207.支配の十字架
眼前に広がる真っ赤な空が時折霞む。
思わずごしごしと目元を擦るがそれで変わるわけでもなく。
「そろそろ限界が近いわね……」
空飛ぶ箒を駆るフランは明らかに疲労困憊だった。
マリスを相手した数だけならミサキよりも多い。それでもまだ倒れずにいられるのは、二つ理由がある。
まずひとつは戦い方の違い。
影を操って戦うものの、基本的に徒手空拳によって敵と肉弾戦を演じるミサキと違い、フランはアイテムを使って戦う。
弱めの敵なら箒の上から爆弾を投下して倒せてしまうので、消耗が少なくて済むのだ。
もうひとつはマリシャスコートの性質だ。
マリスの力がそのまま結晶になったものを元に作り出したミサキのマリシャスコートと違い、フランが使っているのはその組成を分析して似たものを作り出した贋作に過ぎない。
当然出力は落ちるが、その分心身への反動も少ない。
だからまだ、あともう少しだけ戦える。
「さて、最後は」
残り一体のマリス。
そいつの居場所は――ホームタウン。
最もプレイヤーが行き交う街、『アニミ・ラティオ』だ。
到着してまず驚いたのは、悲鳴が聞こえることだった。
「どういう……こと……?」
『フランさん、プレイヤーがまだたくさん残ってます……!』
ラブリカの困惑した呟き。
マリスがいるのはわかっている。
しかし、ならばプレイヤーたちはログアウトしてしかるべきだろう。
だというのに彼らは恐慌状態に陥り逃げまどっている。
異様な空気が蔓延している。
それは比喩であり、比喩ではなかった。
恐怖。困惑。混乱。そんな感情が溢れパニックを生み出している。
そして同時に、空中には赤い塵のようなものが漂っている。フランにその知識は無かったが、それらは電波による探知を妨害するチャフに似ていた。
タウンの出口にたどり着いた彼らは、扉の手前で立ち止まり何もないところを殴っている。
よく見ると、赤い半透明の壁に行く手を塞がれて――いや。
そこから視界を持ち上げると、それが壁ではなく街全体を包むドームであることが分かる。
つまり、閉じ込められているのだ。
そしておそらくこの赤いチャフがログアウトをも封じている。
完全な閉鎖空間でマリスが暴れている。こんなことができるとなると黒幕の仕業かとも思ったが、彼はとっくにこの世界から出ている。
つまりここにいるはずのマリスがこれほどの事態を引き起こしたという可能性が高い。
「……かなりヤバそうね」
とにかくマリスの元へ向かわなければ。
そう考え颯爽と箒に飛び乗ろうとしたフランだったが、
「あいたあ!?」
ずべしゃあ、と見事に落下した。
いつもは浮遊してくれるはずの箒がそのまま落下してしまったのだ。
どういう理屈かはわからないが、空すら飛ばせてくれないらしい。
『大丈夫ですか!? 敵ですか!?』
「いや、何でもないから気にしないで……」
鼻をさすりながらラブリカに適当な返答をしつつ、仕方ないので走り出す。
とりあえず絶対に許さない、と決意を新たにした。
ラブリカの指示に従い人の波に逆らっていくと、大きな噴水のある中央広場ですぐにマリスは見つかった。
人型ではあるが、シオが変化したものとは真逆の印象を受ける無機質さ。
シルエットが人型なだけで、それぞれは硬質で鋭角なパーツが組み合わさっただけ。いびつなデッサン人形のような外見だった。
関節は無く、それぞれの身体の部位が独立して浮遊している。そしてその球状の頭の上にはフラフープのような輪が浮いていた。
マリスはその手に携えた巨大な十字架を振るい、プレイヤーたちを蹂躙せんと暴れている。
天使のようにも死神のようにも見えるマリス。
その脅威と二人のプレイヤーが対峙していた。
「カーマ! 翡翠!」
「やっと来た……! おっそいわよ!」
「助かりました!」
通常の攻撃が効かないマリス相手なのだから当然ではあるが、見るからに防戦一方だ。
それでもダメージらしいダメージを受けていないのはさすがというべきか。
フランはマリスの顔面にボールのようなアイテムを投げつけると、それは標的の眼前で爆発し莫大な煙幕を発生させた。煙玉のアイテム、《もくもくスモーク》だ。
その隙に翡翠たちはフランのそばまで下がって来た。
「さあ、あとはあたしに任せて」
「あとよろしく。はー、やっと休めるわ」
「……ええ。ミサキさんは今どこに?」
「まだ戦ってる。よね、ラブリカ」
『はい、交戦中で、……っ!? 数が増えてる……!』
「ど、どうしてそうなるの」
『わかりません、先輩と戦ってるマリスの反応が突然増えて……まるで分裂したみたいに』
「…………」
おそらくラブリカの想像は当たっている。
あのマリスは倒されると分裂復活する。それをまた発動させてしまったのだろう。
なおさら早く助けに行かなければ。
「…………とにかく翡翠とカーマはできるだけ安全な場所に退いて」
ここから出られない以上どうしようもない。
今はできるだけ被害を抑えることを考えるべきだ。
翡翠たちも同じ考えだったのか、頷いた後走り去っていった。
とりあえずこれで安全だろう。……フランが負けることさえなければ。
『……あれ?』
「どうしたの?」
『先輩と交戦中のマリスの反応、減少しました』
「ええ……?」
どういうことだろう。
ここからではわからない――が。
何となく彼女が攻略法を見つけたのかもしれないという予感があった。
そして同時に、また無理を通しているのだろうという確信も。
「
そう唱えると、空にかざした指輪から真っ黒な雫が飛び散り、フランの全身に付着してマリシャスコートを形成した。
あちこちが金色の装飾で着飾られたイブニングドレスのような装束――マリシャスコート
同時にマリスを取り巻いていた濃密な煙幕が晴れる。
そのウロのような目がただ一人の標的、フランを捉える。
「さあ立ちはだかって差し上げましょう。あなたを止めるのは、このあたしよ」
宣言のあと、噴水を挟んだ双方が跳び上がり、空中で激突した。
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