いが形となった剣だ。
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