178.軌道共鳴
《エレメンタル・アーカイブ》。
錬金術師ピオネの使用していた籠手、《アルケミーギア》を参考に製作された腕輪である。
属性のみを抽出したアンプルを使用していた《アルケミーギア》との差異は、モンスターの素材から作り出したカートリッジを挿入することで、そのモンスターの形質を使用者に発現させる点である。
込められた属性使用の柔軟性においては劣るが、出力に関してはこちらが大きく上回る。
そして何よりも、カートリッジを抜かない限りは効果が半永久的に続くという点だ。
さらに前述のとおり、モンスターの形質を自身の身体に発現させることから、フランが苦手としていた接近戦も十二分にカバーできる。
ミサキの相棒を名乗るなら、自分自身も強くなり続けなければならない。
そんなフランの決意から生まれたのがこの腕輪だった。
「うう……」「聞いてないよそんなの……!」
フランの放った炎翼の羽ばたきを受けたルキとフェリは地面に横たわる。
まだとどめには至らないが、かなりのダメージを与えたはずだ。
この炎翼は、ミサキとフランが初めて共闘した時の相手であるボスモンスター『コスモ・ドラグーン』のもの。
蒼炎を纏う強力な竜だった。
「すごいねフラン。大会前に作ってたのってそれ?」
「ええ。あの双子みたいな強い相手でも通用するか試したかったの。設計は完璧のはずだけど、やっぱり実践しないとね」
《エレメンタル・アーカイブ》の強みとしてコストパフォーマンスの高さがある。
カートリッジを作るコストもそこまでかからない上に持ちもいい。
その分単純火力や攻撃範囲では通常のアイテムに劣ることもあるが、それを補って余りあるほどの取り回しの良さ。
「~~~~っ、フランすごいなあ……! 楽しくなってきた!」
身体を震わせ、目を輝かせるミサキ。
楽しい。そんな当たり前の気持ちを、今ここにきてやっと取り戻すことができた。
頼もしい仲間と一緒に、強敵と戦う。それが何より楽しかった。
罪悪感から蓋をしていた気持ちがついに溢れ出す。
(そうだ、これは勝負なんだ)
勝者がいれば敗者が生まれる。
それは当然のことで、避けられないことだ。
試合というのはそれを織り込んだうえで臨むもの。
だから勝った喜びも、負けた悔しさも、それらすべてを享受しなければならない。
そしてその想いは本人だけのものだ。誰かが干渉できるものではないし、していいものでもない。
それをミサキはわかっていなかった。
「楽しいでしょう。それでいいのよ。戦うのが楽しくていいし――それについて相手を慮る必要もないの」
だから、楽しみなさい。
フランがこの大会で伝えたいことはそれだけだった。
その言葉を噛みしめるように頷くミサキは両拳を構える。
その視線の先では、双子が起き上がりつつあった。
「強い……でも」「私たちは負けないもん……!」
お互いに満身創痍。
それでも勝利を求め立ち上がる。
その様にミサキは心の奥底から湧き上がるものを感じた。
「ううん、勝つのはわたしたちだよ」
「今のあたしたちは――無敵なんだから」
フランがおもむろに腕輪を軽く叩くと、薬莢のごとく赤いカートリッジが排出される。
それに合わせて炎翼が消滅し、代わりに青いカートリッジを装填した。
「《エレメンタル・アーカイブ》、
フランが杖を投げ捨てるとその両腕に極限の冷気が纏う。
仲違いしたミサキとフランが、新しく友達という関係を結ぶきっかけとなった相手……『グレイシャ・シルバーバック』から作られたカートリッジだ。
発現する形質は冷気を纏う豪腕。
その能力を悟ったルキは、弓を引きレーザーの弾幕を発射する。
曲がりくねった軌道で襲い掛かる光の矢。それに対してミサキは恐れることなく前に出た。
「だああっ!」
目にもとまらぬ速度で放たれた拳撃の乱舞がレーザーをことごとく撃ち落とす。
驚愕に目を見開くルキの前に、道が開かれる。
「行って!」
「ええ!」
すかさず前に出るフラン。いつもとは陣形が逆だ。
その氷の拳を振るうと、意趣返しのようにいくつもの氷柱が放たれた。
「わ……」「させないよ!」
迫る攻撃に怯んだルキの前に立ちはだかるフェリがハルバードで一息に氷柱の群れを砕く。
それによって眼前に広がる氷の霧――その純白のベールを突き破ってフランが躍り出ると、極低温の拳を握りしめフェリへと肉薄する。
「【ジェネティックコード:G・S】!」
冷気が氷へと変化し、膨張し、フランの腕を覆う。
その氷結の拳が隙だらけになったフェリへと直撃した。
「フェリちゃ、うあ……」「かは……っ!」
パキパキとその身体を凍り付かせながら吹っ飛ぶフェリは後方のルキともつれるように一塊となって倒れる。
二人のHPはもはや風前の灯。
だが、まだ倒れない。その瞳に宿る戦意は失われていない。
「まだ、だよ……」「だって……!」
憧れそのものが、形を成して目の前にいるのだから。
そして、それに打ち勝つためにこの世界に来たのだから。
「「ユニゾンスキル、【パラダイス・ロスト】!」」
土壇場で新たに習得したスキルが発動する。
双子の想いはここにきて完全に重なった。
フェリが振りかぶったハルバードに、ルキの放った無数の光の矢が集まる。
白い光を宿した斧槍は、さらにその内側から漆黒の闇を溢れさせた。
黒白のオーラは渦を巻き、今にも放たれようとしている。
「ねえミサキ。あたしたちもやってみない? アレ」
「いいね。ぶっつけ本番ばっちこい」
フランは再びカートリッジを入れ替える。
すると右手に刃渡り50センチほどの手甲剣が装備された。
ミサキのグランドスキルを習得する際に戦った、《終焉の偶像》の力だ。
「【ジェネティックコード:D・A】」
呟くと同時、その刀身に鋭い風の刃が渦を巻く。
ミサキとフランは視線を交わし、軽く跳躍するとお互い少し離れた位置に着地した。
その前では恐ろしく膨れ上がったオーラを迸らせるフェリがその斧槍を振り下ろそうとしている。
「「やああああっ!」」
「「ユニゾンスキル――――」」
双子の声を遮るように、二人は呟く。
同時に青い光が身体を纏い、それを目の当たりにした双子は驚愕に目を見開く。
しかし、もう止まらない。
「「【オービタル・レゾナンス】」」
ただまっすぐに。
爆発的な速度で放たれた拳撃と風刃が交差する。
黒白の一撃はたやすく引き裂かれ――その向こうの双子へと引導を渡した。
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