175.UNISON


 自分たちに憧れてこのゲームを最近始めた双子が相手。

 そんな準決勝に、ミサキは久しぶりに前向きな気持ちで臨むことになったのだが――――


「うそつきーーーっ!!!!」


 どどどどど、と降り注ぐ光の矢。

 容赦のない絨毯爆撃からミサキとフランはひたすらに逃げ回る。


「うそじゃないですよー」「そうそう! 私たちまだ初心者だから!」 


 赤い天使のような風貌のルキが弓から放つレーザーの雨の中、ハルバードを振り回して追いかけてくるのは青い悪魔、フェリ。打合せすることなく弾幕の隙間を駆け抜けて迫ってくる。


 侮っていた。初心者というのが本当かは置くとしても、準決勝まで上がってくるタッグが弱いわけがない。

 

「フラン大丈夫!? 当てられてない!?」


「ぎ、ぎりぎり……でもそろそろきついわ」


 単純な最高速でフェリに勝るミサキが追い付かれることはそうそうないが、フランは違う。

 基本ステータスが低めの彼女は足も遅く、まもなく捉えられてしまう。そうでなくても矢を避けるので精いっぱいだ。


 恐ろしく厄介なステージギミックと化したルキに、直接攻めてくるフェリ。

 この二人を相手取るのはかなり骨が折れる。ならまず対処すべきは――――


「うぐっ!」


「フラン!」


 振り返るとフランが背中を切り裂かれていた。

 勢いよく地面に倒れたフランへと、フェリがとどめとばかりにハルバードを振りかぶる。


「もーらい!」


「させない!」


 すんでのところで間に滑り込んだミサキが両腕のグローブで受け止める。

 フェリは一瞬驚きに目を見開いたが、嬉しそうな笑みを浮かべると押し込もうと柄を持つ腕に力を込め始めた。


「フラン、あの天使っ子を止めて! 近づきさえすれば矢は撃てなくなるはず!」


「了解!」


 駆けだすフランを尻目にハルバードを少しずつ押し返していく。

 フェリと組み合ってから矢が彼女のいる場所だけを避けるようになった。おそらくこの矢の雨はフェリがかわしているのではなく、弓の主であるルキが狙ってフェリのいない場所に撃っているのだろう。

 だからこうして至近距離にいれば矢は当たらない。そこまで細かく狙いをつけることはできないようだ。


「ミサキちゃんはやっぱすごいね!」


「……どうかな。わたしはまだまだだと思うけど」


「そうなんだ! だったら……今のうちに白星もらっちゃおうかな!」


 その言葉と同時、無邪気な膂力によって振り回されたハルバードに弾かれ、距離が離れる。

 フェリはハルバードを掲げると、スキルを発動する。


「【アビス・フォールダウン】!」


 青黒いオーラを纏う斧槍を勢いよく大地に叩きつけると、強烈な衝撃波が瞬く間にミサキへと襲い掛かる。

 回避が間に合わない。ミサキのスピードは他の追随を許さない長所で、敵の攻撃も速さに任せてどうにかなるという強みがある。

 しかし広範囲攻撃だけは苦手だ。

 どれだけ速くともかわしきれない攻撃――つまりHPと防御力で受ける・盾などでガードするなどの対処法が想定されているスキルに関しては耐久力の乏しさが如実に出てしまう。


「うあああっ!」


 後方に吹っ飛んで転がるミサキ。

 それはフェリとの距離が離れたことを意味している。

 つまり、


「あはは! 私から離れたらルキの矢が……あれ?」


 異変に気付いたフェリが見上げた空には矢のひとつも飛んでいない。

 同じくそれに気づいたミサキが少し離れた場所に視線を投げると、フランとルキが交戦を始めていた。

 それによってルキは先ほどまで嫌というほど放ち続けていた光の矢を撃てなくなったのだろう。


 当然だ、とミサキは笑う。

 フランを前に矢を放ちながら片手間で戦うなんてできるはずがない。

 なぜなら彼女はマリスに変貌したミサキを撃破するほどの実力者なのだから。


「そーれ!」


 フランの投げた手裏剣型のアイテム《局所的大手裏剣》は一定距離飛んだあと空中で停止し、高速回転したかと思うと周囲に風の刃を撒き散らした。

 迫る攻撃に、ルキはとっさに跳躍しつつ幾度も矢を放つ。

 

