210.マスターピースまであと一歩
輝く深紅の刀身を指で撫でる。
フランの持つその長剣は、《錬金剣ファントム・ラピス》。
今まで使っていた《錬金術士の杖》の残骸と、倒したモンスターの力を引き出す腕輪、《エレメンタル・アーカイブ》の二つを素材に調合したことで完成したものだ。
「完全にはまだ遠いけど」
慣れた動作で剣を振ると風を切る音が連続した。
自分で自分にオーダーメイドしたのだから当然ではあるが、これ以上ないほど手に馴染む。
「これから見せるのが、今のあたしの全力よ」
空色の瞳が、十字架のマリスを見据える。
さっきまで死にかけのボロ雑巾だったフランが立ち上がり、新たな力を手に入れた。
そのことをマリスも脅威と受け取ったようだった。
「謗帝勁縺吶k!」
ノイズがかった叫びを上げ、猛然と突進してくる。
その勢いのまま振り下ろされた十字架を、フランはこともなげに受け止めた。
このまま押し込んでやる――そうマリスが力をこめようとした直後、バキン! と甲高い音と共に十字架が弾かれる。
何が起こったのか、と困惑する。
あの少女は受け止めることしかしなかった。なのに、ひとりでに打ち上げられるようにして十字架が下から攻撃された。
不可解な状況の中、マリスは見た。フランの剣のそばに、銀色の流体が浮かび、それがすぐに飛沫となって消滅したのを。
「いくわよ!」
フランが流麗な動作で虚空を何度も切り裂く。
するとその剣が通った跡、軌跡に銀色の液体金属が生じた。
斬撃をかたどったいくつもの三日月形の流体は、剣から遅れて動き出しマリスを襲う。
飛来した銀色の斬撃を十字架で防御する。
だが、その間にフランが懐に飛び込んでいる。
「この剣は――《錬金剣ファントム・ラピス》は、通過した場所に”流銀”を精製し、それを操ることができる」
斜め上から振り下ろされた剣を受け止める。するとそこからわずかにズレた位置に生み出された銀の斬撃が畳みかけるように襲い掛かった。
片方は防御できても、同時には不可能。
直撃は避けたものの大きく体勢を崩してしまう。
「はあああっ!」
そこへ繰り出されたのは高速にして連続の刺突。
さらにその連撃と並行するようにして精製された針状の流銀が放たれる。
攻撃に伴いその軌跡から生じる流銀。
それは単純に手数を数倍に引き上げるということになる。
ただ軌跡をなぞるのではなく、柔軟に形を変え、増え、その動作まで変えられる。
増幅し、複製し、変性する。それはまさにフランの錬金術そのものだった。
だがこの程度でマリスは終わらない。
後ろに跳んで距離を取ったかと思うと、空中に炎の十字架を無数に出現させた。
それを見上げたフランは懐からカートリッジを取り出し、剣の柄に差し込む。
「
ひやり、と冷気があたりに漂うのと同時、炎の十字架が落下を開始した。
そのまま腰を落としたフランが頭上を大きく薙ぎ払うと、空中に巨大な氷の傘が精製される。
降り注ぐ十字架は傘に着弾したものの、その硬度を貫くことはできず、さらに冷気によって霧散するようにして消滅した。
この錬金剣は、素材にした《エレメンタル・アーカイブ》の機能を引き継いでいる。
それに加え、精製される流銀は装填されたカートリッジによってその属性を変化させることができる。
「――――っ」
だが、頭上から降りてきた冷気によってフランの動きが完全に停止する。
問答無用。絶対の力。対象の時間すら凍てつかせる攻撃。
冷気が完全にフランを取り巻くと、全身が一瞬で凍り付く。
身動きひとつとれず、このままではマリスの追撃を受けるしかない。
「さっきまではね」
聞こえるはずのない声と同時、フランの背中から蒼い炎が翼の形となって燃え上がる。
それは炎熱によって、氷の戒めから錬金術士の少女を解放した。
その柄にはあらかじめ取り換えられていた『コスモ・ドラグーン』のカートリッジが装填されている。
「何度も同じ手が通用すると思わないことね!」
氷から脱出したフランは小瓶を取り出し中身を飲み干す。
途端、全身から溢れ出すオーロラの光。
《ヘルメス・トリスメギストス》――一定時間、使用者に数々の強烈なバフをかける薬品だ。
効果時間内はアイテムが使えなくなる。しかし武器なら問題なく使用可能だ。
とん、と大地を蹴ったフランの姿が掻き消える。
増幅されたスピードは目で追うことが困難だ。
マリスは、少女が自分の周囲をぐるぐると回っていることだけは理解した。理解できた。
なぜなら目にもとまらぬ勢いで銀の斬撃が配置されていくからだ。
瞬きの間に形成された銀色の包囲網。
マリスはあたりを見回し何とか突破口を探すが、それより早く立ち止まったフランが指を鳴らすと、三日月形の流銀が全方位からマリスに襲い掛かった。
「――――…………」
マリスの絶叫は、壮絶な爆音にかき消される。
床も、壁も、中央広場の噴水までもが斬撃によって切り刻まれ、粉塵を撒き散らしていく。
爆発的に広がった煙幕が揺れ、そして薄れた時。
そこにいたのは、四肢のあちこちが切り飛ばされた無惨な姿だった。
ぎぎ、と油の抜けた機械じみたぎこちない動作で残った右腕を前方にかざすマリス。
その腕は変形し、大砲へと姿を変えた。最後の力を振り絞り、さきほどの大技を再びフランに向けて放つつもりなのだろう。
絶対に、この脅威だけは消し去らねば、と。
「あたしも同じよ。あなただけは――絶対にここで倒す」
顔の横で構えた剣の切っ先をマリスへぴたりと合わせる。
虹色の光がその刀身に纏っていく。
対するマリスはその砲口に、赤黒く禍々しいエネルギーを充填させていく。
揺らめくノイズの砲弾が、今にもその力を解放させようとしている。
(ねえ、ミサキ。あなたは肝心な時ばかりひとりでがんばろうとするけど――――)
際限なく上昇していく力に大気が震え始める。
しかし、それに反してあたりは不気味なほどに静まり返っていた。
まるで世界自体が、決着の時を固唾を飲んで見守っているかのように。
「豸医∴繧…………!」
すべてを消滅させる砲弾が放たれる。
ただひたすらに、まっすぐに。敵を排除するためだけに。
(――――でも、大丈夫。あなたにはあたしがいる。いつだってそばにいるんだからね)
最強のマリスを前に、しかしフランは臆することなく呟いた。
「【タンジェント・アーク】」
オーロラを纏って放たれた剣が空を駆ける。
虹色の軌跡を空中に残して、一直線に。
正面から迫りくる砲弾と接触すると、拮抗すらせず貫く。
そして標的の――その先にいる、マリスの構えた砲口から飛び込むと、巨大な風穴をその身体に作り出した。
「――――――――」
ぴたり、と静止するマリス。
わずかにも動くことなく、そして。
静寂を破るように、粉々に砕け散った。
ひとりでに帰って来た剣を受け取って地面に突き立てると、フランは空を仰ぐ。
真っ赤な空が、その中心から青へと塗り替わっていくのが良く見えた。
「…………ミサキ。勝ったわよ」
平和を取り戻した街の中、錬金術士は勝利を捧げたのだった。
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