206.穿つ黒杭.exe
コイルのような形状の、明らかに無生物じみた外見のマリスは空中を直線的に飛び回る。
対するフランは空飛ぶ箒をサーフボードのように操りながらドッグファイトを展開していた。
『そのマリスを倒せばあと一匹です! ……先輩が戦ってる相手を除けば、ですけど』
「わかってる! けど、こいつ攻撃に当たってくれないのよ……!」
耳元に響くラブリカの甘ったるい声に叫び返す。
ごうごうと吹きすさぶ風の音が、声量の調整を不可能にしていた。
飛び回るマリスは、適宜空中に生成した杭をこちらに向けて飛ばしてくる。
ホーミング性能がついているのか、恐ろしい精度と速度で飛んでくるそれを回避するので精いっぱいだった。
さらに厄介なのは、あのマリスは攻撃よりも生存を重視して立ち回ってくるという点。ひたすらに移動して、隙ができた時だけ攻撃に移るという戦い方だ。
「……目で追えないわね」
慣性や重力を無視した挙動が読みづらさを助長する。
地上なら平面での動きだけを考慮していればいいが、空中だと話が変わってくる。
こうも縦横無尽に動かれては狙いが付けられない。
そうして手をこまねいていると、また超精度の杭が飛んでくる。
「縺代?縺イ縺イ縺イ縺イ縺イ縺イ!!」
どこに口がついているのか、嘲るようなケタケタ笑いが赤い空に響く。
耳障りなノイズに思わず耳を抑えると、さらに追加の杭が飛んできた。
「くっ! こんな奴に時間かけてる場合じゃないっていうのに……!」
遊ばれている。
お前に捉えられるはずがない、と見下されている。
腹立たしいがその通りだ。こんなことなら自分も必中効果を付加したアイテムのひとつでも作っていれば良かったと歯噛みする。
「《エレメンタル・アーカイブ》、
フランは右手首に嵌めた腕輪に緑色のカートリッジを装填すると、そのまま勢いよく突き出した。
「【ジェネティックコード:T・P】!」
右手から放たれた竜巻がマリスを狙うも、命中の直前で3mほど真上にスライドした標的には命中しなかった。
返す刀で放たれた杭から箒を全速力で飛ばすことで逃れ、やはり生半可な攻撃は当たらないと再確認する。
(どうする……? こいつの討伐はいったん置いて最後の一体の方に向かうべき? いや、駄目よね)
こんな高速で飛ぶ遠距離アタッカーを放って置いたらどれだけのプレイヤーが撃ち抜かれるかわかったものではない。
各地にマリスが出現したといってもこの世界はかなり広い。まだマリスが出現したと知らない者、そしてその報せを聞いても信じられない者だっている。
被害者候補は数えきれないほど存在するのだ。
八方ふさがりか。
どうにもならないことを認めかけたその時だった。
『今どうなってますか』
通信に割り込んできたのは翡翠だった。
走っているのか、風の音と草を掻き分けるような音がわずかに聞こえる。
『私はカーマちゃんが相手してる最後の一体のところに向かってるんですが――――』
「救いの手!」
『え?』
突然の喜色に困惑する翡翠だったが、今のフランにとっては攻略の糸口になる。
翡翠は銃使い。それも命中精度に関しては一級品の技術を持つ、この世界でも類を見ないスナイパーだ。
「いきなりごめんね。あなたの意見を聞かせてほしいの。あたしが相手してるのはこういうやつで…………」
突然の申し出に、困惑することなくふんふんと相槌をうつ翡翠。
話が早くて助かるわ、とフランは内心で胸をなで下ろした。
「なるほど。でしたら――――」
マリスの相手をしつつ、アドバイスを黙って聞く。
なんだかあの杭を避けるのにも慣れてきた気がする。
「…………わかったわ、とにかくやってみる。ありがと」
『健闘を祈ります』
ぶつんと通信が切れる。
瞬間、気が緩んでいたのか、それともマリスが本気を出して来たのか――放たれた杭に反応しきることができなかった。
「…………ッ!」
慌てて杖で防ぐ。
何とか軌道を変えることに成功したものの、ピシ、という嫌な音が聞こえた。すさまじい威力で杖にヒビが入ってしまった。