「……隙がない……」


 様々な方向から襲い掛かる矢を杖で打ち払い、矢継ぎ早にアイテムを取り出していく。

 アイテムを投擲して戦う錬金術士の戦法上、接近戦より中距離・遠距離の方がフランは戦いやすい。

 しかもスキルを使わずとも攻撃範囲や威力を出せるので撃ち合いにも強いと言った寸法だ。


「さあ、あたしの残弾アイテムはまだまだ残ってるわよ!」 


 懐から飛び出した野球ボールサイズの三つの岩が意志を持ったように飛行し、ルキの周囲を取り囲むと、まるで眼球のようにその瞳孔を開いた。

 その名も《大地の目》。その眼は輝き、ルキ目がけて石の礫を大量に発射する。


「う……く……っ」


 石の弾幕を受けながら、何とか矢を放ち《大地の目》を撃ち落とす。

 しかし、明らかに分が悪い。このまま不利なマッチアップを続けていればどう考えてもやられてしまう。

 タッグ戦において片方が落とされるというのは敗北を意味する。人数差が生む戦力差は思った以上に大きい。

 

 ならば。


「フェリちゃーん」「なにー、ルキ!」


 ミサキと交戦中のフェリへと呼びかけると、ほぼ同時に返答が飛んでくる。

 そのまま双子は視線を交わすと、


「代わって」「おっけー!」


「え?」


「なに……?」


 困惑するミサキとフラン。

 それに対し、弓を持ったルキはフランへと大胆にも距離を詰め、逆にフェリはミサキから距離を取る。

 直後、双子は起動コードを言い放った。


「「ユニゾンスキル――――【パラダイム・シフト】」」


 寸分の狂いも無く揃った声。

 同時に双子の足元に電子回路のような模様で形成された魔法陣が現れたかと思うと、世界が一瞬でぐるりと一回転した。

 めまいのような感覚。しかし何かが変わっている様子はない。

 ただひとつ、いやふたつを除いては。


「【ソニック・アーチ】!」


 フランの眼前へと迫ったルキが、まるでフェリのような活発な笑みを浮かべながら刃の弓を振るうと、幾重にも連なる素早い斬撃がフランの身体を切り裂いた。


「くっ……これは……」


 そしてミサキから離れた場所に陣取ったフェリは一転、ぼんやりとした表情でハルバードを掲げる。


「【スピア・アローレイン】」


 その声と共に数えきれないほど生成された槍がミサキへと降り注ぐ。

 その密度に間を抜けるのは厳しいと判断したミサキは全力で駆け抜け、範囲外へと逃れた。

 

 双子の戦法が変わった。

 その事実に混乱しつつも、なにが起こったのかを考える。


(ユニゾンスキル……?) 


 そういえば、と記憶が浮上する。

 アップデートで新しいスキルが追加されたとフランは言っていた。

 詳細は不明だったが、これでなんとなく察することができる。


 おそらくは複数人で使用するスキルだ。習得条件はわからないが、アップデートから大して時間が経っていないことを考えるとそこまで難しいものではないだろう。少なくともグランドスキルよりは。


「えっへっへ。ぶっつけだけど成功したね、ルキ!」「うん。うまくいってよかったね、フェリちゃん」


 その会話に目を剥く。

 ルキがフェリのことをルキと呼び、フェリがルキのことをフェリと呼んだ。

 

「なんなのよ、その技は」


「聞いちゃいます? えっとねー、」「【パラダイム・シフト】は二人が入れ替わるスキル」


「ただ入れ替わるわけじゃないよ。入れ替わるのはクラスとステータスと」「私たちの精神」 


 まさか、と言いたくなる。

 しかし実際に二人は中身ごと入れ替わっているとしか思えない。


 遠距離が得意な弓使いルキと、接近戦が得意なハルバードのフェリ。

 その二人が入れ替わることで、接近戦が得意な弓使いと遠距離が得意なハルバード使いが誕生した。

 しかも先ほどの攻撃を見る限り入れ替わっている間はスキルも専用のものに変化しているようだ。


 戦法が一瞬で切り替わる二人。

 これを相手にするのはかなり骨が折れそうだった。

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