177.フランの錬金術-新装版
ルキとフェリ――一条こはねと一条つばさはずっと一緒だった。
生まれた時から今まで、可能な限り一緒にいた。それはもうべたべたと、身体が触れていない時間の方が少ないくらいに。
周りからどれだけおかしなものと扱われても、それを両親は肯定してくれたし困ったこともなかったからだ。
意外なことに成長するにつれ性格は正反対に成長していった。
趣味もわりと真反対で、しかし彼女たちはそれをお互いに尊重していた。
自分たちは違う人間で、しかし同時に一心同体だと明確に認識していた。
世界中で話題のVRMMO『アストラル・アリーナ』。そこで活躍しているプレイヤーは半ばアイドル的扱いをされることがある。
特に見目麗しい美少女は性別問わず人気を集める。まだそのゲームを始める前のこはねとつばさもまた例外ではなかった。
二人が惹かれたのはミサキとフランだった。
彼女たちは強さもさることながら、個々の人気もセットでの人気も随一だった。
「すごいね、つばさちゃん。フランちゃんは可愛いし、強いんだ……あんまり試合しないけど」
「えー、ミサキちゃんだってすごいもん! たぶんフランちゃんより強いよ!」
双子はミサキとフランのどちらも好きではあったが、この意見についてはどこまでも食い違っていた。
そんな二人を両親は微笑ましく見守っていたし、言い争いになるとは言えそれで喧嘩まで発展するということは無かった。
お互いの気持ちもよくわかっていたからだ。
そして、そんな二人が電脳の世界へ飛び込みたいと思うのも当然だった。
12月ごろに申請をし、健康診断を含む手続きを済ませ、お年玉でゲーム本体とVRゴーグルを購入したのが年始のこと。
二人の目的はただ一つ。
「絶対あの人たちに勝とうね、つばさちゃん」「もちろん! 私たちなら絶対できるよ、こはね!」
正反対のような彼女たちであったが、実のところ芯の部分は似通っている。
彼女たちにもっとも共通している点――それは負けん気の強さ。
憧れた相手でも、いや憧れた相手だからこそ超える対象。
昔からなんでもそつなくこなせたし、きっとこのゲームも楽勝だ。
その見立てはおおむね正しかった。
二人はすぐにコツを掴んで強くなれた。
偶然実装されたユニゾンスキルも苦労することなく――というか、特に意識することなくいつの間にか習得していた。
さすがに入れ替わるスキル【パラダイム・シフト】に慣れるのはそれなりに苦労したが。
だがそんな双子にとって唯一誤算だったのは――――
「こんなに強いなんて……」「聞いてないよおっ!?」
見るのと実際に相手取るのとでは天と地ほども差がある。
それはまるで、ゲームを自分の手でプレイするのと実況プレイを見るだけでは得られる体験が全く違うような。
速い速いとは思っていた、しかしここまでだとは想像だにしていなかった。
ミサキの着けている灰色のマフラー《ミッシング・フレーム》が空中に残す軌跡の尾すらも目で追えない。
絶対にさっきまではここまでの速さではなかったのに、とフェリは内心で文句を垂れる。
それが精神的な枷が外れた結果であることを、彼女は知る由もない。
弾幕を張っていれば接近を防げた先ほどまでとは打って変わり、うかつに攻撃を振るとすかさず拳が飛んでくる。
「見えない……フェリちゃん、どうにか……ううっ!」「ルキ!? うああっ!」
そしてもうひとり。
《ヘルメス・トリスメギストス》によってステータスを爆発的に上昇させたフランも、その速度によって双子を翻弄する。
ミサキよりは格段に落ちるものの、”目で追えなくもない”という絶妙な速さが彼女たちの意識を散らし続ける。
がむしゃらに放たれたルキの光の矢を掻い潜り、その小さな身体へ畳みかけるように杖による三度の打突を炸裂させる。