衝撃でバランスを崩した箒を立て直すと大きくマリスから距離を取る。
「もう寿命かしらね」
これに関しては後で考えるとして。
深呼吸をし、敵の姿を凝視する。
――――まず相手の動きをよく見てください。
変則的な軌道で縦横無尽に飛び回るマリス。
逃げようとしないのは、ただ単に侮られているのか。それともフランという、マリスたちにとっての脅威を排除しようとしているのか。
もしくは。
ただ弄んでいるのか。
空色の瞳がその動きを捉える。
それ自体を愚直に追うわけではなく、動き回るマリスが入っている視界そのものを情報として取り込んでいく。
――――マリスと言えど自我を持つ以上癖だってあるはず。
――――それを見極めてください。
(無茶言うわね)
そんなのは誰にだってできることじゃない。
だが。
(できる。だってあたしは――天才なんだから)
上下に左右、前後……すべての角度。360度。
奴がどう動いたら次にどうするのか。
時間にしておよそ数十秒。フランはその挙動を見切りかけていた。
「縺輔▲縺輔→豁サ縺ュ!!」
だが翻弄するのに飽きたのか、マリスはその身体を捩り何度目かの杭を射出する。
飛行するフランを完全に射抜く軌道。
しかしそれに対し、錬金術士は笑みを浮かべた。
「――――待ってたわ」
フランがその手を前にかざすと、光の網、《キープキャプチャー》が現れる。
どんなものでも素材として採取してしまうそのアイテムに、自ら飛び込んでしまった杭は取り込まれ、フランの手の中に納まった。
「【アンプ・ミックス】」
呟いたフランの目の前に銀河のような渦が現れると、すい、と手を下ろし光の網をそこに入れた。
直後星屑があふれたような大爆発が巻き起こり、新たなアイテムが産声を上げる。
生み出されたそれは槍だった。元になった杭よりもなお黒く、赤い燐光を放つそれは禍々しいほどの殺気を放っている。
ぎぎぎぎ、と軋むような音を上げて槍は切っ先をマリスに向ける。
「撃ち抜け、《
その声に反応した槍は音もなく射出される。
一直線に、まっすぐマリスを目指して。
しかしマリスは含み笑いを漏らすと真横にスライドし、回避を試みる。
だが。
槍もまた、急激な方向転換を敢行し、再びマリスを貫かんと迫る。
《猖獗の極刑》は元になった杭の性質を引き継いでいる。つまり、ホーミング能力を。
槍は猛然とマリスを目指す。その目前、切っ先が触れる瞬間――――標的の姿が消えた。
ショートワープ。
これまで見せていなかった手札をここにきてマリスは披露した。
嘲り。余裕。そんな悦びに満ちる。
さあ、この一撃が回避されてさぞ絶望しているだろう奴にトドメを刺してやる。
そう考えていたマリスだったが、ワープの直前に、見えたものは――虹色。
すでに《ヘルメス・トリスメギストス》を飲み干した彼女の全身から溢れ出す、オーロラのごとき光が。
その虹色がフランの構えた杖に宿っている。
――――全てを読んで、全力の一射を放って。
――――それでも回避された時。
「見えてるのよ」
――――それこそ最大のチャンスです。
「【タンジェント・アーク】」
投擲された虹の槍。
それは何もないところを目がけてまっすぐに飛び――そして。
タイミングも座標も、これ以外ありえないという完璧さで。
ワープしてきた直後のマリスを撃ち抜いた。
「縺昴s縺ェ縺ー縺九↑!!」
その断末魔はノイズだらけで聞き取れなかったが。
ありえない、と言っているのだろうなと思った。
「『ありえない』を現実にするのが錬金術よ――それにしても」
ぱしっ、とひとりでに帰って来た杖をキャッチしつつ。
「最後は勘だったけど……ま、あたしの勘ほど信用できるものも無いわよね」
撃破完了と通信の向こうに呟いたフランは次の標的に向かって飛び去って行った。
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