「……だったら……「【パラダイム・シフト】!」」
苦し紛れに敢行された何度目かの入れ替わり。
しかし、
「無駄だよ」
「残念でした!」
ミサキとフランがすかさず双子のそばを駆け抜けると、遅れてヒットSEが連続して響く。
瞬間的に放たれた高密度の攻撃がルキとフェリを吹っ飛ばす。
「そんな……」「なんで通じないの……!?」
「そのスキル、要するにキャラ性能を瞬時に入れ替えてかく乱する目的なんだよね? でもそれって――」
「――タイマンじゃないと機能しづらいわよね」
つまり、入れ替わろうが二人まとめて相手してしまえる状況なら大して問題にはならないということだ。
意識的か無意識かはわからないが、彼女たちもそのことを理解していたのだろう(さっきの台詞からすると後者だろうか)。
ルキが遠くから弓で矢の雨を降らせ、フェリが直接敵を叩く。そうすれば向こうのうち片方がルキを止めようとする。そうやって二対二を分割し、疑似的に一対一×2の状況を作り出していたのだ。
勝ち誇るフランの身体から虹色の光が霧散する。
《ヘルメス・トリスメギストス》の効果が終了した証だ。デメリットがあるとは言え効果時間が短すぎるかも、と改良の案を頭の隅に留めておく。
「よし……これなら」「今のうちにフランちゃんを倒そう!」
この状況を好機と見たルキとフェリが喜色を顔に灯らせる。
方針は崩されてしまったが、今のフラン一人ならきっと何とかなる。二人がかりで迅速に仕留めてしまえばあとは人数有利を取れる。フランもミサキも体力は残り少ない。
隙の無い完璧な作戦だ――しかしただひとつ。
相手がフランで無ければ、だが。
「さて。それじゃあ試させてもらいましょうか」
軽く手を振ると、オーバーサイズのローブが消えて同じ意匠のケープに変わる。
それによって露出した腕――その手首には、ミサキも見たことのない腕輪が嵌められていた。
透明な宝石がはめ込まれた黄金の腕輪。それを見たミサキは少しだけピオネの使っていた
それを無視してルキとフェリは攻撃態勢に入る。
ルキは弓を引いて空中へ飛び上がり、フェリは短くバックステップした後ハルバードを構える。
「「ユニゾンスキル――――」」
二色の輝きを放ち始める双子をよそに、フランはどこからともなく取り出した赤いカートリッジを腕輪のスリットに挿入する。
「《エレメンタル・アーカイブ》、
直後、フランの背中から蒼い竜の炎翼が顕現した。
ばさ、と軽くはためくだけであたりに熱波が波及する。
「離れてて」と唇の動きだけで言ったのを見て、ミサキは素直に下がる。
「「【ヘブンオアヘル】!!」」
降り注ぐ光の矢によってフランの動きが制限される。
一歩でも動けば射抜かれる、矢の牢獄。
そこへフェリが斧槍を振り回し猛スピードで突っ込んでくる。
しかしフランは口の端に笑みを浮かべた。
「【ジェネティックコード:C・D】」
竜の翼が羽ばたいた。
ごう、と生まれた爆発的な蒼炎が周囲の空間を根こそぎ焼き尽くす。
「うあっ……」「わああーっ!」
空のルキも大地のフェリも例外なく炎を受けて吹き飛び、当然スキルが中断される。
その様を見て、ミサキは自分の両手を守るグローブに視線を落とした。
似ている。このグローブの出す炎に――いや、これの元になった竜の炎に。
フランの背中の炎翼はあたりを焼き尽くしてなお燃え盛り続ける。
満足そうにうなずいた錬金術士は黄金の腕輪――《エレメンタル・アーカイブ》を撫でた。
「うん、上々の出来。さっすがあたし」
フランの錬金術は進化し続ける。
何もかもを取り込んで、天井知らずにどこまでも。
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